旧サイトでの拍手御礼短文



【春の風】





『なんだこりゃ?!』

思わず、目を見張った。
そして……ふつふつと、次第に沸き上がってくる怒り。

してやられた………と、奥歯をぎりりと噛みしめる。



新入生のクラス分け作業のある週、美諭は遠方の親戚に不幸があって、やむを得ず休暇を取らなければならなくなった。
二日後に出勤したときには、既にあらかた案は出来上がったと言われ………。
早速その日の午後、新一年生を受け持つ予定の教員が集まって、承認の為の会議が開かれる事になった………の、だが。


『有り得ないだろ、こんな無茶苦茶な編成………!!』


1年3組。
担任に、美諭の名が冠されたクラスの生徒名一覧を一目見るなり、彼女は言葉を失った。

先ず……入試結果トップ3と、ワースト3が揃い踏み。
ワースト3の中には、現1,2年生でさえもが名を知り、入学してくる日を恐れている、近隣でも札付きの不良生徒が居る。

トップ3だって……聞き分けの良い模範生であると言う保証は無い。
なまじ頭が切れる分、単位や出席日数を計算して、さぼれるだけさぼろうとしたり、教員を見下した態度を取る生徒も、居て。
それはそれで、クラス運営に支障を来す大きな要因となるのだ。

帰国子女の特別枠で入ってきた双子も、いた。
普通は、敢えてクラスを別にするものだろうに………。





「異議やご質問の有る方は、どうぞ遠慮なく。これはあくまでも、叩き台ですので……」

学年主任になる予定の年輩教諭の声に、美諭は静かに顔を上げた。
視線がぶつかると、相手はにこやかに微笑んで。

「越智先生、何かご意見でも?」

その声音に、戸惑う美諭の反応を楽しむような響きを感じたのは、気のせいだろうか………?



否、と。
彼女は心の中で、きっぱりと断言した。

美諭が赴任してきてからずっと、この教諭とは生徒指導面での衝突が多かった。
恐らくは……その、腹いせなのだろう。
相手の瞳の奥、ちろちろと……まるで蛇の舌のような火が、見え隠れしているのがわかる。


………生意気な、小娘が。お手並み拝見といこうじゃないか?


そんな相手の心の声が、聞こえたよう気がした。





『………負けるものか』

膝の上、ぐっと拳を握る。


「何も、異存ございません。この案のままでよろしいかと」


学年主任(予定)を正面から見据えたまま、にっこりと美諭は微笑んだ。
相手の口の端に、皮肉っぽい笑みが浮かぶ。
周囲からは、あからさまに安堵の溜息が上がった。


「では、この案で決定と言うことで………」



沸き起こる、拍手。

なおざりに手を叩きながら、もう一度手元の用紙に視線を落として。
美諭はひそりと、小さく息を吐き出した………。










「あれ…この二人も、か………」

職員室に戻って。
もう一度名表を眺めながら、美諭は思わず呟いた。


井上織姫……そして、黒崎一護。


先日の、入学候補者説明会。
染髪を疑う強面の教員相手に、臆することなく淡々と、正面から渡り合っていた二人だ。


昨春、赴任後初めて担任した生徒達を送り出し、それから一年は副担任として過ごした美諭。
だから、新入生を正担任として受け持つであろうことは、入試前から十分予測できていた。
それ故に。調査書や成績一覧には、例年以上に熱心に目を通していたのだが………。



髪の色は、生来のものであること。

その髪色から不良と勘違いされることも多いが、当人達は至って真面目であること。

むしろ正義感が強く性根は優しく、他人を気遣うことの出来る生徒であること。



全く別の教員が記した筈の、書類。
それにも関わらず、そこに書かれていた生徒像は、まるで申し合わせたかのように良く似ていて。
試験当日に見かけた橙色と胡桃色の頭髪と併せて、強く記憶に残っていた。


そして……偶然二人を見かけた、説明会当日。


纏う空気は、違うのに。
寧ろ、正反対とも言えるのに。


いや……それだからこそ、だろうか………?


まるで、二人で一対であるかのような。
伝わってくるのは……そんな不思議な、印象。


そして……共鳴する、想い。
おそらく当の本人達は、気がついていなかったろうけれど……。


互いを包む暖かな……優しくも激しい、波動。
強い、意志。

広がる……広がっていく………周囲に…………。





『………護りたい』





どこまでも、どこまでも。
水面に広がる、風紋のように………。













「あの二人には勿論興味あるけど……この個性的過ぎる生徒集団相手なら、少なくとも退屈とは無縁の日々を過ごせそうだな」

にっ……と、口の端を吊り上げる。

「すべてはうまくいっている。すべってもうまくいっている………ってね」


………そう。
美諭は、自他ともに認める超楽観論者である。
これまでどんな困難の中にあっても、やり甲斐や面白味を見いだして、前向きに乗り越えてきたのだ。




『まぁ…何とかなるだろうさ………』



とんっ………と。
机に手を突き、勢い良く立ち上がる。

「ラベル作成機、借りてくるか………」

踵を返し、美諭は事務室へと向かった。


「下駄箱、ロッカー、机、椅子……あと何か、名札貼るものあったっけ………?」








廊下を歩きながら……ふと、窓の外に目を向ける。

透明ガラスの向こう側、春の日差しを浴びて。
花がちらほらとほころび始めた桜の枝が、静かに風に揺れていた。







「入学式も、晴れるといいな………」















終
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