一織プチonly「strawberry*Love」様へのweb企画投稿作』



入浴後。
髪を乾かすのもそこそこに、階段を駆け上がって自室のドアを開けた。
迷わず視線を向けた先は、机の上。
革紐とシルバーのプレートで出来たブレスレットが、窓の外の街灯の光りを反射して、鈍く光っている。

ほっ…と息を吐いて、部屋へと足を踏み入れて。
机に近づき、ブレスレットを取り上げた。



「……やっぱり、夢なんかじゃねぇんだよな…」







【夢じゃない・Ⅱ SIDE:15】


井上と、付き合うことになった。
もの凄くひょんなきっかけで。

事の起こりは、今日の昼前。
第一志望の大学に無事合格し、その旨連絡しようと高校に電話したら、授業中だった担任の代わりに受けてくれたのが越智先生で。
その時点で、何やら酷く嫌な予感はしていたのだけれど。
案の定、一通り報告し終わってお祝いの言葉を貰ったところで、暇なら学校に来て、雑務を手伝えと呼びつけられてしまった。
正直、面倒臭ぇことこの上なかったが、越智さんに対して俺には大きな借りがある。
一年の時も三年の時も、出席日数不足であわや留年…という事態に陥った俺を会議で庇ってくれ、補講と追試とでなんとか卒業認定を勝ち取ってくれたのだ。
そんな相手の頼みを断る事など、出来るはずがなく。
登校した昼過ぎから15時くらいまで、職員室と印刷室であれやこれやとこき使われまくった…という訳だ。

やっとのことで、解放されて。
これで何か好きな飲み物と菓子でも買えや……と渡された小銭を掌で弄びつつ廊下を歩き、階段前へと差し掛かったときだった。

「……あれ、黒崎君? あ、きゃっ…!?」

聞き覚えのありすぎるソプラノが、耳に届いて。
反射的に頭上を振り仰げば、あろうことか井上の身体が俺めがけて降ってくるところだった。
咄嗟に腕を伸ばして抱きとめたものの、生身の身体では死神代行やってる時ほどの踏ん張りが利く筈もなく、二人して廊下に転がる羽目になった。

幸い、俺にも井上にも怪我は無かったけれど。
井上は俺に対して、そりゃもう平謝りに謝りたおして、お詫びに何でも言うことをきく、何か自分に出来ることはないか?…と、ずいっと身を乗り出して俺の瞳を覗きこんできた。

その距離の近さに若干狼狽えつつ、「気にしなくていい」と言おうとして。
口を開きかけたところで、ふ……と、ある考えが脳裏に閃いた。

「……本当に、何でもいいわけ?」
「勿論! 女に二言はございません!!」

何でも、どーんと言っちゃって下さい……と、にっこり笑って胸を叩く井上。
俺は軽く吹き出しつつも、彼女の瞳を真正面から見て告げた。


「俺の彼女になる…ってのは、どうですか?」


……それは、いつか彼女に伝えたいと思っていた俺の本心。
でも、ヘタレな俺は正面きって告げる勇気を持てないまま、ずるずると今日まで来てしまって……。
だから、これはまたとないチャンスだと思ったんだ。
彼女が肯いてくれたなら、それはもう本当にラッキーだし。
もしも彼女が困ったような素振りをみせたなら、冗談だと笑ってみせればいいのだ……と。
そうしたら、例え想いは報われなくとも、今の関係まで失わずに済む筈だから。


黙って見守る、俺の視線の先。
井上は大きく目を見開いたまま、随分と長い間、その場で石像のように固まっていた。
あんまり何の反応も示さないものだから、これは失恋確定か……と。
そう、落胆しかけた時だった。

すい…と静かな動作で、井上が居住まいを正して。
床に三つ指を付いたかと思うと、「よろしくお願いします」と言いながら、俺に向かって勢いよく頭を下げてきた。
……しかも。
勢い余って、デコで床のPタイルを叩き割る……という、何とも彼女らしいオチ付きで。

ちなみに、井上のデコは全くの無傷だった。
幾分、赤くなってはいたけれど……。







「…そっか。司書さんの書庫整理の手伝いに来てたのか」
「うん。その代わり、廃棄予定の書籍や雑誌の中から、優先的に欲しいものを選んで良いことになっているの」
「へー……」

そんな他愛ない会話をしながら、井上のマンションまでの道を、二人並んで歩いた。
足はちゃんと、アスファルトの地面を踏みしめている筈なのに。
まるでスポンジの上を歩いているかのような覚つかなさを感じたのは、あまりに唐突に、彼女との新たな関係を始めてしまったからだったのだろうか……。

とにかく、現実感の無さに頬でも抓ってみようか……と。
そんな事を考えながら、ふ…と視線を彼女へと向ければ、正にびろーんと頬を引っ張っている真っ最中で。
思わず吹き出しそうになって、慌ててマフラーを巻き直す振りをしながら口元を押さえた。
その後も、こそこそと俺の様子を伺っては頬を抓っている姿に、堪らなく愛おしさを感じたけれど。
このままにしておくと、そのうち頬が腫れ上がっちまうんじゃねぇの…?と、心配になり始めたのも、また事実で。

そんなとき、公民館の前を通りかかって。
ハンドメイド製品の展示即売会が開催中である旨書かれた看板の前で、井上の歩みが止まった。
手芸部に所属していたくらいだ、当然興味を引かれたのだろう。
俺に遠慮したのか、そのまま立ち去ろうとするのを引き留めて。
寄り道を提案して二人で会場に足を踏み入れれば、手作りの銀細工の製品の並んだブース前で、再び井上がその足を止めた。

何気なく、彼女の視線を辿って。
その先にあったスマートフォン用のピアスを目にした瞬間、とくん…と心臓が高鳴った。

ピンの先から下がる鎖の先には、三日月の形をしたチャーム。
そして、橙色の光を放つ石。

それはどうしたって、俺の分身である斬月と。
俺自身の髪の色とを、連想せずにはいられなくて……。


『……きっと、偶然だ』


自惚れるなよ……と。
何度も自分自身の心に、言い聞かせた。
それでも、都合の良い考えがむくり…と頭を擡げてくるのをどうにも止められなくて。
気が付けば俺は、そのチャームを手に取っていた。

会計を済ませ、小さな袋を受け取ってブース前から離れて。
少し広めの通路に出たところで、井上にその袋を差し出せば、彼女の顔に広がったのは喜びではなく、困惑で。
不安と後悔で息苦しさを感じつつ「迷惑か」と問えば、彼女は酷く慌てた様子で首を横に振った。

少し、ほっ…として。
未だ不安を抱えたまま、それでも彼女から携帯を借り受けると、イヤホンジャックにチャームを差し込んだ。
再び彼女の手の中へと、携帯を戻せば。
たまたま鎖の先で揺れる石に夕陽が当たって、きらり…と光が弾けて。

「綺麗……」

嘆息混じりに呟いた井上が、俺を見上げてふうわり…と微笑んだ。
その笑顔に、偽りなど見いだせず。
同時に彼女の口から出た「有り難う」という言葉にも、真摯な響きが隠っていて。
お礼の言葉が単なる社交辞令などではないことを、俺に確信させてくれたのだった。

だけど。
そうして心に余裕が出来れば、次いで沸き上がってくるのはちょっとした悪戯心で。
にっ…と口の端を吊り上げながら、もう頬を抓らなくても済むだろう?…と問えば、途端に彼女の顔が茹で蛸のように真っ赤になった。
その様子が可笑しいやら可愛いやらで、思わず声を上げて笑ってしまったのだけど。
彼女が半分泣きべそをかきながら、そんなに笑ってくれるなと抗議してくるものだから、お詫びかたがた俺も正直に白状することにした。

俺も井上と同じように、夢見心地でいるのだ……と。
だからこそ、井上が頬を抓っていることにも気付けたのだ……と。

「くろさきくん……」

彼女はしばらく、黙って俺の顔を見上げていたけれど。
そのうち、はっ…としたような表情に変わると、自分からも何かプレゼントをさせてくれ…と言ってきた。
俺はその申し出を、素直に受けることにした。
別にモノが欲しかったわけじゃない。
ただ俺がそうすることで、彼女が俺からチャームを受け取ることの心理的負担がより軽くなるなら……と、そう思ったからだ。

「それじゃあ、遠慮なく」

俺がそう答えれば、井上はそれこそ花のように綺麗な笑顔を見せた。
つられて己の笑みを深くしつつも、一方では、ちりり…と微かな痛みを胸の奥に感じてもいた。

彼女はいつも、その優しさを惜しみなく周囲の人間に差し出すけれど。
彼女自身が「差し出される」立場になると、酷く狼狽えたり戸惑いを見せたりする。
それは恐らく彼女の生い立ちによるもので、彼女自身に何ら罪の無いことだけれど。
例えば、差し伸べた手を振り払われてしまったような…そんな淋しさを感じずにはいられないことも、時にはあって……。

「あ…ねぇ、黒崎君! あそこのブース、男性向けのアクセサリー売ってるよ!!」

俺以上に熱心に、あちこちのブースを物色して歩く井上の後を追いながら。
いつの日にか、彼女の肩の力を抜いてやれるだけの男になりたい……と、コートのポケットの中で強く拳を握った。







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