log:petits fours
【ツインテールの日】
(初出:2014.11.22)
「わ…! どうしたの、織姫?!」
「ホントホント、かっわいい~!!」
「えへ…似合うかな?」
「似合う、似合う! すっごく似合ってるよ!!」
「ふふ、嬉しいな。朝から頑張った甲斐がありました!」
先ほどから、きゃいきゃいと。
女子の甲高い歓声で賑わう、教室の後方。
俺の正面に立って会話中だった敬吾も、ぽかん…と口を開けて固まってしまって。
机の脇に立っていた水色さえも、一瞬目を見開いた後に愉しげな笑みを浮かべ、ひゅっ…と小さく口笛を鳴らす始末。
………気になる。
何が起こっているのか、もんのすっげー気になる。
けど。
すぐさま背後を振り返るのは、少なからず「井上に気があります」と明言するようなもので。
だから、心の中でゆっくり30ほど数えた後、顔にはあくまでも「何を朝っぱらから騒いでんだよ、うるせぇな」的な表情を浮かべながら、ようやっと顔の向きを視線をそちらに向けた。
「……っ、?!」
思わず、息を飲む。
俺の視線の先には、クラスメイト達に囲まれて、にこやかに談笑している井上の姿。
その、彼女のトレードマークとも言える胡桃色の綺麗な髪が、両の耳の上で二つ結びに括られていた。
「かっわいいなぁ…井上さん…!」
「うん、ああ言うのもいいね。…ね、一護?」
「…………」
あんまりにも、衝撃が強過ぎて。
水色の言葉に頷くことすら出来なかった。
……一体何なんだ!
あの、凶悪なまでの可愛さは?!
元々、井上にはふわふわもこもこの小動物のようなイメージがあったけれど。
今日の井上は、まさにアレだアレ!
えっと、何つったっけ……ダメだ、名前思い出せねぇけど、耳がたらーんて垂れてる兎!
あれを擬人化したらこうなりました……ってな感じ。
しかも。
いつもは背に流れる髪に隠れて見えない項が、今は完全に露わになっていて。
細い細い、首筋の白さに。
ほつれた後れ毛が、陽光に透けて金色に輝く様に。
目が、離せなくて……。
「でも、急にどうしたの? イメチェン?」
「えっと、ね? 昨日の夜、宿題やりながらラジオ聴いてたら、11月22日は『いいツインテールの日』って言ってて……」
「へぇ…『いい夫婦の日』ってのは、良く聞くけど」
「うん、私も初耳だよ!
でも確かにパーソナリティさんがそう言ってたし、それなら折角髪を長くしてるんだもの、今日だけはツインテにしてみようかな…って。
単に、それだけなんだ」
「今日だけなんて言わずに、ずっとそうしてれば? 似合ってるもの」
「うーん…似合うって言われるのは嬉しいけど、明日からはまた下ろしてくるよ」
「何で?」
「だって、首が寒いんだよ~っ! 夏ならいいけど、冬目前のこの時期にする髪型じゃない! それを痛感いたしました!!」
「あー、なるほどねー」
……そっか。
今日は、『いいツインテールの日』なのか。
『いい夫婦の日』に比べたら、ちっとばかり強引な感じは否めないけど。
それでも。
言い出しっぺの何処ぞの誰かさんに対して、惜しみない拍手を送りたい……今は、そんな気分。
あー……ホント、今日は朝から、いいモン見た!
心から、そう思って。
直後、ぎくり…と体を強ばらせる。
………何を浮かれてんだ、俺は。
前へと向き直り、まるで何事も無かったかのように、敬吾達との会話を再開する俺。
水色が意味ありげな目つきで俺の顔を眺めまわしているのが気にいらねぇけど、突っ込んで藪蛇になるのも嫌なので、無視。
やがて。
SHRの時間が近づき、友人達から解放された井上が、自分の席へと向かうために俺の席近くへとやってきた。
「おっはよ! 黒崎くん!!」
「はよ、井上」
「小島君と、浅野くんも、おはよう!!」
「おはよう、井上さん。可愛い髪型だね」
「おっはようございます、いのうえさぁああん! そうそう、その髪型、とってもお似合いですよぉ!!」
「ふふ、ありがと! ………え、と…」
俺へと向けられた井上の視線を気配で感じながら、も。
机の上に広げた雑誌の紙面をみつめ、顔を上げない俺。
「あの、く…」
彼女が、何かを言い掛けたと同時だった。
スピーカーから鳴り響いたのは、始業の鐘。
井上と浅野は、慌てて自分の席へと移動して。
俺の顔を、2秒ほど凝視して…それから水色も、自分の席へと戻って行った。
……ああ、わかってるさ。
俺は、酷い奴だって。
でも……。
叶わぬ夢なら、最初から見ない方がマシだ。
俺の為にも。
彼女の為に、も。
「あれからもう、1年か……」
ふと見上げた、窓の外。
晩秋の…どこか白ぼけた空の色は、虚圏で見たつくりものの空を俺に思い出させる。
一年前の、あの日。
俺がこの世界の平和と引き替えたにしたもの、は。
死神の力。
そして。
彼女と共に歩む、未来……。
消えて、無くなれ。
俺の、中から。
本当、は。
その白い首筋に、一生消えぬ痕を残したいくらいだ、なんて。
……そんな望み、は。
終