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【寝坊の理由】
(初出:2020.02.16)
朝起きてリビングに降りたら、いつもは誰より早く起きて朝食や弁当を作っている母さんの姿が無かった。
代わりに、父さんがソファで新聞を広げながらコーヒーを飲んでいる。
「はよ、父さん。久しぶり」
「おう、はよ。
フライパンの中にベーコンエッグ、ザルの中にミニトマト。パンとココアは自分で用意できるな?」
「うん」
トースターにパンを、レンジに牛乳入りマグカップを仕込みながら、ベーコンエッグとトマトを皿に盛る。
冷蔵庫を開けたとき、父さん用にと分けてあった筈の、母さん特性のガトーショコラが無くなっていた。
どうやら父さんは、深夜、僕が眠った後で自宅に帰り着いたらしい。
「…母さん、未だ寝てるの?」
「ああ、昨日俺が帰るまで起きて待っててくれたし、ワンオペ2週間は流石にキツかったんじゃないか?
お前にだいぶ手が掛からなくなったとはいえ、働きながら一人で家事こなすのは、そこそこ大変だったろうしな。
お前の部活も今日は午前中だけで弁当要らないって聞いてたから、ゆっくり寝かせてやろうと思って、こっそり目覚まし止めといたんだ」
「ふぅん」
相槌を打ちながら皿とマグを手にテーブルに移動し、腰掛ける。
いただきます…とパンを頬張りながら前髪の隙間から父さんを覗きみれば、読む新聞を英字新聞へと交換しているところだった。
海外に2週間という長い出張は、父さんからだってそこそこ体力を奪ったと思うんだけど、外見からはそんな様子は全く伺えない。
眉間皺も、いつも通りだ。
そして全身からは、上機嫌極まりないオーラが隠しようもなく立ち上っている、
――そりゃ母さん、起きて来られないよね…と。
マグカップで口元を隠しながら、苦笑とともに、小さなため息を一つこぼす。
「……なんだ?」
「別に。昨日読んだ漫画のワンシーン、突然、思い出しちゃって」
「……ふぅん?」
父さんは疑わしそうな視線をちらりと向けて寄越したけれど、それきり何も言わずに紙面に視線を戻した。
下手に突っ込めば藪蛇になると、わかっているのかもしれない。
「部活終わったら、まっすぐ帰ってこい。母さんが近所のファミレスの、苺フェアに行きたいそうだから」
御馳走様…と立ち上がった僕に、紙面から顔をあげないまま、父さんが言った。
わかった…と頷いて踵を返し、キッチンの入り口まで歩いたところで、ふと足を止める。
「……もしかして、苺花ちゃんたちも来る?」
「多分な」
「……そんなにしょっちゅう、あっち抜け出して大丈夫なのかな?」
「大丈夫だから来るんだろ。あちらも平和で何よりだ」
父さんの言葉に若干のトゲが含まれているのは、この後我が家が、母さん争奪戦という名の戦場になることが予想されるからだろう。
ルキアさんは母さんが大好きで、我が家に来るとあからさまに父さんを邪険にして、母さんを独占したがるのだ。
「じゃあ、僕…そろそろ行くね。校門でたら、一度連絡入れるよ」
「おう、気をつけてな。あ、歯はちゃんと磨いていけよ!」
「はぁい!」
竹刀と防具を担いで、リビングを後にする。
歯を磨いて玄関に向かえば、靴箱の上には昨日の夕方にはなかったはずの一輪挿しがちょこんと置かれていて。
真紅の薔薇が一輪、はにかんで俯く少女のような姿で活けられていた。
終