log:petits fours
【想いを、託す】
(初出:2020.12.26)
「ほんっと、申し訳ねぇな。片付けまで手伝わせることになって…」
ぼやくように呟いた俺に、井上は苦笑気味に微笑みながら、ゆるゆると首を横に振った。
「この前も言ったけど、遊子ちゃんの手料理が報酬なんだもの。
私的には、お釣りが来ますって!」
だから、謝ったりしないで…と。
柔らかく目を細めて微笑むと、井上は軽く背伸びをしながら、ツリーの枝先からオーナメントを丁寧に取り外した。
「準備の時も本当に楽しかったけど、今もとても楽しいよ?」
「……後片付けなのに?」
「だって、そこまで含めてイベントってものでしょ? 美味しいところだけ摘み喰いするように楽しんで、あとのことは知らんぷり…なんて、私はかえって心苦しいよ」
そう言って、軽く肩をすくめてみせる井上。
如何にも真面目な彼女らしい言葉に、俺は無言で手を伸ばすと、胡桃色の頭髪を戴く頭をワシワシと乱暴に撫でた。
「ぎゃあっ?! 黒崎くんやめてやめてやめて、梳かすの大変になるぅ!」
慌てたようにツリーの向こう側へと回り込んだ井上が、枝の隙間から軽く俺を睨む。
俺が意地悪く舌を出して見せると、薔薇色の頬がぷくりと膨らんだ。
本人は凄んでいるつもりなのだろうが、その怒り顔には全くと言っていいほど迫力がない。
俺は堪えきれずに、声を立てて笑ってしまった。
しばらく拗ねたような顔をして俺を睨んでいた井上だったが、やがてまた黙々とオーナメントを取り外し始めた。
物によってはハタキをかけたり、布で拭いたりして埃を取り除きながら、種類別に箱に収めていく。
途中、ふと手を止めた井上が「かわいい…」と小さく呟いた。
傍から覗き込むと、彼女の掌の中にはサンタの帽子を被ったシマエナガのオーナメントが二体、仲良く収まっている。
「それ、後から吊るしたやつなんだ。妹達の買い物に付き合った先でクリスマスマーケットやっててさ、あいつらに強請られて…」
「そっか…だから見覚えがなかったんだね! こんなに可愛いオーナメント、一度見たら忘れられないもの」
愛おしそうに目を細めて、掌の中の2羽を見つめる井上。
その、微笑んでいるのに何処か淋しそうな表情を目にした瞬間、俺は心臓が握り潰されるような痛みを覚えた。
“保留”を言い出したのは、彼女の方。
……だけど。
それを言わせたのは、他でもない俺だ。
足手纏いになるのを何より嫌がる井上の、その不安を取り除いてやれなかった、あまりに至らない俺自身の……。
悔しさと情けなさに、ぐっ…と強く拳を握って。
だけど声には出来うる限りの穏やかさを込めて、俺は井上に話しかけた。
そんなに気に入ったのなら、1羽、自宅に持ち帰っていいぞ…と。
「そんな……悪いよ…。それにこの子たち、遊子ちゃんと夏梨ちゃんのお気に入りなんでしょう?」
「金出したのは、俺だ」
「だからって…!」
「なら、こうしよう」
喜ぶどころか困惑するばかりの井上の、その手の中のシマエナガを、1羽だけつまみ上げる。
そして、訝しげに眉根を寄せながら俺を見上げた井上に向かって、にっ…と口の端を釣り上げて笑いながら、新たな提案をした。
「来年のクリスマスまで、1羽貸してやるよ。その代わり、また来年もそれを持って、飾り付けを手伝いに来てくれねぇか?」
俺を映す薄茶の瞳が、大きく見開かれて。
それから一瞬、くしゃり…と泣き出しそうに表情を歪めた後、井上はこっくりと、強く深く頷いてくれた。
再び俺の顔を見上げた時には、冬晴れの空のように鮮やかな微笑みを浮かべて……。
クリスマスツリーに飾られた番いの鳩のオーナメントを、大切な人と分け持つと、たとえ遠く離れていても、いつか必ず結ばれるのだと言う。
俺と井上が分け合ったのは、鳩ではなくてシマエナガだけど。
2羽の頭に乗った赤いサンタ帽子が、赤い糸よろしく、俺と井上との縁を繋いでいてくれる……不思議と確信に近く、そんなことを思った。
終
(いつの日にか、きっと…)