旧サイトでの拍手御礼短文



【祈り】




付き合い始めて、まだ日の浅い俺達は。
お互いが初めての彼氏彼女な上に、二人揃って奥手の不器用ときたもんだから。

例えば、ごく自然に手を繋ぐ…それだけのことに、何日も何週間もかかったし。

ましてや、相手を抱きしめる……なんて事は。
そりゃもう未だに、おっかなびっくりのどっきどきで。

井上は井上で……毎度毎度、全身硬直でがっちがち。

その体の緊張がなんとか緩んでくると。
今度は自分の手の置き場に迷うみたいで。

なにやらしばらくもぞもぞした後、俺の腰のあたりの服をきゅっと掴んでくるのが、ここ最近のお決まりのパターン。



………だったんだけど。



今日はなんだか様子が違う。

おずおずと、躊躇いがちに…ではあったけど。
彼女は迷うことなく腕を伸ばし、その両の掌を、俺の背中に重ねるようにして置いた。

その事がどうにも気になって。
俺は少し腕を緩めると、俺の顔を見上げてきた彼女の瞳を覗き込んだ。

「今日は、迷わないのな?」
「何が?」
「手の置き場。いつもしばらくじたばたしてから、やっと俺の服掴んで落ち着くのに……さ」
「ああ……その事」

彼女は、ふわりと微笑んで。

「今日ね、素敵なお話を聞いたんだ」
「ふぅん?」
「あのね、ここのところがね?」

そう言いながら、彼女が俺の背中をとんとんと叩く。
そこは丁度、俺の心臓の真裏あたり。

「愛情を一番受け取り易い場所なんだって。
それで…ここに手を置くとね、相手を好きだなーとか、大事だなーって気持ちがエネルギーになってね、相手の体に入っていくんだって。
だから……ね?」

彼女がきゅうっと、俺にしがみつく。
さっきその手が叩いた場所に、再び掌を重ね置いて。

俺の腕の中、子守歌を歌うような調子で彼女は優しくつぶやいた。


黒崎君、黒崎君、元気になーれ。
黒崎君、黒崎君、幸せになーれ。


…エネルギーとやらが本当に入ったのかどうかは、わからないけれど。
照れと嬉しさがない交ぜになって、心の中一杯に広がって。
体が熱を帯びたのは、確かな事で。


俺もそっと、井上の背中に手を当てて。
彼女を真似て、小さくつぶやいてみる。


井上、井上、元気になーれ。
井上、井上、幸せになーれ。


すると井上は、少しくすぐったそうに身じろぎして。
幸せそうな顔して、俺の胸に額を擦りつけた。


「あったかいね……」
「うん」
「気持ちいいねぇ……」
「うん」
「あのね……大好きだよ…………?」
「…………おぅ」


一瞬間の空いた俺の返事に、井上がくすくすと笑う。

お前は気づいてしまったかな。
俺の心拍数が、さっきより少し上がってしまったこと。




健やかであれ。

幸いであれ。




それはとてもささやかながら……。
深く大きな想いのこもった、祈りの言葉。
長い長い歴史の中で、沢山の人達が口にしてきたであろう、大切な人へ寄せた切なる願い。


これから何年、何十年後の未来にあっても。
こんな風に祈っていたい。
彼女の為に、祈りたい。


ありったけの力で抱きしめて。
心臓の裏側に手を置いて。
その耳にだけ、そっとそっと聞こえるように。

鼓動が止まる、その瞬間まで……。





そして…いつかきっと。


祈る心は、永遠になる………。
  









終
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