紅い花、ひとつ/想恋歌・双恋歌

初出:2017.7.25. 支部

【紅い花、ひとつ】






ごく自然に、手を繋げるようになって。
口付けられることにも、ようやく慣れてきた今日この頃。
マンションの部屋の前まで送ってもらった、別れ際。
お休みなさい…と離しかけた私の手を掴み直して、そのままぐいっと顔の側まで引き上げた黒崎君は、驚いて瞬きを繰り返す私の視線の先、手首に唇を押し当てた。
ちり…と。
微かに感じた痛みに、肩がびくりと跳ね上がる。

「く、くろさ……?!」
「…聞いたこと、ねぇ? 口付ける場所に、意味がある…って」
「えと……うん、ある…けど、詳しくは……」

顔を赤くしながらしどろもどろに答えると、にぃ…と黒崎君の口の端がつり上がった。
その表情が何故だかひどく艶を帯びて見えて、思わずこくり…と唾を飲み込む。

「……手首は、『欲望』」

ぽつり…と。
低い声で呟かれた言葉とともに、開放される私の手首。
咄嗟に胸元に手を抱き込み、上目遣いに恐る恐る様子を伺えば、黒崎君は少しだけ寂しそうな目をして微笑んだ。

「悪い。怖がらせたかったわけじゃねぇんだ。
けど……ごめん、そろそろ限界」
「げ、限界……って?」

困惑を深めるばかりの私を、黒崎君は苦笑を浮かべながら優しくその逞しい腕の中に囲って。
耳元で、囁く。

「今日は、帰る。でも……多分、次は…」
「…っ、⁈」

次第に掠れていく声に、無意識のうちに強張っていく身体。
そんな私を宥めるように、髪に頬を擦り寄せ、こめかみに唇を押し当てて。
また、な……と、視線も合わせぬままに踵を返し、通路を駆けていく黒崎君。

「早く部屋に入れ! 鍵、ちゃんとかけろよ‼」

ただ呆然と通路に突っ立っていた私は、その言葉に慌てて自室のドアを開け、中へと飛び込んだ。
言われた通りに鍵をかけ、ほぅ…と息を吐き出して。
靴を脱いだ途端、そのままヘナヘナと崩れるように床に座り込む。

「…どうしよう……」

怖い、と思った。
だけど…その何倍も強く、嬉しいと感じている自分が確かに居る。

「くろさき、く……」

今更ながらに暴れ出した鼓動を、頬に集まる熱を、どうにも持て余して。
抱えた膝に顔を埋め、ぎゅっと目を瞑った。



……どのくらい、そうしていただろう。



ゆっくりと顔を上げ、ふ…と手首に視線を落とせば。
肌に残された紅い小さな花弁が、滲む私の視界の中でゆらゆらと揺れていた。












終
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