log:未来狂詩曲



【新年】
(初出:2014.1.1)










目覚めた時には、既に。
俺の隣に、ヨメさんの姿は無かった。

起き上がり、上着を羽織って、階下へと降りる。

洗面所で洗顔だけ済ませて、リビングに向かうと。
丁度掃出し窓から、ヨメさんが家の中へと上がってくるところだった。
蝋梅の小枝を数本、その手に持って。

「あら……」

くりっ…と、その大きな瞳を瞠ったヨメさんは。
次にふうわりとその表情を笑み崩すと、俺に向かって優雅に腰を折った。

「明けまして、おめでとうございます」
「…おめでとうございます」

慌てて、姿勢を正して挨拶を返して。
前髪の隙間からヨメさんの顔を伺い見つつ上体を起こせば、視線の先には穏やかな微笑み。
自然と、俺も笑顔になる。

「今の冬も綺麗に咲いたな」
「うん」

手にした枝に視線を向けながら、ヨメさんが嬉しそうに頷く。

「今年で、13年目……か?」
「そうね。この家に来た時に、植えたものだから……」

蒼良と咲良が生まれた年に、環さんがヨメさんの為に積み立ててくれていた貯金の一部を崩して、今の住居を購入した。
その際に、新築祝いと子供達の誕生記念を兼ねて……と、妹達がプレゼントしてくれたのが、この蝋梅の苗木だった。
植えて5年目から現在に至るまで、毎年正月に合わせるようにして枝いっぱいに咲き誇って。
蝋細工のような美しい姿と上品な甘い香りで、俺達家族だけでなく、通りすがる街の人々をも楽しませてくれている。

「今年は咲良にも、着物を着せるでしょう? だから、少し髪に飾ってあげようと思って」

そう楽しそうに話すヨメさんは既に、立ち姿も凛として美しい和服姿。
以前受け持った子どもの保護者に、着付けの講師が居て。
浴衣の着付けを教わったのがきっかけで勉強を始めた彼女は、妹達が成人式を迎えるころには、二人に振袖を着付けてやれるほどの腕前になっていた。

双子が生まれてからは「世話がしにくいから……」と、七五三の時にしか着なかったけれど、蒼良も咲良も既に中学一年生。
今年からまた、着物での初詣を復活させる気になったらしい。
そして、親父から譲られたお袋の形見の着物の中に、十三参り用だったのか少し身丈の短い晴れ着が出てきたことから、それを咲良に着せるつもりでいるようだった。

あのお転婆娘の事だ。
果たして何時間耐えられるのか……甚だ疑問ではあるけれど。



「そろそろ、あの子達も起こしましょうか。あなたも、着替えをして……」

枝を挿した小瓶をヨメさんがカウンターに置いて。
それを見届けたところで、背後からそっと肩を抱きすくめた。
本当は力いっぱい抱きしめたいところだけれど…帯を潰してしまうので、それは我慢。
代わりに、髪を上げたことで露わになっていた項に、そっと唇を寄せる。

「………痕つけちゃ、駄目」
「わかってるよ」

軽く、苦笑して。
もう一度柔く押し当てるだけに止めて、唇を離した。

腕をゆるめると、振り返ったヨメさんが軽く俺を睨んで、ぼそり…と呟く。

「……一護君のすけべ」
「おう、お前限定でな」
「…………もうっ!」

べーっ…と舌を出しつつ言ってやれば。
呆れたように小さく息を吐くだした後、ヨメさんが微かな笑みを浮かべた。
その事に気をよくして、今度は額の、髪の生え際辺りに口づけてみる。
するとようやく、ヨメさんの顔全体に柔らかな笑顔が広がった。


「…あなたも、着物にする? 一応、お義父さんのお下がりのアンサンブル…準備だけはしてあるけど」
「ああ…それも、いいかもな。恋次達も着物で来るんだろうし」

そんな会話を二人睦まじく交わしていたところに、二階の廊下から雷鳴のように響いた轟音。
それは階段を駆け降り、一階の廊下を走って、リビングの扉へと辿り着く。

ばんっ……と音を立てて、扉が開いて。
パジャマ姿のまま飛び込んできた娘が、開口一番に叫んだ。

「親父、お年玉ぁっ!」
「あ、阿呆ぉおおっ! もっと先に言う事あるだろうが、このばか娘ぇっ!!」
「あけおめことよろ! はいっ、とっととおくんなましな、大枚入ったポチ袋!!」
「あのなぁっ?!」
「……えっと…明けましておめでとうございます、母さん」
「はい、おめでとうございます。
ああ、蒼良君はもう着替え済んでるのね?
じゃあ、お餅焼くのを手伝って貰っていいかしら」
「了解!
ほら、咲良ちゃんも早く顔洗って、母さんに着物着付けて貰いなよ」
「えー…なんか面倒くさっ」
「そうかな? 着物姿の咲良ちゃんがにっこり笑えば、お爺ちゃん、きっとお年玉弾んでくれると思うけど?」
「そっか! 流石兄貴、策士だねっ!」

踵を返し、ばたばたと部屋を出ていく咲良の後ろ姿を、溜息まじりに見送る。
その俺の肩をそっと叩いて、笑い混じりにヨメさんが言った。

「何の変わりもないのが、一番よ。今年も皆で、楽しく暮らしていけたらいいわ」
「まぁ……な」

肩を、竦めて。
ヨメさんと顔を見合わせて、微笑みを交わし合う。


賑やかしくも、穏やかに。
我が家の新しい年が、始まろうとしていた。











終
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