一織プチonly「strawberry*Love」様へのweb企画投稿作』
そうして井上から贈られたのが、今、俺の掌の中にある革紐とシルバープレートで作られたブレスレットという訳で。
合わせる服を選ばないそのシンプルなデザインは、大いに俺の気にいるところだったけれど。
それより何より一番の決め手となったのは、プレートに埋め込まれた小さな石だった。
井上の六花と良く似た、薄氷色の輝きの……。
「あー…何か、声…聴きたくなってきた……」
ベッドの上に、身体を投げ出して。
ブレスレットを眼前に翳しながら、ぽつり…と呟く。
「でもなぁ…授業があるわけじゃねぇし、入試も終わっちまったし……」
解けなかった宿題や問題集の設問について質問する…という手は、今はもう使えない。
虚退治にしても、最近ここいら辺りの担当になった死神は割と優秀な奴みたいで。
代行証が鳴ることは滅多に無くなり、それに比例して彼女に代行の仕事を手伝って貰ったり、怪我を治してもらったりする機会も激減した。
「電話しようにも、口実ってもんが………って……あれ、ちょっと待てよ?」
はた、と思い至る。
今日から井上は、俺の彼女になったんだ…ってこと、に。
「あ、は……!!」
自分の莫迦さ加減に呆れ果て、声を立てて笑ってしまった。
ああ、そうだ……!
もう必死こいて口実を探す必要なんて、無ぇんだ…!!
「仲間」であるが故の、躊躇いも。
「友達」であるが故の、下手な遠慮も。
諸々全部、もう不要になったんだ……!
……あ、いや。
そりゃ勿論、これまで以上に配慮は必要だけれども。
上半身を起こし、机の上に置いてあった携帯へと手を伸ばす。
時刻を確認すれば、一般常識的には些か遅いかな…と思う時間帯に差し掛かってはいたけれど。
……5コール分だけ。
そう決めて、井上の携帯に向けて電波を飛ばした。
いつもなら、大概3コール以内には応答してくれる彼女なのに。
俺が自分で決めたリミット、5コール目にして漸く繋がったものだから、もしかして寝ていたのを起こしてしまったのかと心配になった。
恐る恐る確認をすれば、起きていたよ…と元気に答える声がして。
当然ながら、今度は彼女の方から「何か急な用件か」と尋ね返されてしまった。
それは、充分に想定していた問いかけだったけれど。
気恥ずかしさと緊張から、流石にすらすら…とは言葉を紡げなくて。
かなり歯切れ悪い口調で「ただ、何となく」と答えれば、それきり彼女は黙り込んでしまった。
急速に、胸の内に広がる暗雲。
高揚していた気持ちが、絶対零度の空間に投げ出されたかのように冷えていく。
「……もしかして、迷惑だったか?」
不安に掠れる声で、そう尋ねれば。
大きく首を横に振る気配と共に、違う…と告げる井上の声が届いた。
『あの…なんだかもの凄く感動しちゃって、声が出なくなっちゃって……』
「感動、って……。別に、電話で話をするのは、これが初めてじゃねぇだろ?」
『そ、それはそうだけど……でも…』
「……でも?」
『うん……あ、あのね?
「何となく」っていうのが、凄いなぁ…って。とてもとても、凄いことだなぁ…って。
そう、思って……』
……その、瞬間。
俺は唐突に、理解した。
彼女がこれまで…もうずっと長いこと、今日という日の訪れを待っていてくれたのだという事を……。
「井上……」
刃を突き立てられたかのように、胸が痛んで。
何やら熱い塊が、喉元をせり上がってくるのを感じた。
それを必死に飲み下しながら、無理矢理に笑顔を作る俺。
そうでもしないと、ついうっかり涙を流してしまいそうな気がして……。
そんな自分の状態を、彼女に気付かれたくなくて。
不自然なまでに、俺は明るい声を出した。
「ホントだな。もう、勉強だの虚がどうだの…そんな口実、無理に探す必要無ぇんだもんな…」
『……え?』
再び息を飲み、言葉を失う井上。
「これでも結構、苦労してたんだぜ? 口実探しには、さ……」
『くろさき…くん……』
受話器越しに届いたのは、涙交じりに震える声。
まるで何かを必死に確かめようとでもするように、何度も何度も俺の名を呼んで……。
……ああ、そうだ。
そう言えば…俺、まだ一番肝心な言葉を、彼女に伝えていなかったんだ。
「………好きだよ、井上」
『くろ…っ、?!』
「ずっとずっと……待たせて、ごめんな…?」
『くろ…さ……く……』
電波の向こう側で、幼い子供のように井上が泣きじゃくる。
俺は何も言わず、ただ静かに彼女が落ち着くのを待っていた。
恐らく、軽く20分はかかったんじゃなかろうかと思う。
だけど、それを長いとか苦痛だと感じることはなかった。
彼女が俺を待っていてくれた年月の長さを思えば、たかだか数分程度の時間の経過が一体何だと言うのだろう。
辛いと感じたのは、待つことなどではなくて。
俺が今、彼女の隣には居ないということだった。
もしも触れられるほど近くに居たならば、思い切り強く抱きしめてやれたのに…と。
下心とか、そんなんじゃなくて。
泣く子をあやす父親のように、ただただ優しく、彼女の背や髪を撫でてやれたなら、どんなにか……。
いっそ死神の力を使って、彼女の部屋までひとっ飛びしちまおうか……と。
窓に近寄り、カーテンを開いた……その、瞬間。
見上げた夜空の美しさに、目を見張った。
そう言えば、昨夜は雪交じりの雨が降っていたのだ。
俺の登校時にはすっかり止んでしまっていたから、今の今まで忘れていたけれど。
恐らくは、あの雨によって空気が清められて。
だからきっと、こんなにも月や星が冴えて見えるのだろう。
ああ……明日はきっと、快晴間違いなしだ………!
「井上……ちょっと、窓の外見てみ?」
『……う、うん?』
しゃくりあげる間隔が大分広がったのを見計らって、井上にそう声をかければ。
思った通り、彼女の口から感嘆の声と溜息とが漏れ聞こえてきた。
『凄く綺麗な、夜空だね……』
「だろ? この分なら、明日はきっと快晴だな」
『だね! ふふ、絶好の洗濯日和になりそうだなぁ…』
「………」
思わずがっくりと、肩と頭とを落とす。
だけど…正直俺には、彼女の鈍さについてどうこう言える資格なんざ無ぇから……。
「……あー…その、井上?」
『はい?』
「洗濯も良いとは思うんだけど、さ」
『うん…?』
頭を軽く、一振りして。
携帯を握り直すと、臍のあたりにぐっ…と力を込めた。
「………どっか、行かね? 俺とお前と、二人で………」
『…っ、?!』
終
(さぁ、何処まで行こうか……?)