旧サイトでの拍手御礼短文




※私的ハルシオン





【星屑】








髪をなぶるように、柔らかく通り過ぎていった夜風。
その中、に。
彼女の声を、聞いたような気がした。


思わず立ち止まり、振り返って。
瞳を凝らし、耳を澄ます。


だけど………。


どんなに待ってみたところで、俺の瞳が彼女の姿を捉える事はなく……。
柔らかなソプラノの声が、鼓膜に届く事もなかった。





………当たり前だ。





彼女が、『此処』に居るはずがない。

居るはずが、ないんだ。





居るはずが、ない…の、に………。











頭をひとつ、振って。
前に向き直り、再び夜道を歩きだす。

ふ、と……見上げた夜空に、は。
シリウス…ベテルギウス…プロキオン……。
見事な冬の、大三角。



今、季節は秋。
だけど……深夜の夜空を埋めるのは、一つ先の季節の星々なのだ、と。
そんな話を聞いたのは、確か地学の授業中のこと。

何気なく視線を向けた先で、井上が。
それこそ星のように瞳を輝かせて、熱心に聞き入っていて……。
その幼子のような表情に、とくり……と心臓が跳ねたのを覚えている。

授業後、教室前の廊下。
彼女は教師を呼び止めて、何事かを質問していて。
教師からの返答に、それはそれは嬉しそうな笑顔を浮かべた……その、瞬間。

微かに…俺の胸の奥が、疼いたことも………。










………なぁ、井上?

考えてみれば、可笑しいよな?
どうして俺は、あんなにも。
そう……それこそ、爪の先ほどの疑いすら持たずに。

信じて、居たんだろう………?

信じきって、居たんだろう………?


何時だって。
どんな時だって。

振り返れば、その先に。
微笑むお前が、居る………と。

何の躊躇いもなく、真っ直ぐに。
俺に向かって伸ばされる、お前の腕がある………と。

何だってあんなにも、自信満々に。
思い込むことが、出来て居たんだろう………?




未来を保証できるのは、神様くらいのもんなのに。







どうして………。
















井上。
ごめん……ごめん、な?


結局のところ。
俺はお前に、甘え過ぎていたんだ。


お前のくれる、優しさに。
寄せられる、信頼に。

甘えて。
甘えて。
そして、縋って………。

何度も、何度も。
無自覚なままに、頼ってばかりいたんだ。



そのくせ。



俺は、自分の事だけで手一杯で。
自分が強くなる事にばかり、夢中になっていて。




………気づかなかった。

気づいて、やれなかった。




お前がくれた…その笑顔の下、に。
沢山の悩みや苦しみを、押し隠していたことを。

それを、乗り越えようとして。
独り、ソウルソサエティに修行に出向いていたことさえも………。





俺は、知らなかった。


知ろうとも、しなかったんだ………。










「……………ごめん、な……」










井上。
なぁ…井上……?

もしも…もしも………さ?



もっと、強くなったら………とか。
もっと、自分に自信が持てるようになったら………とか。

そんな、見栄なんて張らずに。

格好悪ぃところ、見せたくない……なんて
そんな意地もプライドも、かなぐり捨てて。

俺の、本心を。
隠していたかった弱音さえも、全部。
お前の前に、投げ出していたならば。

現況は……かなり違っていたのかな………?


何よりも誰よりも、お前が大切なのだ……と。
お前が傷つく事の方が、自分の身を切られる事よりも痛いのだ……と。

やっと見つけた、たった一つ。
護りたい、唯一の……。
そのお前を失う事が、何よりも怖いのだという事……を。


………なぁ、井上?


もしも…ちゃんと、伝えていたならば………。
そうしたら……!!




今……この、瞬間。
お前は…俺の隣に居てくれたんだろうか………?





………それとも。


それでも、やっぱり。
お前は黙って、行ってしまったんだろうか………?










「………井上」










………好き…だ、よ。
俺…お前を、大好きだよ………?

定年間近な爺さん先生にすら、嫉妬する程。

俺だけ、見ていて。
俺だけに、微笑ってみせて………なんて。
そんな願いを、抱いてしまう程に。



……井上。

俺、は。
俺は…お前、を………。



















暗い暗い、夜道。
かつて…井上と一緒に歩いたこともある、その道を。
今、独りきりで歩いていく。

一歩ずつ、一歩ずつ。

踏みしめるように。
確かめるように。


この一歩、が。
俺と井上とを隔てる距離を、確実に縮めているのだ……と。

そう遠くはない未来、に。
俺はきっと、笑顔のあいつを取り戻せるはずだ……と。

そう…自分に、いい聞かせながら………。





角を曲がった、その先の家。
生け垣に、白い花が咲いていた。

夜露に濡れた花弁が、月の光を弾いてきらきらと………。
綺麗に優しく輝きながら、静かに風に揺れていた。


その姿、に。
重なるのは、彼女の面影。


いくつもの花の名を、星の名を、俺に教えて。
鳥のように綺麗な声で、歌を口ずさんで。
胡桃色の髪を、風に揺らして。
何時だって、柔らかな微笑みを浮かべて。
日だまりのような安らぎをくれた…彼女、の………。





つきん……と、胸の奥を貫く痛み。
まるで、アイスピックを突き立てられたかのように……。

思わず掴む、死覇装の胸元。
大きく一つ、息を吐く。


そして………。

俺は、夜空を見上げた。










……待っていろ、井上。
必ず、助けにいくから。

必ず俺が、助けてみせるから。
だから………!


どうか、無事でいて。
笑顔を、失わないでいて。


井上。
どうか、どうか…………。















どうぞ、この想い……が。

風に乗って、どこまでも、どこまでも………。
時空さえ、超えて。


彼女に、届きますように。
彼女の心に、希望の灯を点せますように。

その灯りが……今度、は。
俺を導く、標の星となるだろう。
彼女へと至る道筋を、きっと指し示してくれるだろう。


そう……例えばそれが星屑ほどの、儚くかそけき光だったとしても。



俺はきっと、見つけだす。



例え、この身に何が起きようとも。
絶対に、絶対に、彼女を連れ戻してみせる。







きっと……必ず…………!




















終
BGM「シリウス」by 遊佐未森
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