一織プチonly「strawberry*Love」様へのweb企画投稿作』



【 光の彼方、闇の深淵~魂の還る場所~ 】










荒かった呼吸が、いつものそれに戻って。
ほぅ…と深めに息を吐いたと同時に、軽く咳き込んでしまった。

「……ちょっと、待ってろ」

耳元で囁かれると同時に、軽くなる身体。
布団を私の身体にかけ直し、下着とパジャマ替わりのスウェットパンツを身に付けると、黒崎君は台所へと向かった。

その、広い背中を見送って。
私もまた、ゆっくりと半身を起こす。

静かに、床に足をおろして。
ベッド下に落ちていたTシャツを拾いあげ、それを着終わったところで、彼が部屋へと戻ってきた。

「……なんだ。もう、服…着ちまったのか」

私の姿を見留めて、開口一番に口にした言葉が、それで。
何と返事してよいものやら判らず、ただ頬を朱く染めて俯いた私の頭上に、ふ…と零れ落ちたのは黒崎君の苦笑。
ベッドの縁、私の隣に腰かけた彼の手には、ミネラルウォーターのペットボトルが握られていた。

「ありがと…」

お礼を言って手を差し出した私を、何故か黒崎君は制して。
ボトルの封を切った彼は、そのまま自分でボトルの水を煽ってしまった。

唖然として見つめていた彼の横顔が、私を振り返る。
同時に、肩に腕を回されて。
え?…と思う間もなく引き寄せられ、唇をふさがれた。

「…っ、?!」

僅かな隙間から咥内に流れ込んでくる、水。
半ばパニックを起こしながらも必死で飲み下したけれど、受け止めきれなかった一滴が、ゆっくりと肌を伝い落ちていく。

それすら、舌先で掬い取って。

ゆっくりと離れて行った、黒崎君の顔。
その目元と口の端に浮かんでいたのは、実に人の悪そうな笑みだった。

「……………えっち」

上目づかいに睨みつけながら、それだけ言うのが精一杯で。
そんな私の姿に、今度は声を上げて笑い出す黒崎君。

「もう、もうっ……!!」

顔が一段と朱く染まっていくのを自覚しながら、ぽこぽこと彼の身体を叩いて抗議して。
すると黒崎君は「ごめん」と笑い含みに言いながら、もう一度私の身体を引き寄せてくれた。

ぎゅう……と、その逞しい腕に抱き締められて。
髪に頬を摺り寄せられたりすればそれだけで、身体からも心からも、ふにゃり…と力が抜けてしまう私。


ああ……本当に、なんて単純に出来ているのかしら。







「……一度、さ」
「うん…?」
「やってみたかったんだ、口移しで…って。昔観た、映画だかドラマだかの影響」
「……へ?」

思わず数度、瞬いてしまった。
だって…それはあまりにも、予想外な言葉だったから。

「……オドロキモモノキサンショノキ…ですぞ」
「うるせぇよ! ……でもまぁ、仕方ねぇか。確かに柄じゃねぇよなぁ…って、自分でも思うしな」

くすり……と。
微かに漏れた苦笑を、私の鼓膜が拾い上げる。

「ねぇ……本当、に?」
「嘘ついて、どうすんだよ」
「だって……」
「まぁ、もっと正確に言うなら…さ?
とっくの昔に忘れちまってたのを、お前と付き合い始めて思い出したんだよ。
そう言えばそんなシーン、観たことあったなぁ…って」
「そう……」

彼の言葉に、相槌を打って。
それからすりっ…と、肩口に額を摺り寄せた。
その仕草の裏側にあったのは、嬉しさからくる照れ隠しの気持ちが半分。
でも、残りの半分は……。





「もしかして……相手が自分じゃなくても、別に良かったんじゃ…とか、考えてる?」
「…、っ?!」





反射的に振り仰いだ先には、穏やかに目を細めた優しい笑顔。
だからこそ余計に居た堪れなくなって、再び彼の肩に額を押し付るようにして、醜い表情を隠した。

どうしよう……。
本当は、もの凄く怒っていたり、落胆しているのではないかしら……?

どうして俺の気持ちを、言葉を、信じてくれないんだ…って。
そう冷たく呟かれながら、身体を引き剥がされてしまったら、どうしたらいいの……。


……そんな不安に駆られて、震え出す身体。


だけど、肩から背へと移された彼の手は、ぽんぽん…と、宥めるように私の背を叩いてくれて。
もう片方の手はゆっくりと、慈しみの籠った手つきで私の髪を撫で梳いてくれるばかりで……。

深く安堵の息を吐きながら改めて彼に体重を預け直せば、優しく抱き締められて。
胸いっぱいに溢れる幸福感に、喉の奥と瞼の裏側が、じん…と熱くなった。





髪に触れる手の心地よさに、うっとりと目を閉じる。
……だけど。





「あの、さ…?」
「うん…?」
「俺さ……多分ずっと、心の何処かで『死にたい』と思ってたんだよ」
「…っ、!?」

慌てて、身を起こして。
視線を彼へと向ければ、切なげな光の揺れる薄茶の瞳があって。
返す言葉を何一つ見つけられず、ただ呆然と彼の顔を見返すばかりの情けない私の姿が、そこに映っていた。

「俺、さ……ずっと独り身のまま生きて、独りで死んでいくんだろうな…って、漠然とそう思ってきたんだ。
家族からお袋を奪ってしまった俺に、人並みの幸せを望む資格なんて有る筈がない…って。
とにもかくにも、親父と一緒に妹達を護って、無事にあいつらが成人するのを見届けるのが、俺の使命で。
その後なら、別にいつ死んじまっても構わないかな…って。
死神の力を手に入れてからだって、その気持ちは変わらなかった。
虚に襲われる整霊や人間を護る為に戦って、そのことで例え命を落としてしまったとしても、それはむしろ本望だと思っていたくらいで、さ。
………でも。
井上が、俺の傍にいてくれるようになって。
いつの間にか、『死にたくない』って強く願い始めている自分に気が付いたんだよ。
井上と一緒に、此処で…この現世で、生きていたい…って。
その為なら、例え世界の全てを敵に回すことになっても、絶対にお前を護り通してみせるんだ…って」
「くろ…さ……」

私の頬を、大きな掌が優しく包み込む。
先刻とはうって変って穏やかな微笑みを浮かべながら、黒崎君は私の瞳を真正面から覗き込むようにして言葉を続けた。

「……なぁ、井上?
お前はよく、ルキアが俺の『世界を変えた』…って、言う。
でもそれを言うなら、お前は俺に『世界を取り戻してくれた』んだ。
死神の力の有無なんて関係無しに、ただ『俺』という人間を丸ごと受け止めて、生きることを許してくれる場所を。
たった一つを、護る。そんな、子供の時から望んでいた生き方ができる世界を……」
「くろさ…き、く……」


知らず、涙を零していた。
頬に添えられた彼の手、その親指が、私の頬骨のあたりを撫でるようにして涙を拭い取っていく。
それでも溢れ続けて止まらない涙に、ぼやけて歪んだ視界の中。
彼は一段と優しく微笑みながら、頬から肩へと移した手で、もう一度強く私の身体を引き寄せた。



ありがとな……と。
微かに掠れた声が、耳に届く。

……次の、瞬間。

私は彼にしがみつきながら、声を上げて泣き出してしまった。
まるで、幼い子供のように……。










……ねぇ、黒崎君?
お礼を言うべきなのは、私の方なの。


ずっとずっと、不安だった。
彼女になれた、その後からも。

私はいったいどれだけ、あなたの支えになれているのか……と。

あの、黒髪の綺麗な人と比べたら、私は本当に非力でちっぽけで。
あなたを想う気持ち、それだけしか持たない私に、傍に居る資格があるのかどうか全然自信が持てなくて。
あなたが私を振り向いてくれた理由が、例えばあの人の『身代わり』だったのだとしても、それでも構わないと思いつつ。
いつの日にか、私から離れて去っていく後ろ姿を見送ることになるのかな……なんて。
ふ…と目覚めてしまった深夜、そんな暗い考えに、そのまま寝つけず布団の中で震える日もあった。

だけど……。





「例えそれが何処であろうと、お前の隣が俺の居場所だ。俺の魂が還っていく、たったひとつの場所だ……」





ああ、黒崎くん……!
その言葉をそっくりそのまま、あなたに返すよ。

今生での、この命が終わった後も。
きっと私の魂は、次元を、時を、何処まででも越えて、あなたの元へと還っていく。


あなたに、恋をする。

何度も。
何度でも………。















背を撫でていた手が、そのまま背筋を撫でおろして。
思わず反らせてしまった首筋に、押し当てられる彼の唇。

感じる、微かな痛み。
そして、耳元近くで囁く声。



「…………ごめん、井上……もう一度…」



返事をする代わりに、彼の首にゆるりと腕を巻き付けて。
シャツの裾から入り込んできた手に、身を任す。

崩れるように、シーツの海に二人で落ちて。
波に揺られる木の葉のように、漂い始める心と身体。

うわ言のように、好きと呟いて。
俺も…と返された彼の低音に、光の彼方へと一層高く揺り上げられては、闇の深淵へと深く溺れ沈んでいく。



……怖くは、ないの。

だって…辿りつくその場所、は。
あなたと私…二人共に、還る場所なのだから……。







「……傍に、居るよ…」













それ、は。
魂に刻まれた、永遠の約束………。




【終】
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