旧サイトでの拍手御礼短文




【名残の雨】







昨夜から、音を立てて降り出して。
登校時には制服の膝から下が濡れてしまう程激しかった雨、は。
昼にはほぼ止み、空からは陽射しすら注ぎ始めた。


そんな…梅雨も終わりに近づいた、とある日の放課後。


未だ乾かず濡れたままの地面が、陽光に輝く様を目にして。
何の躊躇いもなく、昇降口の屋根下から足を踏み出した俺。

直後。

俺の頭で、腕で、鼻先で。
冷たく弾ける、いくつもの雨粒。

「うおっ?! 止んだんじゃねぇのかよっ?!」

慌てて屋根の下に戻り、空を見あげて。
「天気雨、か……」
眉根を寄せつつ、ぽつりと零す。







雨は、苦手だ。
特に……この時期の雨、は。







「どうしたの、黒崎君?」

背後から聞こえた柔らかなソプラノに、ゆっくりと振り返る。

「井上……」
「帰らないの?」

首を傾げて不思議そうに問いかけてきた彼女に、俺は黙って空を指差した。

「ありゃ…お天気雨……?!」
「気づかずに屋根の下に出て、ちょっと濡れちまった」

ちろりと舌を出して肩を竦めてみせると、「それは災難でしたな」と井上が苦笑で応える。


そのまま何となく二人横並びして、空を、降り注ぐ雨粒を見あげて。

「狐の嫁入り、だね」

独り言のように呟かれた言葉に隣へと視線を向けると、井上が俺を振り仰いで、ふわりと笑った。

「知らない? そういう言い伝えがあるの」
「うーん…聞いたことあるような、無いような……」

軽く眉間に皺を寄せて首を捻った俺に、もう一度微笑んで。

「何処のお山の、狐さんかなぁ……」

そう言いながら再び空へと視線を転じた彼女は、何処かうっとりと夢見るような口調で、こう続けた。



「花嫁さんも花婿さんも、幸せになれるといいねぇ………」



その、言い方が。
彼女の顔に浮かんだ、柔らかな微笑みが。
まるで古くからの友達の婚礼を、祝うかのようで………。

思わず綻ぶ、俺の口元。
同時、に。
心がほわりと、暖かくなる。



「きっと、幸せになれるさ。井上がそう、祈ってやるなら……」

驚いたように井上が俺の顔を振り仰ぐのを、空気の揺れで感じたけれど。
気恥ずかしさから、それには気付かぬ振りをして。

見上げ続ける、空。
雨粒の落ちる勢いは、次第に緩やかになって。
雲間から覗く蒼も、その面積を着々と広げていった。


俺の心の内にかかった雨雲をも、道連れにして………。















………ありがとな、井上。

これから、先。
少なくとも、それがお天気雨であるならば。

俺は笑顔で、雨上がりを待てるだろうから………。















再び、屋根下から足を踏み出す。
俺の身体は、もう濡れなかった。

「どっかで何か、冷たいモンでも喰ってくか?」

背後を振り返りつつ、声を掛ければ。
彼女は大きく、その薄茶の瞳を見開いた。

「行こうぜ、井上」
「………うん!」

柔らかく目を細めながら、こくりと前に振られる細い首。
その童女のような仕草に、思わず小さく笑う。


………次の瞬間。


彼女が再び大きく目を見開いた。
その視線は、俺の頭を越えて遠く彼方へと………。



ゆっくりと持ち上がる、細く白い腕。
空を指差し、綺麗に笑って。
弾むような声で、彼女は告げた。





「虹………!!」














梅雨の終わり、夏の始まり






終
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