log:home sweet home



【魂の在り処】
(初出:2020.06.21)





「……どうだ、一勇は?」
「良く、眠ってる。織姫が隣に居るから、尚更安心し切って、眠りが深いのかも」
「なるほどな」

俺や織姫の仕事や妹達の学校の都合もあって、命日から4日遅れて実現した、お袋の墓参り。
墓地の手前の心臓破りの坂を初めて自力で登り下りした一勇は、帰り道の途中からこっくりこっくりと船を漕ぎ出し、実家に着いた途端に布団に倒れ込むようにして眠ってしまった。
添い寝していた織姫も割とすぐに意識を手放してしまったのは、早朝から起きて弁当作りに精を出していたからだろう。

よく似た寝顔を並べて眠る二人にタオルケットを掛け、リビングへと戻った俺に、親父がビールの缶とグラスを差し出した。
ありがたく受け取って缶の中身をグラスに注ぐと、その半分ほどを一息に飲み干す。
高い外気温に晒されつづけた体に、喉を通り抜ける冷たさと舌に残る苦味は、殊の外心地良かった。

ふぅ…と俺が息を吐き出すと同時に、親父がその口元に苦笑めいた笑みを閃かせる。
おおかた、一丁前の大人のような顔しやがって…とでも思っているのだろう。

自分も親になった今だからわかることだが、子の成長を喜ぶ気持ちの裏側には、多かれ少なかれ、何か大切なものの欠片が掌からこぼれ落ちていくような、奇妙な寂しさが付き纏う。
親父からしてみれば、俺と酒を酌み交わすなどというシチュエーションは、その、どこか滑稽にも思える葛藤を、嫌でも生じさせる出来事であるのに違いない。

しばらくは、互いにグラスの中身を飲み干すことに専念して。
親父が2本目に手を出したところで、俺は兼ねてから疑問に思っていたことを親父にぶつけてみることにした。

虚に喰われた魂は、どうなってしまうのか……と。

「やっぱり、喰われた時点で消滅しちまうもんなのか…?」
「一護……」
「死神に斬られて浄化されたときに、その虚だった魂から喰われた魂が分離して、それぞれが尸魂界に辿り着く…なんてことは、無ぇの?」
「………」

親父は俺から視線を外し、窓の外へと遠い目を向けながら、ぼつり…と応えた。
とりあえず、親父が見聞きしてきた範囲で、そういう事例は皆無だ……と。

そうか…と相槌をうちながら、重めのため息をひとつ吐く。
隊長まで勤めた経験のある元死神の親父が言うのだから、ほぼ間違いないのだろう。

それなら、お袋は。
お袋の魂は、やっぱり……。

「……でもな、一護」
「ん……?」

手元のグラスに落としていた視線を、のろのろと上げる。
するとそこには、場違いとも思えるほどに穏やかな微笑みを湛えた親父がいた。
少なからず面食らう俺の目の前で、ゆっくりとその唇が開く。

「一勇の目、な。あの大きくてくりくりした様は織姫ちゃん似には違いないが…どことなく母さんの目にも似ている気がしないか?」
「……え、と…」

でもな、から繋がる話としては内容に大きなズレを感じ、戸惑う俺。
しかし親父はそれに構うことなく、淡々と先を続けた。

「ましてや…あの一見おっとり、実は好奇心旺盛で行動力のあるところなんか、母さんに瓜二つだ。
お前たち3人にしたって、そうだ。
正義感の強さや優しさは、まさしく母さん譲りのものだと俺は思っているよ」
「親父…」
「遊子の作る料理は、今ではほぼ完璧に母さんの味を再現している。それを、皆が美味しいと笑いながら舌鼓を打つ。
庭の花壇には相変わらず母さんの好きな花が四季折々に咲き乱れているし、その種や球根は織姫ちゃんがお前との新居に持って帰って、その庭でも見事な花をつけている。
それを見た一勇が、綺麗だと歓声をあげる…。
──なぁ、一護。
そういった日々の何気ない瞬間に、俺はどうしようもなく思い知らされるんだよ。
母さんの魂は、喰われて終わっちまったわけじゃない。
決して、世界から消えてなんかいないんだ…って。
俺やお前たちの中に今でも確かに息づいていて、この先の未来にも、一勇やその子供達の魂の一部になって、ずっとずっと引き継がれていくに違いねぇ…って、な!」

下手くそなウインクを一つ寄越し、グラスに残ったビールを一息に煽る親父。
旨い…!と言いながら、手の甲で口元を拭う…そのついでに、親父の指先が目尻に浮かんでいた雫をさりげなく弾き飛ばしたのを、俺は見逃さなかった。
親父の言うことには充分に説得力があったが、親父自身、この境地に達するまでには、相当時間がかかったことだろう……。
そんなことを考えながら、表面的には何も気づかなかった振りを装い、おもむろにソファから腰をあげた。

「……あともうひと缶だけ、飲まねぇ?」

笑顔で同意する親父の側を離れて、台所に足を踏み入れる。
それとほぼ同時に、食材の買い出しに出ていた遊子と夏梨が、それぞれ両手に大きな荷物を下げてリビングへと雪崩れ込んできた。

「はぁ、疲れた! 気温が高いのも嫌だけど、湿度が高いのってもっと苦手だぁ」
「あーっ、ちょと何二人で先にビール飲んでんの?!」
「え、お兄ちゃんもお父さんも、ずるいよぅ!」

父の日のお祝いも兼ねて、暑い中、ケーキやワインなんかも買ってきてあげたのに…と、遊子がぷうっと頬を膨らせる。

「……別に、全部空にしちまったわけじゃねぇし、遊子の分のカクテルなんかには手をつけてねぇから」
「当たり前です!」

ぷいっと横を向いた遊子の手から買い物袋を取り上げて。
夏梨の手からもケーキの箱を受け取りながら、俺が冷蔵庫にしまうから、少し休めば…と声をかける。

「じゃあ、頼むね!」

素直に頷いた二人は、俺より先に冷蔵庫に駆け寄ると、アイスを手にソファへと移動していった。
二人と入れ代わりに台所に戻った俺は、ひと通り食材を冷蔵庫のあちこちに分け入れたのち、ビール缶を一本掴んでソファへと戻る。

「親父、俺と半分な。それ以上飲むと、多分、この後の料理と酒が不味くなる」
「そうだな」

親父が両手に持って差し出したグラスにビールを注ぎ分けていると、夏梨が織姫はどうしたのかと訊いてきた。
一勇と一緒に寝ていると答えると、遊子が「お弁当、凄かったもんね……品数も量も…」と呟きながら、ウンウンと頷いた。

「そういえば、卵焼きや唐揚げの味付け…遊子の作るのと、ほぼ同じだったね」
「うん。実は…この前お義姉ちゃんに頼まれて、お母さんのレシピノートのコピーをあげたんだ」

夏梨に応じる遊子の笑顔を目にして、自然と俺の口元もまた、綻んでいく。
横目にチラリと親父の顔を盗み見れば、やはり微笑を浮かべていた。


──お袋…今もきっと、この場に一緒に居るんだろ?


心の中で問いかけながら、特大の遺影へと視線を向ける。
見慣れたはずのフレームの中の笑顔が、いつにも増して華やいでいるように見えた。







終
10/13ページ
スキ