実様へ押し売りした短文集




【明日、空が晴れたなら】






井上が、歌を歌っていた。

明日空が晴れたなら、シーラカンスを獲りに行こう。
雨が降ったなら、ステゴザウルスを。
風が吹いたなら、プテラノドンを。

………そんな、歌を



「……随分と変わった歌詞だな」

そう素直に、感想を言えば。
井上は少し苦笑気味に微笑みながら、小学生くらいの子供達に人気の合唱曲なのだと教えてくれた。

「Nコンなんかでも、良く歌われるんだよ」
「へぇ……」
「……本当は、ね? 私も子供達と一緒に、この曲を歌う筈だったんだ……」
「そっか……」

井上は、合唱クラブの顧問をしていた。
確かこの時期は、毎年恒例の市の音楽祭があった筈で……それに、子供達を連れて参加する予定だったのだろう。

淋しそうに夕日を見つめる彼女の肩をそっと引き寄せれば、ことり…と俺の肩に預けられる小さな頭。
そっと髪を梳きながら、俺は努めて明るい口調で彼女に提案をした。

井上が元気になって退院したら…晴れた日に、どこか景色の良い場所見つけて、釣りでもしてみるか……と。


「黒崎、くん……?」


揺れる瞳が、俺を見上げる。
俺も主治医も、彼女には何も言っていないけれど…それでも、人一倍他人の気持ちに敏感で、聡明な彼女は、きっととうの昔に気付いているのだろう。
奇跡でも起きない限り、彼女にこの先の未来が無いことを………。


「井上……言霊って、知ってるだろ?」
「うん……」
「きっと、叶うんだよ……心底望んで、声に乗せたなら…きっと、必ず。
でなきゃ、言霊なんて言葉自体、生まれる筈がないんだから……」
「くろさき…くん……」

そうだね……と。
彼女が静かに、微笑みを浮かべる。


「釣れるかな、シーラカンス」
「ああ」
「ステゴザウルスも」
「ああ」
「プテラノドンも?」
「勿論。捕虫網、忘れずに買っておこうな?」
「うん……」

くすくす……と、彼女が笑う。
その彼女の肩を、より一層強く引き寄せる。
以前よりも確実に細くなってしまったその感触に、泣きたくなるのを堪えながら……。



……そう、たとえそれが何年先になろうとも。
青空の下、釣り糸を垂らして…彼女の作ったお弁当を食べながら、他愛ないおしゃべりをする……そんな未来を、手に入れられるというのなら。

何度でも、声に出すよ。
喉が、枯れようとも。
果ては、喉を潰してしまったとしても。


だから……。







(君の隣は、どうかずっと空けておいて………)

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「明日の公休日…もし晴れたら、釣りをしに行かないか?」

脱いだ死覇装を掛けながら、一護君が私を振り返った。

「釣り……?」
「そう。釣れるか釣れないかは、まぁ置いといて……。
最近ずっと、ばたばたしてたからさ。
折角気持ちの良い季節にもなったことだし、日向で釣り糸垂らして、弁当喰ったり菓子つまみながら、のんびり他愛ない話して過ごすのも良いな……って」
「………」
「……嫌、か?」

私が表情ひとつ変えず、彼の顔を凝視していたからだろう。
僅かに眉尻を下げて、不安そうに私の顔を覗き込む一護君。
その、至近距離で私を見つめる蜂蜜色の綺麗な瞳に、どきっ…とひとつ鼓動を高鳴らせながら、私は慌てて首を横に振った。

「行く! 行きたい!!」
「……ホントか? 無理して、俺に合わせなくていいんだぜ?」
「無理なんてしてないよ! 本当に本当だからっ!!!」

彼の襟元を掴んで、必死に訴える私。
そんな私の頭をくしゃりと撫でながら、一護君は「わかった」と苦笑交じりに肯いた。

「あ…でも……最近ずっと外食してたし、ろくな食材が残って無いような……」
「米と海苔は有っただろう? それから、卵も。おにぎりと卵焼があれば、俺は十分だよ。
あとは塩を持って行って…もし上手く魚が釣れたら、その場で塩焼きにでもすればいい。
えー…っと、敷物になるようなモン、何かあったっけか……」

楽しげに計画を立てながら、押入れを探る一護君。
その姿を見つめながら、私は涙を堪えるのに必死だった。







『言霊って、知ってるだろ? きっと、叶うんだよ……心底望んで、声に乗せたなら…きっと、必ず』







「………本当だね、一護君」
「ん? 何か言ったか、織姫」
「ううん、何でもない」

私を振り返った一護君に、笑顔で首を横に振る。

「明日、晴れるといいね」
「ああ。後で、テルテル坊主でも作るか?」
「ふふ……」

小さく笑いながら、私も死覇装を掛けようと壁際で背伸びをする。
すると頭の後ろから浅黒い腕が伸びてきて。
ひょい…と私の手から死覇装を取り上げると、一護君の死覇装の隣に並べてひっかけてくれた。

「……どうもありがとう」
「どういたしまして」

振り返って。
穏やかな表情で私を見下ろす一護君の胸元に、そっと額を押し付ける。

「……どうした?」
「うん……ちょっと甘えたくなっただけ」
「そっか…」

ゆっくりと私の髪を撫でてくれる、大きな手。
彼の胸に顔を伏せながら、私は声に出さずに唇だけを動かした。


『ありがとう……』


次元を越えて、叶った願い。
果たされた、約束。
あなたはいつだって、私に奇跡を起こしてくれるんだ……。





「ねぇ、一護君」
「何だ?」
「……一緒に歌いたい、歌があるの。明日教えるから、憶えてくれる?」










空が晴れたなら、シーラカンスを獲りに行こう。
雨が降ったなら、ステゴザウルスを。
風が吹いたなら、プテラノドンを。



……ねぇ、あなた?
一緒に歩いて行きましょう。
いつの日も、どんな天気の日でも。

二人、手を取り合って。
歌を、歌いながら。

何処へでも。
何処まででも………。














終
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