一織ワンドロライ

お題:クリスマス
これまた大遅刻なうえに、絶対に一時間では終わっておらず、タグ無しでアップしました。
それにも関わらず、いいねやリツイートをいただき、大変ありがたく思っています。


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「星を、見たいな」

互いを恋人と呼べる関係になってから、初めてのクリスマス。
何かしたいことや、行きたいところはあるか…との問いに対する、それが井上の返事だった。

「都内でさえ、冬はこんなに星が冴えて見えるんだもの…もっと夜が深くて、空気がきれいな場所で空を見上げたら、どんなに綺麗なんだろうな……って」

うっとりと目を細めながら、オリオンを見上げる。
その井上の横顔は、思わず息を止めてしまうほど可愛らしくて……。

翌日。
俺は朝一番で、レンタカーを手配した。



ケーキ屋にとって、クリスマスは一年で一番の書き入れ時。
正社員である井上は、24日は勿論のこと25日も早朝から閉店まで慌ただしく立ち働いて。
その後も、クリスマス用の装飾品の撤去から、年末年始の贈答用焼き菓子セットのディスプレイまでをこなし、ようやっと店の裏口で待機していた俺の車に乗り込んできたのは、既に午後10時を回った頃。
街中を走り抜けて高速に乗る頃になると、助手席に座った井上は、こくり、こくり…と船を漕ぎだすようになった。

「……寝てていいぞ?」
「でも…黒崎君が運転してるのに……」
「俺は昼間のうちに寝ておいたから、気にするな。井上はここんとこ働き詰めで疲れてるんだし…遠慮せずに、休めるときに休んでおけよ」
「ん…わかった………あり…が…と……くろ、さ……く…」

すう……と。
井上の口から漏れる呼吸が、安らかな寝息へと変化する。

車内にはそれなりの音量で、俺の好きなバンドの曲を流しっぱなしにしていた。
それでも井上は、昏々と眠り続けている。
ケーキ屋で働く日々はハードながらも楽しいらしく、愚痴らしい愚痴も聞いたことはないが、やはりそれなりに疲労は蓄積していたのだろう。

途中、軽めの渋滞にはまったときに、自分の左手と彼女の右手とを、そっと重ねてみた。
薔薇の花弁のような唇が微かに上向きに弧を描き、指先を柔らかく握り返される。
そんな些細なことにも痛いほどのな幸福を感じながら、俺は目的地へと向かって車を走らせ続けた。





数時間後。
俺の運転するレンタカーは、近隣県にある山の中腹にある公営の駐車場へと辿り着いた。
登山道の入り口に面しているためか、かなりの広さがあるうえに、麓の街並みを一望できるという展望の良さがある。
眼下に広がる夜景には都心のような派手さは無いけれど、ぽつりぽつりと闇に点る民家の灯りは目に優しく、心に暖かい。

「ん……くろ、さ…?」
「お、丁度起きたか。着いたぞ」
「んんんんー…」

くしくしと幼い子供のように目元を擦り続ける井上の頭を、くしゃり…とひと撫でして。
彼女が上着のボタンを留め直すのを待って、車外へ出る。

「うわ…ぁ……!」

以前にプラネタリウムで見たような、空を埋め尽くすほどの…とまではいかないけれど。
自宅周辺で見上げる空とは比較にならない数の星々が、俺たちの頭上で瞬いていた。

「凄いねぇ…綺麗だねぇ……!」

俺の、隣。
熱で浮かされたような口調で、井上が感嘆の声を上げる。
それこそ星のように煌めく光を、その瞳に踊らせながら……。



星よりも何よりも、微笑む井上が綺麗だ……なんて。
そんな歯の浮くような台詞など、逆立ちしたって俺には言えないけれど。

彼女の想いに気づけて、良かったと思う。
自分の想いに気づけて、良かったと思う。
少し時間はかかったけれど、二人、想いを重ねることが出来て。
互いの隣という立ち位置を、得ることが出来て。
心の底から、幸せだと思う。







……なぁ、井上。
お前に出逢えて、本当に良かった。







「……そろそろ、車の中に戻ろうか」
「うん、そうだね…。もっと眺めていたいけど、流石に寒いや……」

えへへ…と苦笑いする井上の鼻の頭は夜目にも赤く、吐く息も一段と白くなった気がする。

「俺、掛け布団積んで来たんだ。後部座席を倒してやるから、井上はそっちに移って寝ちまえよ。明日も朝から仕事なんだし……」

そう言いながら車のドアに手をかければ、つんっ…とコートの背中あたりを引っ張られた。
いぶかしみながら振り返れば、目に入ったのは俯き加減に立つ井上。

「あの……く、黒崎君も、少しは眠った方がいいと思うの…。居眠り運転とか、心配だし」
「ああ、それは大丈夫だよ。来る途中でも言ったけど、俺、昼間のうちに結構寝といたから」

俺は笑って、答えたけれど。
井上は俺のコートを離すどころか、逆にぐいぐいと乱暴に引っ張り出す始末。

「おい…一体、どうし…っ?! ぐほっ!!」

たまり兼ねて振り返った途端に、胸元に結構な強さの衝撃。
げほごほと咳込みながらも、反射的に抱き止めた井上の背を宥めるように叩いてやれば、か細い声が胸元から上がった。

「………ぎゅう…って、していたいんだもん」

どくり…と心臓が、派手な音を立てて鳴って。
コートを着ていてさえも寒いと感じていた身体が、急速に熱を帯びていく。



……………いやいやいやいや、ちょっと待て、俺。
彼女は単純に、一緒に布団にくるまって眠りたい…って。
多分、そう考えているだけだから。



すーはーすーはー…と、二度ほど深呼吸をして。
それじゃ、明け方まで一緒に仮眠取ってから、空座に戻ろうか…と井上の耳元で囁けば、顔を上げた彼女が、それはそれは嬉しそうに笑った。
そのあまりに純真無垢な笑顔に「ああ、やっぱりな…」と。健全健康な青年男子の俺としては、落胆八割、安堵が二割…と言ったところか。
複雑な気持ちを抱えながらも後部座席を倒して平らにし、丸めていた掛け布団を広げて、二人で潜り込む。

腕枕の要領で小さな頭を抱え込めば、まるで子犬や子猫のように鼻先を俺の頬に擦りつけてくる井上。
ごく軽く触れるだけのくちづけを唇に落としながら、おやすみ…と胡桃色の髪を梳いてやれば、ふにゃりと綿菓子のような微笑みを浮かべながら目を閉じた。
そして程なく、安らかな寝息が耳に届く。

二人分の体温で、布団の中はぽかぽかで。
寒空の下に居て強ばりかけていた俺の身体も、ゆるやかに弛緩していくのがわかった。
先刻まで全く眠気など感じていなかった筈なのに、急速に瞼が重くなり、ふぁ…と欠伸が口を吐いて出る。

「おやすみ、井上…」

秀でた額に、軽く唇を押しつけて。
俺もまた瞼を閉じると、ゆっくりと意識を手放した。











【終】
(初出:2017.12.29)
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