log:未来狂詩曲
【やってられない】
(初出:2014.4.13)
※ かなりお下品ですので、閲覧要注意
一護が洗面所に入ったとき、織姫は洗濯機からカゴに洗濯物を移しているところだった。
「あ…おはよう、一護くん!」
「はよ、織姫」
朝日のような妻の笑顔に、柔らかく目を細めて。
ゆっくりと織姫に近づくと、一護はその腰を引き寄せた。
挨拶としては些か深く熱の籠った口付けに何やら不穏なものを感じ取った織姫が、僅かに身体を強張らせる。
そんな彼女の状態に気付きながら…いや、気づいているからこそ、一護はわざと耳朶に触れそうな至近距離で、彼女に囁いた。
「……昨日、良かった?」
「っ、?!」
息を飲み、顔といわず真っ赤になって、全身を硬直させる織姫。
一護は織姫を腕に抱いたまま、くつくつと喉の奥を鳴らして笑った。
……ああ本当に、ウチのヨメさんときたら…!
腕の中でわたわたと狼狽える織姫の髪に、愛おしそうに一護が頬ずりをした……まさにその時だった。
「……朝っぱらから何いちゃついてんだ、この糞親父。顔洗わないんなら、さっさと退いてよ、邪魔だから!」
背後から響いた、不機嫌丸出しの低い声。
一護の振り返った視線の先には、据わった目つきで彼を睨んでいる咲良が居た。
その背後には更に、困ったような顔をして笑っている蒼良が居る。
『……見られたか』
折角面白いところだったのに…と。
一護は忌々しげに、軽く舌打ちをした。
「おはようございます、父さん。母さん」
「お、おはよう…咲良ちゃん、蒼良くん! 今、朝食の支度をするわね!!」
織姫は慌てて一護から離れると、洗濯籠を胸に抱えて、そそくさと洗面所を出て行った。
入れ替わるように、ずかずかと入ってくる咲良。
一護はむっ…とした顔で、歯ブラシに歯磨膏を絞り出した。
その歯磨膏をひったくるようにして一護から奪うと、咲良もまた自分の歯ブラシに歯磨き膏の中身を絞り出す。
その様子を横目に睨みながら、一護が低い声で呟いた。
「お前、もう中三だろ。ちったぁ空気を読むって事できねぇのかよ」
すると。
「…それ言うなら、親父たちこそ受験生の親の自覚持ってくれない? 仲が良いのは良い事だけど、毎晩親に気を遣って耳栓常備で受験勉強するほうの身にもなれっての!」
咲良もまた、鋭い目つきで一護を睨みあげながら、吐き捨てる。
その言葉に、一護が怒鳴るような勢いで反論をした。
「毎晩は言い過ぎだろう! 良くて週一、酷い時は一か月以上のご無沙汰もざらだってのに!!」
『………シてる事自体は否定しないんだ…』
咲良に続いて歯磨き膏のチューブを手に取りながら、心の中でひっそりと呟く蒼良。
そもそもが、一護の反論は若干どころでなく咲良の訴えからはズレている。
『仮にも医者なんだから、脳味噌が残念…ということは無い筈なんだけど…』
実際、一護が彼の友人達と居る時、誰かがちょっとでもボケようものなら、光速でツッコミの言葉を繰り出す情景を蒼良は何度も見聞きしている。
その父が、こと母絡みの事柄に関してはかなりの天然ボケな言動をかますことがある…と知ってはいても、今更ながらに軽く眩暈を覚える蒼良だった。
その間に、咲良は一護譲りの短い堪忍袋の緒をぶっつりと切ってしまったらしい。
一護の胸倉をぐいっと掴むと、噛みつくような勢いで叫んだ。
「そういう話をしてんじゃねーわっ! 思春期の子供の目というものを少しは意識して配慮しろと言ってるのよ、この糞馬鹿エロ親父がっ!!」
「親に向かって馬鹿とは何だ、馬鹿とはっ?! お前、ほんっとーに口悪いな?!」
「そりゃ、親父の娘だからにきまってんじゃん!」
「はぁっ?!」
「だって皆、あたしの口の悪さは親父の若い頃にそっくりだって言うもん。あたしに文句言う暇があるなら、自分の遺伝子と過去の悪行を呪うがいいわ!!」
「…ったく、お前という娘は……っ?!」
「わっ?! きったない!! 唾とんだ、唾っ!!!」
一護を突き飛ばし、慌てたように顔を洗って口を漱ぐ咲良。
苦々しげに、一護はその様子を見つめる。
咲良が洗顔を終えると同時に、娘の身体を押しのけるようにして、一護が顔を洗い出した。
その一護にタオルを差し出しながら、蒼良が躊躇いがちに口を開く。
「…父さん、咲良ちゃんも言いすぎだけど……でも正直、リビングや洗面所のドア開けたらいきなり両親のキスシーン…っていうのは、僕らの心臓に悪いんだけど」
「………」
「もう少し気をつけてもらう……てのは、無理かな?」
黙々とタオルで水分を拭き取っていた一護、は。
僅かな間、眉間に皺を寄せて何やら考え込んでいたけれど。
「………あー…多分、それ無理」
タオルを洗濯機に放り込みながら、ぼそり…と小さく呟いた。
「何でよっ?!」
当然ながら、噛みつかんばかりの勢いで食い下がった咲良に、しれっとした表情を向けて。
一護は厳かに、二人に言い渡した。
「お前らの母さんが、すっげー佳い女だから」
ぽかん…と口を開けて、咲良がその場に立ち竦む。
蒼良もまた、『うわ、真顔で言っちゃったよ、この人』と心の中で呟きながら、その場に呆然と固まるしかなかった。
言葉を失う、二人の子供たち。
対して一護は、完全に自分のペースと父親の顔とを取り戻す。
「せっかくの母さんの朝食が冷めるぞ。さっさとリビングに来い」
何事も無かったかのような顔をして、洗面所を後にする一護。
遠ざかる足音を聞きながら、ちらりと蒼良が咲良を横目に見ると。
同い年の妹は口を真一文字に引き結び、顔を真っ赤にして、ふるふると小刻みに震えていた。
さりげなく、蒼良が両耳に指で栓をする。
その直後、向こう三軒両隣に響きわたる大音量で咲良が絶叫した。
「やってられるか、馬鹿ぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
終