log:petits fours
【向日葵と金魚姫・Ⅱ】
(初出:2013.8.17 「捧げもの」内【向日葵と金魚姫】関連短文)
休日の、昼下がり。
家族揃って買い物に出かけた先で、ヨメさんが言った。
蒼良に、浴衣か甚平を買いたい……と。
「月末に、保育園の納涼会があるの。それに、着せてあげたいな……って。いいかしら?」
「そりゃ勿論、構わないけど……咲良には、何も用意してやらないのか?」
よく、母親は娘よりも息子の方を可愛がる…なんて聞くけれど、少なくとも俺が見る限り、ヨメさんは双子を分け隔て無く育てている。
だからこそ、彼女の口から蒼良の名しか出なかったことが気になって。
軽く眉を顰めながら尋ねた俺に、ヨメさんはふわり…と笑って答えた。
「咲良には、私のお古を着せようと思って。丁度今の咲良くらいの頃に、お兄ちゃんが買ってくれたものなの。
すっごく可愛くてお気に入りだったから、小さくなって着られなくなってからも、大切に仕舞っておいたんだ!」
「へぇ……」
軽く目を見張りながら、相槌を打って。
そういえば……と、脳裏を掠めた幼い日の記憶を必死に手繰り寄せる。
「……俺もこんくらいの時、お袋に甚平縫ってもらったっけなぁ。
大人用の浴衣生地で作ってあって、さ。だから他の奴らが着てるのよりも大人っぽくて、それが結構自慢だったんだ」
「そう……」
「あれ、どうしたかなぁ。もし未だ実家に残ってるなら、俺も蒼良にはそれを着せたいな」
「お義父さんに訊いてみたら? 買うのは来週になってからでも間に合うから」
「ああ…そうしてみるか」
かくて。
親父に電話をかけてみたところ、甚平は今でも実家の押入れに仕舞われている事が判って。
この春から共働き家庭に戻った我が家、「見つけて、洗濯しておいてあげる」という遊子の言葉に有り難く甘え、納涼会当日の午前中に俺が実家に引き取りに行ったのだった。
「そういやぁ……この甚平を初めて着て出かけた祭りの夜店で、ちっちゃな可愛い金魚姫に逢ったっけなぁ」
俺に甚平の入った紙袋を渡しながら、懐かしそうに目を細める親父。
「お前、憶えてるか?」
「ああ……うすらぼんやりと、だけど」
肯く俺の脳裏に甦るのは、夜店の燈色の灯りの中、ふわふわと揺れていた薄桃色の帯。
顔は流石に想い出せないけれど、まるで絵本の中から抜け出てきたお姫様のようだ……と。
そう思ったことだけは、憶えている。
「今思えば、あれが初恋って奴だったのかな……」
あの後、祭りに連れて行ってもらう度に、金魚の尾のように揺れる帯を探して……でも、みつけられなくて。
いつしか俺は、その子を探す事を諦めて……その存在自体を、忘れてしまっていた。
「今頃、どうしてるかな……」
確か、俺とは同い年だった筈。
俺と同じように今では親となり、この空の下のどこかで、子供の手を引いて歩いていたりするのだろうか……?
つらつらと想い出に浸りながら、辿りついた我が家。
ドアを開ければ、蒼良が「おかえりなさい!」と言いながら俺に飛びついてきた。
「咲良、は?」
「お母さんに、髪、結って貰ってる。咲良ちゃん、ちっともじっとしてないから、お母さん凄く大変そう」
「そうか」
苦笑しながら、家に上がって。
リビングに入って、蒼良に甚平を着付けてやる。
「わぁ……」
瞳をきらきらと輝かせながら、腕を広げて甚平を眺める蒼良。
その姿も仕草も俺の幼い頃にそっくりで、まるでタイムマシンで時を遡り、昔の自分を見ているかのようだ。
「お父さん、似合う?!」
「ああ、恰好良いぞ!」
くしゃり……と、俺譲りの橙色の髪を撫でてやると、それはそれは嬉しそうに笑う。
その時。
どたばたと階段を駆け下りてくる足音が響いて。
それはそのまま廊下を走り、ばんっ…と勢い良く、リビングのドアが開いた。
「お父さん、お帰り!! ねぇ、見て見てっ、可愛い?」
俺の前で、くるりと一回転する娘の姿に、俺は大きく目を見張って息を飲んだ。
花模様の、紅色の生地。
白いレースの貼られた、スカートの裾。
………そして。
薄桃色の、ふわふわの帯。
それはまるで、金魚の尾のようで………。
「咲良ちゃん、まだ髪飾りを着けてな……」
咲良を追い、リビングに飛び込んできた織姫も……また。
蒼良の姿を目にするなり、息を飲んでその場に立ち竦んだ。
「お母さん、どう? 僕、かっこいい?!」
尋ねる蒼良の声に、我に返って。
とても良く似合うわ……と笑って返事をしながら、俺へと視線を向ける織姫。
真っ直ぐに俺を見る…その瞳に宿る光が、次第に揺れ始める。
膝を着いていた床から、立ち上がって。
ゆっくりとヨメさんに歩み寄ると、そっと両手でその頬を包んだ。
目尻から一筋零れ落ちた涙を、親指で拭って。
こつり……と額を合わせて、囁く。
「……………また、逢えたね?」
あの祭りの日の、夜店の灯りにも似た橙色の夕陽射すリビングで。
抱き締め合う俺達を、向日葵頭の男の子と、小さな金魚のお姫様が、不思議そうにみあげていた。
終