log:petits fours
【アクアリウム恋愛事情】
(初出:2014.5.3)
「ええ…っと………うん、これで大丈夫…かな?」
水際に立って。
水面を姿見代わりに、自分の姿をチェックする。
起きたときについていた寝癖も、綺麗にとれた。
寝起きでどこか腫れぼったかった眼も、今はパッチリ開いてる。
「よし……! 今日こそ……っ!!」
自分で自分に、気合を入れて。
一歩、踏み出す。
きょろきょろと辺りを見回せば。
ああやっぱり、今日も彼はお気に入りの岩の上。
起きたばかりなのか、ぐーんと大きく伸びをしていた。
今のところ、周りには誰も居ない。
今なら…今なら、声を掛けられるかも……!
転ばないように気をつけながら、出来るだけ急いで岩場を彼の元へと駆ける。
あと、数歩。
もう、一歩。
さあオリヒメ、勇気を出して……!!
「お、おはようっ、イチゴくん!」
「よう、オリヒメ! 相変わらず、早起きだな!!」
にこり…と笑いかけてくれるその表情は、照明の何倍も眩しい。
「あ、あのね…! あの……もし、良かったら…この後、私と一緒に泳…」
「よう、ケイゴ…ミズイロ!!」
私の言葉、途中で。
イチゴ君は大きく伸びあがりながら、私の背後に向かって声をかけた。
「オッス、イチゴ! 朝食の前に、ひと泳ぎしねぇ?」
「おう、今行く!!」
元気良く、応えて。
「じゃな、オリヒメ!」
「あ…あの……っ?!」
挨拶もそこそこに、お友達の方へと走り出すイチゴ君。
引き留める言葉さえかけられず、私はただ黙ってその後ろ姿を見送った。
「………今日も、駄目だったなぁ」
そっとため息を吐きながら、項垂れる。
これで、何戦何敗目だろう。
この水族館が出来て、私たちが此処に集められて。
初めて逢ったときからずっと、イチゴ君は私にとっての特別なのに。
彼にとっての私は、いつまで経っても「仲間の一人」でしかなくて……。
「どうしたの、オリヒメ。また、イチゴに振られちゃったの?」
優しい声に振り返れば、そこには掃除用具を手にしたたつきちゃんが居た。
黒髪黒目の、ちょっと男勝りなこの飼育員さんは。
私が此処にきてからずっと私を可愛がってくれている、とてもとても優しい人だ。
「まったく…この水族館一の器量良しに、こんなにも
慕われてるって言うのに……いつまで経っても、ガキなんだから、イチゴは」
ガキだなんて…!
そんなこと、ありません。
イチゴ君は、とってもとっても素敵な人です。
仲間思いで、友達思いで……誰にでも、優しくて。
ほら…泳ぎだってあんなに上手で、力強くて……。
それなのに、それを驕る事もなくて。
……だから。
彼に振り向いてもらえないのは、きっと私に魅力がないからなんです。
それだけ、なんです……。
「なぁに、オリヒメ。あんな奴、庇う事無いのよ?」
必死に訴える私に、たつきちゃんは苦笑気味に微笑んで。
それからそっと、私の頭を撫でてくれた。
「……でも、仕方無いよね。恋しちゃってるんだもんね?」
イチゴくん……イチゴくん………。
大好き、です。
大好き、なんです。
毎日一生懸命、あなたを追いかけて。
でも、追いつけなくて。
振り返ってもらえることさえ、滅多になくて。
……それでも。
あなたを諦めることなんて出来ない私は、一体どうしたらいいのでしょう……?
「あ、そうそう! 近々仲間が増えるよ、オリヒメ。一羽はあんたと同い年の女の子で、ルキアって名前なんだって。
仲良くなれると、いいね?」
ルキアちゃん……。
名前を聞いた、その瞬間。
ぱぁっと心が明るくなるような嬉しさ、と。
針の先でちくり…と刺されたような微かな痛みが走ったの、は。
いったい、どうしてなのかしら……ね?
終
すみだ水族館のペンギンたちの恋愛事情を綴った書籍「恋するペンギン」を参考にしております。