Engage
「……黒崎」
「んあ?」
「お前…もしかして、井上さんに告った……?」
卒業式の、前日。
予行練習をしていた体育館から戻る途中、さりげなく俺の隣に寄ってきた榛名が、小声で問いかけてきた。
「……いや」
内心ぎくり…としつつも、平静を装い、首を横に振る。
そもそも、嘘じゃねぇし。
逆に、何故そう思ったのかと訊き返せば。
榛名は決まり悪げに頭をガシガシと掻きながら、「なんだか、安定してんなぁ…と思って」と答えた。
「安定…?」
「ああ。お前は気づいてなかったかも知れないけど…井上さん、秋くらいから、ちょっとおかしかったんだ。
それまで、お前のこと見かけると迷い無く声をかけてたのに、一瞬躊躇う様子を見せたり、それで結局声かけないまま、立ち去っちゃったりとか……さ。
でも…二月中の登校日も、昨日も今日も、お前見つけると即声かけ…って、以前のとおりの井上さんに戻ってたから、さ。
研修期間直前に、俺や山ちゃんがあれこれ言ったし…それでお前もようやっと、何か行動でも起こしたのかと思ったんだけど」
なんだ、違うのか……と、口の中で呟く榛名。
俺は暫し迷った後、榛名の耳元に口を寄せ、こそり…と白状した。
「……約束は、したんだ」
「約束…?」
「いつか……いつか必ず、俺から言うから…って」
「はぁっ?!」
大きく目を見張って、俺の顔を凝視すること数秒。
やがて榛名は眉を逆八の字に逆立てて、俺の胸ぐらを掴んできた。
「お前、なぁ…っ?!」
周囲の人間たちが、ぎょっ…として俺たちを振り返る。
そんな周囲の視線を意に介すことなく、榛名はしばらくの間、俺の胸ぐらを掴んだまま俺を睨みつけていたけれど。
やがて目を伏せながらのろのろと手を離し、それはそれは大きな息を吐き出した。
「榛名……?」
「……まぁ、それで井上さんが納得したなら、外野があれこれ言う筋合い無ぇけどな」
「………」
ごめん…と言い掛けたけれど、この場に適当な言葉ではないと思い直し、結局は何も言えずに黙り込む。
榛名はもう一度大きく息を吐き出すと、踵を返し、再び廊下を歩き出した。
慌てて後を追い、横に並んだところで「それにしても、榛名の観察力ってスゲェんだな」と声をかける。
怪訝そうな視線を投げて寄越す榛名に、井上の細やかな変化に気づいていたことを挙げてみせれば、榛名はぽかんと口を開いて固まった後、苦虫を潰した挙げ句にうっかり飲み込んだような、それはそれは酷い顔をした。
「黒崎……俺、お前のそういうところだけは、ホンッと大嫌いだわ」
「へ……?」
「あーやだやだ。本当に、やだ。マジで俺、今、お前の頭に豆腐の角とかぶつけてやりてぇ気分」
「は、榛名……?」
戸惑って瞬きを繰り返す俺の背後から、「あ、黒崎くーん!」と弾むような声が響く。
慌てて振り返れば、人並みをかき分けるようにしてこちらへと向かってくる井上の姿が目に入った。
「……ほら、早く行ってやれよ!」
「え…う、わっ?!」
榛名に背中をど突かれ、たたらを踏む俺。
どうにか体勢を建て直し、何するんだ…と榛名を振り返ったときには、その後ろ姿は既に数メートル先を歩いていた。
「くろさき、く……あ、きゃっ?!」
「い、井上っ…?!」
振り返って、確認するまでもない。
激しく乱れた霊圧から井上が転んだことを察した俺は、慌てて踵を返して廊下を走り出した。
終