旧サイトでの拍手御礼短文
【最高のお正月】
お兄ちゃんが逝ってしまってから、お正月を迎えるのが憂鬱になった。
独り暮らしの私を思って、たつきちゃんは毎年のように私を自宅に誘ってくれる。
でも…どんなに顔馴染みで気心が知れた相手だって、やっぱり家族と他人は違う。
どうしたってお互い、気を遣わずには済まないから……。
折角のお正月、大切な親友の家の、団欒の時間を台無しにしてしまうのが怖くて、ずっとお断りし続けていた。
かといって。
一人きりで過ごすお正月は……やっぱり、どうにも淋しくて。
少しずつ気が重くなりだした、年の暮れ。
大家さんから、とても素敵なお話を聞いた。
近所の神社で、お正月三が日間、お札やお守りを売る役目の巫女さんアルバイトを募集中だというのだ!
翌日。
早速出向いた神社で、無事、私は採用していていただけることになった。
嬉しかった。
とってもとっても、嬉しかった。
だって……今度のお正月は、独りじゃない。
新たな年の幸せを祈る沢山の人達の、その祈りのお手伝いをしながら過ごすのだ。
こんな素敵な一年の始まりって、きっと…そうは無い筈。
たつきちゃんは勿論、学校でお友達に話したら、皆、初詣に来てくれるって約束してくれた。
その事も、すっごく嬉しくて。
お正月が来るのが楽しみで楽しみで、仕方がなかった。
毎日毎日浮き浮きとして、その日が来るのを待った。
そして。
ついに迎えた、新年。
約束通り、たつきちゃんは勿論、みちるちゃんも鈴ちゃんも、真花ちゃんも千鶴ちゃんも、初詣に来てくれた。
他にも、クラスメイトや手芸部の後輩や……越智先生まで!。
本当に沢山の友人知人が参拝してくれて、お札や破魔矢、お守りを買っていってくれた。
そんな中で、何よりも嬉しかったのは…黒崎君が来てくれたこと。
それも、元旦にはご家族と。
翌日には、茶渡君や小島君、浅野君と。
何と、二日連続で………!
勿論、普段は閑散としている境内も、流石にお正月ともなれば地元の人たちでごった返していて。
お守り売場だって、大盛況の大混雑。
それだから、会話を交わす余裕なんてのは、全然なかったのだけど………。
これまで冬休みに入ったら、新学期になるまで逢う事なんてなかったのに。
新年早々二度も、彼の顔を間近で見ることが出来て。
しかも、買ってくれたお守りを渡す時、指の先がちょこっと触れちゃったりとかもして。
去り際には、頑張れよ……って笑ってくれた。
そんな些細な事が、嬉しくて。
幸せで。
元日の夜も、二日の夜も。
布団に入ってから、その瞬間を反芻しては、枕抱えて独り朱くなったりしていた。
そして、三日目。
流石にこの日は、参拝客の数もぐっと減って。
忙しなかった昨日までが嘘のように、どこかのほほんとのんびりお勤め。
やがて訪れた、日没。
そろそろ仕舞いにしましょうか……と。
神主さんの声に腰を浮かせかけたところで、鳥居の向こうからやってくる人影。
次第に近づいてくるその姿が、お社の明かりに浮かび上がったところで、私は大きく目を見張った。
「……未だ、大丈夫か?」
売場の前に立ち、躊躇いがちな口調で尋ねてきたのは……オレンジ頭の男の子。
大好きな、大好きな、黒崎君。
「あ、はい。どうぞ!」
私は慌てて、笑顔をつくって。
どきどきする心臓を落ち着けようと、努めてゆっくりと呼吸をしながら、目の前の彼を見守る。
黒崎君は、眉間に通常よりも多めに縦皺を刻んで。
お守りの並んだ箱の中を、まるで親の敵か何かのように睨みつけていた。
「……何か、買い忘れ?」
「ん………まぁ…ちょっと、な」
彼にしては珍しく、歯切れの悪い言い方をして。
がりがりと、頭を掻く。
そして……おもむろに手を伸ばして。
これ、お願い………と、いう言葉とともに、私に差し出されたお守り袋…に、は。
『恋愛成就』の、刺繍。
一瞬………目の前が、暗くなった。
手が震えそうになるのを必死に堪えて、そのお守りを受け取る。
神様の力を、借りたくなるほどに。
彼が想いを寄せているのは、誰なんだろう……?
私の知っている、人かしら……?
それとも、全然知らない人かしら……?
手は、お守りを包むという作業をしながら。
脳裏をぐるぐる、駆け回る思考。
呼吸が次第に、苦しくなる。
胸が…心が………とても、痛くて。
だけど。
例え、アルバイトとは言え。
今の私は、巫女だから。
お守りを求める方の幸せをお祈りするのが、私のお仕事だから。
顔を上げて。
精一杯の笑顔で、彼に告げた。
「御利益が、ありますように………」
黒崎君は無言のまま包みを受け取ると、それを上着のポケットに大事そうに仕舞った。
その仕草をぼんやりと眺めていた私、に。
「………バイト…もう、終わるのか?」
踵を返して立ち去るものとばかり思っていた彼からの、ふいの問いかけ。
驚いて、数度瞬きして。
戸惑いつつも、こくりと頷いてみせたらば……実に意外な言葉が、彼の口から飛び出した。
「家まで、送る」
「………へ?」
思わず漏れてしまった、間抜けな声。
黒崎君は、ちらりと苦笑めいた笑みを口の端に浮かべて。
「前のコンビニで、待ってるから……」
そう言うと。
私の返事も聞かずに、回れ右して鳥居の向こうへと駆けて行ってしまった。
数瞬の間、呆然と佇んで。
神主さんの声かけに慌てて我に返り、急いで売場を片づける。
巫女装束から私服に着替え、三日分のアルバイト代を受け取って。
挨拶もそこそこに、私はコンビニへと駆けた………。
店先に到着すると。
窓際で雑誌を読んでいた黒崎君は、すぐに私に気がついて、外に出てきた。
「………じゃ、行くか」
まるで独り言のように呟き、先に立って歩き出す。
慌てて後を追う、私。
例えば……。
いつもの学校帰りだったなら…とても嬉しい筈の、彼の申し出であり、行為なのだけれど。
先刻のお守りの事が頭から離れない今の私は、何だかとても息苦しくて………。
一歩遅れた位置を、ただ黙って歩いていた。
どうしても、立つことが出来ない……彼の隣。
黒崎君もまた、何も言わなかった。
時々、顔半分振り向いて、私が着いてくるのを確認して。
そのまま、先を歩いていく。
その事に、少し安堵して。
一方で……言いようのない淋しさも感じていた。
ねぇ、黒崎君……。
あなたがその隣に…と、望むのは……。
一体…どんな娘なのかしらね………?。
やがて、たどり着いたマンション。
送ってくれたお礼を黒崎君に言った私は、努めて明るくおどけた調子で、こう付け加えた。
「この先、好きな子以外にこんな事しちゃ、ダメだよ? 誤解されちゃうからね!」
そして。
また新学期にね……と、踵を返しかけたところで。
「…井上……っ!」
酷く切羽詰まった声で、彼が私の名を呼ぶのを聞いた。
慌てて振り返った、その視線の先。
怖いくらいに真剣な表情で、黒崎君が私を見返していて。
戸惑って、僅かに首を傾げた……そのとき。
微かに掠れた声が、私の鼓膜を震わせた。
「………俺…井上が、好きだ…」
一瞬…何を言われたのか、理解できなくて。
私はただ呆然と、その場に立ち竦む。
ようやっと、言われたことを飲み込めてから、も。
私はあまりに驚き過ぎて、何の反応も返せずにいた。
すると。
彼はおもむろに、ポケットから先刻のお守りを取り出して。
自分の目の前に掲げて揺らしながら、苦笑気味に呟いた。
「………御利益、無かったか」
それから。
「悪かったな、井上」……と、決まり悪そうに小さく笑って。
じゃあな……と手を挙げ、彼はくるりと背を向けた。
行っちゃう……。
黒崎君が、行っちゃう……っ!
好き……って。
私を、好き…って、言ってくれたのに……!
震える足を叱咤し、地を蹴った。
「待って……っ!」
もう少しで追いつくというところで、しかしながらドジな私は何かに蹴躓いて。
「うぉあっ?!」
計らずとも、彼の腰に見事なタックルを決めてしまい………。
二人一緒に、どさりと地面に落ちた。
「いってぇ………」
小さく呻いた、彼の腰。
回していた腕に、私はぎゅうっと力を込める。
「………井上?」
怪訝そうに、私の名を呼ぶ黒崎君。
顔を上げられないまま……私は必死に、声を振り絞った。
「…………き」
「え?」
「……す、き……です…。私も…くろさ…くん、が……すき……」
そこまでで、精一杯。
涙がぼろぼろと溢れてきて、言葉にならない。
ひぃん……と。
黒崎君にしがみついたまま、まるで小さな子供のように泣き出してしまった私の腕の中で。
ほうっ………と、黒崎君が大きく息を吐いた。
それから、私の手をそっとほどいて。
身体の向きを、反転。
彼の背中にくっついていた私の額は、今は彼の胸元に。
そして私は彼に両肩を掴まれて、ゆっくりと身体を離された。
恥ずかしくて俯いたままの私の耳に、優しい声が響く。
「ありがとな、井上………」
その暖かい声音に、思わず顔を上げたら。
目の前に、柔らかく微笑む黒崎君が居て。
その笑顔が…声音通りに、とってもとっても優しくて。
嬉しくて、嬉しくて…胸が詰まって………。
再びこぼれた涙を、黒崎君の親指にそっと拭き取られて。
今度はそっと、抱き寄せられる。
おずおずと……彼の背中に腕を回すと。
私の背に回った黒崎君の腕にも、もう少し力が加わって。
そして…再度、彼は私の耳元で囁いた。
「好きだよ、井上……」
井上織姫、18歳。
これまでの人生で、最高のお正月です………。
終