log:生誕祭

(初出:2015.7.15)




今日は7月15日。
俺の、17歳の誕生日。








【17歳 SIDE:一護】








朝、カーテンを開けて見上げた空は、気持ちよく晴れ上がっていて。
これはこの先一年幸先良いかな……なんて思ったのは、起床直後の数分だけだった。

登校時間になるころには、既に外気温は30度。
天気予報によれば、このあと40度近くまで上がるのだと言う。

「……たく、何の罰ゲームだよ」

校門をくぐりながら、思わずぼやく。
学期末に入った高校は既に授業は無く、本日は終日球技大会の予定だった。
男子の競技はサッカーとバスケで、俺は双方のチームのリーダーによるじゃんけん三本勝負の結果、サッカーに参加することになっている。

「熱中症や日射病に気をつけねぇとな……」

げんなりした気分で呟きながら、ハンカチで額と首筋の汗を拭う。
手にした小さな布はすぐに湿ってしまい、これはタオルでなければ駄目か…と、鞄のファスナーを開いた……の、だが。

「……あれ?」

鞄の中をいくら漁っても、タオルが出てこない。

「おっかしいなぁ……確かに入れたと思ったのに…」

選りに選って、こんな真夏日に…と。
眉根を寄せながら軽く舌打ちをした…その直後。

「……おはよ、黒崎くん」

耳に届いた気遣わしげなソプラノに慌てて背後を振り返れば、井上が俺のすぐ後ろに立っていた。
俺と視線が重なるなり、「どうかしたの?」と尋ねながらひょこりと小首を傾げる彼女。
その愛らしい仕草に、思わずとくり…と鼓動が跳ねた。

暑さのおかげで、顔が赤らむのが目立たなくて良かった…と。
「なんて現金な奴だ」とお天気の神様が顔をしかめそうなことを考えながら、タオルを忘れてきてしまったと話す。
すると彼女は、一度大きく目を見開いて。
それから何かを考え込むような表情になると、視線をそわそわと宙にさまよわせ始めた。

「……?」

いぶかしみつつも、黙って様子を見守っていると。
やがて井上は意を決したように、ひとつこくり…と頷いて。
俺の顔を真っ直ぐに見上げると、至極小さな声で、鞄の口を大きく開けて欲しいと言ってきた。

戸惑いながらも、彼女の言うとおりにすれば。
井上もまた自分の鞄を開き、素早く周囲を確認すると、鞄から取り出した何かを俺の鞄の中へと押し込んだ。

「いの…っ?!」
「……よかったら、使って?」

そう、小声で囁いて。
そのままさり気なく俺の隣を通り抜けると、教室に入ってきたばかりの仲良しの女子に話しかけながら、自分の席へと移動して行った。

「オッス、黒崎! 俺たち第一試合だから、ショートの前に着替えておいた方がいいぜ?」
「あ…あぁ、そうだな!」

サッカーチームの主将に声をかけられ、慌てて鞄を掴んで更衣室に向かう。
体操着に着替えながら改めて鞄の中をのぞきこめば、そこに見えたのは紺色の紙袋で。
貼られていたメダル型のシールをよくよく見れば、浮かび上がるのは“HAPPY BIRTHDAY”のホログラム文字。
慌てて更衣室の壁際に寄り、身体で鞄の中を隠すようにして開封する。
すると中から出てきたのは、とても手触りの良いタオルだった。
しかも。
手にとって広げてみれば、中央部分にフードがついている。

「お……黒崎、良いモン持ってきたじゃん!」

クラスメイトの、言うとおり。
それはまさに、今日のような灼熱の太陽が照りつける日には最適なアイテムと言えた。
このことに関しては単なる偶然だろうけれど、彼女が俺の誕生日を覚えていてくれたこと、祝おうとしてくれたことは確かな事実で。
嬉しさに、心の中を清涼で柔らかな風が吹き抜けたような…そんな気持ちが、溢れ出す。

『…井上……』

きちんと、お礼を言わなきゃな……と。
心に強くそう思いながら、俺は更衣室を後にした。





………だがしかし、である。





教室に戻ってすぐ、SHRが始まってしまって。
終了すると同時に俺たちサッカーチームはグラウンドに出なければならず、井上に声をかける余裕など全く無かった。
その後もどちらかが試合の真っ最中だったり、保健委員でもある井上が当番で保健室詰めになっていたり…と、タイミング悪く、すれ違いばかりが続いて。
予選グループのトーナメント戦を制した最終試合後、ようやく教室に戻れた時にはなんと、彼女は足を怪我をしたクラスメイトに付き添って早退してしまった後だったのだ。

「……くそっ…」

悪態を吐きながら、席に着いて。
じりじり…と焦る気持ちを必死に押さえつけながら、帰りのSHRが終わるのを待つ。
そして礼が終わると同時に、俺は全速力で教室を飛び出した。
井上が学校を出たという時間と、怪我人の歩行速度。
そこから計算した結果、急いで彼女のマンションへと向かえば、エントランス前で逢えるだろうと判断したからだ。

校門を走り抜けたのは、15時50分。
日照時間の長いこの時期、この時間でも外はまだうだるような暑さだった。
吹く風も、「暖かい」なんてもんじゃない。
完全に熱風で、夕風という言葉の持つ爽やかさには程遠く、散々グラウンドを駆け回って疲弊した身体には酷く堪えるものがある。
それでも俺は、スピードを緩めることなく川沿いの道をひた走った。
首にかけたタオルで、額から流れ落ちる汗を拭いながら……。







「と、どうしたの?! くろさきくんっ」

たどり着いたエントランス前、膝に手を突いて咽をぜいぜい言わせているところに、井上が帰ってきた。
手にビニール袋を下げているところをみると、友人を送りついでに夕飯用の買い物を済ませてきたのだろう。

みっともないところを見られてしまったことを、非常に情けなく思いながらも。
上体を起こし、半ば無理矢理に笑顔をつくる俺。

「や、…その………ど、しても…お礼……言いた…く、て……タオル、の…」

荒い息の下、そこまで言ったところで、今度はげぼげほと激しく咳込んでしまって
咽の内側が貼り付いてしまったかのような不快感に、いつまでも咳を止められずにいると、井上は慌てたようにビニール袋の中を探り、ミネラルウォーターのペットボトルを差し出してくれた。

申し訳なくも有り難く受け取って、ごくごくと飲み下す。

ようやっと、呼吸と喉の渇きが落ち着いて。
ふう…と大きく息を吐いたところで、井上が躊躇いがちに口を開いた。

「……お礼なんて、別に良いのに」
「そんなわけには、いかねぇだろうが」

顰め面しく、応えれば。
口元に小さな微笑みを浮かべながら、ゆるゆると首を横に振る。

「今日一日、ずっと使ってくれてたでしょう? ……嬉しかったの、とても。それだけで、充分だよ」

役に立てて、良かった……と。
ふうわりと笑み崩れる彼女の表情に、再び高鳴る鼓動。
頬が次第に火照っていくのがわかったけれど、今度はそれを夕焼けが隠してくれているので、心中こっそり安堵する。

「そういえば、黒崎君のチーム、予選突破したんだってね! クラスの子が、メールで教えてくれたの」
「ああ。んで、もし明日の決勝トーナメントで優勝できたら、越智さんがクラス全員にアイスおごってくれるってさ」
「わわ、本当!! それじゃ、今日以上に力入れて応援しなくちゃね!!」
「……アイスのために?」
「っ、?! そ、そそそ、それだけじゃないよ! もちろん、黒崎くん自身のことも、ちゃんと…!!」
「へー……」
「ほ、本当だってば!! 今日だって私、声枯れるんじゃないかってくらい応援してたよ?! 嘘じゃないよ!!!」

ムキになって俺に訴える姿に、思わず吹き出す。

「く、くろさきくんっ!」
「……知ってた」
「え…?」
「声…ちゃんと、聞こえてた」
「くろ…さ……」
「ありがと、な?」
「………」

俯いてしまった井上の頬が朱いの、は。
きっと、夕焼けのせいだけじゃない。





……ああ、本当に。
なんでコイツは、一挙一動がこうも無駄に可愛いんだろうか…?






「……では。
タオルのお礼も兼ねて、お姫様がアイスを口に出来るよう、明日も頑張ってまいりましょうかね?」

照れ隠しもあって、おどけたように俺が言えば。
ようやっと顔を上げた井上が、微笑みながらこっくりと頷いてくれた。




「…頑張ってね、黒崎くん……!」











そう……この微笑みさえ、側にあるならば。
俺はこの世界でも、きっと前を向いて生きていける。

これから先も、ずっと。
たとえ、力を取り戻せなくても……。





終
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