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【桜舞い散る、とある午後】
(初出:2019.4.6 よもやま,pixiv)






【side:織姫】


桜を見るのは、生まれて初めての我が子。
高台の公園、空を覆うように広がる薄桃色に、口をぽかんと開けて立ち尽くしている。
風が枝を揺らせば、ひらひらと舞い落ちる花吹雪。
歓声を上げながら覚束ない足取りで駆け出し、案の定見事に転び、でも泣きもせずに起き上がっては、また駆け出す…その小さな影が頭に戴く頭髪は、夫譲りの橙色。
陽光に透けて金色に煌めいては、その鮮やかな軌跡を私の網膜に刻んでいく。
花びらをつかもうと宙に向かって伸ばされる手は、同じ公園の片隅で秋を彩っていた紅葉の、まだ生まれたての若葉のように小さく可愛らしい。

「あーちゃ! たーた!」

私たちを振り返り、指先に摘んだ花弁を得意満面に掲げる我が子の姿に、こちらも自然と笑みがこぼれた。




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【side:一護】



風に舞う桜の花弁を追いかけて、覚束ない足取りで、とてとてと駆け回る我が子。
転んでも泣かず立ち上がり、めげずに宙へと手を伸ばし続けるその性格は、俺に似たのか、ヨメさんに似たのか……。

「……まぁ、両方…かな」

口の中だけで呟いたつもりだったけど、隣のヨメさんの耳にはしっかり届いていたようで、ヨメさんはきょとん…とその大きな瞳を見開きながら、俺の顔を仰ぎ見た。
何でもねぇよ…と言いながら頭の上に手を置いて、髪がからまない程度にくしゃくしゃと撫でれば、首をすくめてくすぐったそうに笑う。
その笑顔はそれこそ、幼い息子と瓜二つ。
母となり、二十代半ばを迎えて大人の女性としての魅力を増した今も、出会った頃と変わらぬあどけなさや初々しさを、ほんのり淡く残していた。

……だけど。

ふとしたきっかけで泣き出してしまいそうな、それを必死に隠し堪えているような…そんなギリギリな印象を受けることは、今ではすっかり無くなった。
真夜中の公園で桜を見上げ、胸に抱えた苦しみや哀しみを歌声に乗せて、こっそりと春夜の冷気に溶かしていた少女は、もう此処には居ない。
勿論、彼女の中で昊さんとの思い出や後悔が完全に消えたはずはなく、今でも辛い記憶が心の紗幕に映る日はきっとあるに違いない。
でもそれ以上に、俺や一勇と過ごしてきた過去や現在、そしてこの先訪れるであろう未来の情景へと意識を向けることの方が、恐らくは圧倒的に増えたのだと思う。
それは、俺にとっての誇りでもあった。

ヨメさんを救えて、本当に良かった。
この世界を護れて、本当に良かった。

生まれた瞬間から死へと向かう、この世界での命の定めは、苦しみや悲しみに溢れ、風に散る花弁のように儚くも。
だからこそ人の想いや愛情は、胸が痛くなるほどの鮮やかさでどこかの誰かの心に響き、残り、その先の誰かへと引き継がれ、新たな幸福を生み、笑顔の花を咲かせていくのだろう。
何百年、千年、それ以上の長きに渡り、先達たちが桜を見上げ、微笑みを浮かべてきたように……。

「あーちゃ! たーた!」

一勇が小さな花びらを摘み上げ、俺たちを振り返って得意げに笑う。
となりに立つヨメさんが、手を振りながら一勇に応える。
俺たちへと駆け寄ってきた一勇から、「あい!」と差し出された花弁。
それはまさしく、俺たち三人の掴んだ幸福、そのひとひらだった。




終
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