log:petits fours



【hug】
(初出:2019.8.9 よもやま)







「……一護くん…」

ためらいがちに名を呼びながら、俺の服の裾を引っ張る織姫。
ほんのりと頬を紅く染め、上目遣いに俺を見上げるその姿は何処か幼く、栗鼠などの小動物の姿を彷彿とさせる。

織姫のこの仕草は、ハグして欲しいというメッセージ。
不安なことや心配事を抱えていたり、落ち込むようなことがあったときに、彼女はこんな風に俺に甘えてくるのだ。

察しが悪い振りをして、からかうこともあるけれど。
今日はそんな意地悪などせず、すぐに彼女へと向き直ると、腕の中にその細い肢体を囲い込んだ。
俺の背に回された彼女の手がきゅっ…とシャツの後ろ身頃を掴み、鎖骨付近に額が押しつけられる。
泣く幼子を宥めるときのように背中をぽ軽く叩いてやれば、肩が下がるほどに大きく息を吐き出した。

「……ありがと。すごく落ち着く」
「そうか?」
「うん」
「そっか…」

相槌を打ちながら、柔らかな髪にそっと頬を押し当て、目を閉じる。
ふわりと立ち上った甘い香りが優しく鼻腔をくすぐり、俺自身もまた、無意識に呼吸を深くしていた。



……梅雨の時季、俺が少し不安定になるように。
旧盆のこの時期は、嫌でも死者を意識させられるからだろか…織姫の顔に、常日頃は殆ど見ることのない憂いの表情が、時折浮かぶことがある。
それ、は。
彼女と家族になって、一緒に居る時間が増えたことで気付けた小さな異変。

「織姫は学校でしかあんたに逢えない高一の頃から、梅雨時期のあんたの不調に気付いてたけどね」

竜貴に棘を含んだ口調でそう言われた時には、自分の鈍さとヘタレ具合に落ち込んだりもしたけれど。
隣に居る権利を得た今だからこそ、織姫が望むなら望むだけ、いくらだって甘やかしてやりたいと思う。



……好き、だ。



声に出さず、呟いて。
もう一度髪に頬ずりをした、その直後。

「…おかーさぁん、おなかすいたぁー……」

ぺたぺたと裸足でフローリングを踏む音と共に聞こえた、幼い声。
慌てて振り返れば、片手にタオルケットの端を握りしめた一勇が、もう片方の手で目をくしくしと擦っていた。

「あーっ?! また二人だけで、仲良ししてるぅっ!!!」

僕も一緒に、仲良しするの!……と。
タオルケットを放り投げて駆け寄ってくる一勇、その小さな身体を抱き留め、抱き上げ、織姫とふたりで力一杯抱きしめる。

苦しいと言いながらも、光を弾く水晶のように、きらきらと笑う幼い我が子。
その笑顔の向こう側に、在りし日のお袋と昊さんの面影が透けて見えた……そんな、とある夏の日の夕間暮れ。








終
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