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【smile】
(初出:2020.08.08 笑いの日)
今日は笑いの日だという。
「笑」という字を目にして脳裏に浮かぶのは、かつてはお袋の笑顔だった。
それが井上の笑顔に替わったのは、いったいいつの頃からだったろうか。
最初は、いつもヘラヘラと能天気に笑ってばかりいる奴だ…そんなふうに思っていた。
その笑顔の下に、沢山の苦しみや悲しみを抑え込んでいることを知ったのは、俺が死神の力を得てから割とすぐのこと。
涙を堪えて、兄貴を送り出す……その笑顔を、とても美しいと思った。
それ以上に、とても哀しい笑顔だとも思った。
いつだって、心の底から笑っていて欲しい……いつしかそんなことを思うようになって。
それは、井上が自分にとっての特別だからなのだと気がついた。
……とは、言っても。
その頃の俺は、笑顔を護るどころか、無茶をしては心配顔をさせたり、命を落としかけて泣かせていることの方が多かったけれど。
一度は、隣にいることすら諦めて。
再び力を取り戻してからは、軽口を叩き合えるほど近くにいて、でも、友人の域から踏み出す勇気は持てなくて。
漸く気持ちを打ち明けたときには、綺麗に笑いながらも大泣きされてしまったものだから、笑い返す余裕もなく、ただおろおろと狼狽えて、腕の中の華奢な身体、その背中をさすったものだ。
――そして、今。
「たーたん! かえりー!!」
「おかえりなさい、一護くん!」
道の向こう側で、今では俺の伴侶となった織姫が、息子の一勇を抱いて笑っている。
車を避けながら側近くへと駆け寄れば、一勇もまた、満面の笑みを浮かべて、俺へと両腕を伸ばした。
織姫から一勇を受け取り、高い高いをしてやれば、それこそ光の玉がぶつかり合うような、キラキラとした笑い声が降ってくる。
チャンス!と小さく呟いた織姫が、ポケットから取り出した携帯電話で俺と一勇の姿を記録した。
「みてみて!」
画面を俺に向ける織姫、その顔に浮かぶ笑顔もまた、頭上の太陽のように眩しくて。
画面に映し出された俺もまた、中高時代の俺が見たら卒倒しするんじゃないかと思うほど、至極自然に満面の笑顔を浮かべていた。
一勇を片腕に抱き直し、家族並んで家の門をくぐりながら、そっと細い腰を引き寄せる。
驚いたのか、弾かれたように顔を上げた織姫。
その耳元で「幸せか?」と問いかければ、それこそとろけるような甘い微笑みを浮かべて、こくりと肯いてくれた。
胸の奥を熱くしながら、俺も…と返そうとした、その瞬間。
「たーたん、あーちゃん、ナイショ、だめ~!」
びたんっ!……と。
小さな掌が、俺の両頬を勢いよく挟んだ。
終