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【君が手を伸ばす、その先に】
(初出:2019.4.29 よもやま,pixiv)
かつて「緑の日」と呼ばれていたこともある、四月末の祝日。
昼下がりの、高台の公園。
三週間前には薄桃色の花弁を散らしていた桜の枝には、目の冴えるような鮮やかな緑色の若葉が生い茂っていて。
草の香のする爽やかな風が枝を揺らす度に、葉の間から漏れた黄金色の小さな光が、地面の上をちらちら、ちらちらと踊っていた。
「あ、だっ…、たっ!! ……………あー…?」
桜の花弁を追いかけていたときのように、光の欠片を追い求めていた一勇が、自分の掌を見つめて不思議そうに首を傾げる。
確かに、手の内に捉えた筈なのに……そう言いたげな様子で口を僅かに尖らせ、眉根を寄せて困惑している幼い影。その俺譲りの橙色の頭髪を乱しながら、再び風が公園の中を吹き抜け行く。
途端に、俺たちの頭上や足下で躍動し始める、たくさんの光、光、光。
一勇は慌てたように顔を上げ、今度こそ…とばかりに宙に向かって両手を伸ばした。
とてとてと駆け回り、ぴょこぴょこと飛び跳ねる…その足取りは、わずか三週間で随分としっかりしたものになっており、この時期の子供の成長の早さというものを目の当たりにして、改めて驚かされる俺。
平日も余程のことがなければ定時で帰宅し、出来るだけ育児に参加しているつもりではあるのだが、僅か数時間の中で見聞は出来る事柄はどうしたって限られる。その所為か、休日が訪れる度に、コマを飛ばした映像を見せられているような、ちょっとしたタイムワープをしてしまったような…そんな感覚に囚われてしまうことは多々あるのだ。
「だっ、だっ!」
虫を捕らえようとする時のように、小さな両の掌を空中でぱちん…!と合わせる一勇。
そしてそっと隙間から中を覗き込んでは、そこに何の存在も見いだせないことに、納得が行かぬと言いたげに首を傾げる…その姿、仕草に小さく笑みを漏らす俺の脳裏を過ぎったのは、一勇が生まれた翌日に織姫と交わした会話だった。
「赤ちゃんて、ぎゅっ…て手を握っているでしょう? それって、右手に夢を、左手に希望と愛を握ってい生まれてくるからなんですって。
でも、成長と共に掌が開かれていって、夢も希望も愛も、この世界に放たれてしまうから、人はそれを、一生かけて探し求めるのだそうよ」
授乳とげっぷ出しを終え、織姫の腕の中で満足げに眠りに就いた赤ん坊。その小さな身体を優しく揺すりながら織姫の語った言葉に、俺はふ…と、小学校の頃に音楽の時間で習った歌の、サビのフレーズを思い出していた。
……勇気ひとつを、友にして。
神、というものが存在するのか、しないのか。
この世以外の世界を知り、筆舌につくしがたい体験をしてきた俺は、それだからこそ「居る」とも「居ない」とも断定できすることが出来ずにいるのだけれど。
もしも、存在すると言うのなら。
どうか、この子に対する俺の願いを…たった一つの願いを、聞いて欲しいんだ。
我が子が、どんな夢を追い求めるにせよ。
そして、その道がたとえどんなに厳しく険しいものであったとしても。
臆せず、進んでいけますように。
その先の幸せな未来へと向かって、歩んで行けますように。
時に挫け、膝を抱えて座り込むことがあったとしても、心の奥底に希望を灯し続ける力を。
再び立ち上がり、一歩を踏み出す勇気を。
どうか、どうか……。
「あー…だっ! …むぅ………」
一勇の声に、現実に引き戻される意識。
癇癪を起こすでもなく、泣き出すでもなく、ただひたすらに光を捕らえようと一勇は頑張り続けている。
その根気強く簡単に物事を投げ出さない性格は、恐らく織姫に似たのだろう。
諦めが悪いという点に於いては、若干、俺の要素も入っていると思われるが。
苦笑を漏らしたところで、軽い動作音を立てて携帯が震えた。
画面に視線をむければ、準備OKとの織姫からのメッセージ。
添えられていた画像には、テーブルの上に所狭しと並べられた料理と、「1」という数字の形をした蝋燭の立てられたケーキが映っていた。
未だ脂肪分の多い生クリームやスポンジは、幼子の胃には負担が多かろう…と、織姫がABCookiesのパティシエのチーフと相談しながら作った米粉と水で作られたケーキには、薄切りされた林檎の蒸し煮が薔薇の花のように飾られており、素朴ながらも可愛らしい見た目と、とろりとしたシロップが滴る様は、基本甘いものが苦手な俺でさえもが食欲をそそられる出来映えだ。
「一勇、じーちゃんの家に戻るぞ!」
そう声をかけると不満げな顔をして俺を振り返ったが、「お母さんが待っている」と続ければ、満面の笑顔に変わって俺の元へと駆け寄ってきた。
地に膝をついて腕を広げてやれば、スピードを緩めることなく飛び込んでくる小さな身体。
軽い衝撃を胸元に受けつつその背に腕を回し、なだめるようにぽんぽんと叩けば、きゃっきゃ!と楽しげな笑い声が上がった。
「あーちゃ? じーちゃ?」
「ああ、そうだ。お母さんもじーちゃんも、夏梨も遊子も、みんなお前を待ってる。だから、もう戻ろう」
「あい!」
抱き上げてやれば素直に腕に収まり、にこにこと笑いながら足をばたつかせる。
ストローつきのマグを持たせてやれば、余程のどが渇いていたのか、入っていたお茶を勢いよく吸い込み始めた。
「一度に沢山呑み込むと、腹が痛くなるぞ」
そんな声かけをしながら、育児グッズの詰まった鞄を肩にかけて歩き出す。
園内に設けられた藤棚の下を通れば、紫色の花房が「また、遊びにおいで」と誘うかのように、ゆうらり…と揺れた。
終