一織プチonly「strawberry*Love」様へのweb企画投稿作』
黒崎君と、私。
今日、『彼氏』『彼女』になりました……。
【夢じゃない・2 SIDE:*】
未だ、信じられないの。
黒崎君と、お付き合いすることになった……だ、なんて。
だけど……。
ポケットから、携帯電話を取り出す。
視線が捉えたのは、イヤホンジャックに差し込まれたピン。
ピンから繋がる鎖の先には、三日月の形をしたチャームとオレンジ色の小さな石が揺れている。
「やっぱり、夢じゃないんだよね……」
そのスマートフォン用のピアス、は。
今日の記念に…って、黒崎君がプレゼントしてくれたもの。
帰り道、たまたま通りかかった公民館のエントランス前で、ハンドメイド製品の展示即売会をやっていて。
「こういうの、好きだろ?」って、黒崎君の方から提案してくれた寄り道の最中に、ふ…とそれが目に入って、足を止めた。
月は、黒崎君の分身である斬月を。
綺麗な石は、黒崎君自身を連想させて。
素敵だなぁ…って思いながら、みとれていたら。
脇からすいっ…と、黒崎君の腕が伸びて、そのチャームを取り上げながら、売り子のお姉さんに「これ、下さい」…って言ったの。
うんうん、黒崎君にぴったりだもんね……なんて。
そんな事を思いながら、お会計を済ませる彼の横顔をにこにこと眺めていたのだけれど。
そのブース前を離れ、少し広めの通路に出たところで足を止めた黒崎君は、あろうことかその品物の入った小さな袋を、私に向かって差し出したのだった。
「……やる」
「ええっ?!」
思いがけない申し出に、吃驚してしまって。
声も出せずに、ただただ目を白黒させていたら「……迷惑、か?」と。
困ったように眉尻を下げながら、黒崎君が尋ねてきた。
その時の、彼の瞳に浮かんだ表情が。
まるで、飼い主に叱られててしょげている子犬のようで……。
思わず、ぶんぶん…と力一杯、首を横に振ってしまったの。
すると、黒崎君はほっ…としたように小さく笑って。
チャームの乗っていない方の掌もまた私に向かって差し出しながら、「携帯、貸してみ?」って言ってきた。
慌てて、鞄の中を探って。
おずおずと彼の掌に携帯を乗せると、黒崎君はすぐさま袋からチャームを取り出し、それをイヤホンジャックに差し込んでしまった。
「これで、良し……と」
そして、私の手の中に携帯が戻されて。
しげしげと見つめる視線の先、鎖の先で揺れる石が、夕日を受けてきらり…と光った。
「綺麗……」
我知らず、呟いて。
黒崎君の顔を見上げながら、精一杯の気持ちを込めて「ありがとう」と伝えると、はにかむような笑みが彼の顔に広がった。
でも、それは一瞬で消えてしまって。
次に浮かんだのは、ちょっと人の悪そうな笑顔。
茶水晶のような瞳には、悪戯っぽい光が踊っていて……。
「……な、何っ?」
僅かに怯みながら、問いかければ。
黒崎君は口の端をにっ…と吊り上げながら、からかうような口調で言った。
「それがあれば、もう、ほっぺた抓らなくても済むんじゃね?」
「き、ききき気づいてたのっ?!」
思わず、悲鳴じみた声を上げてしまった。
黒崎君の、指摘した通り。
学校を出てからこれまでの間に、私は幾度も、こっそりと頬を抓っていたのだ。
ぼっふん……と。
恥ずかしさから、音がしそうな勢いで真っ赤になってしまって。
そんな私を見て思いっきり吹き出した黒崎君は、そのままお腹を抱えて笑い出してしまった。
「そ、そんなに笑わないでぇ……」
半泣きの表情で、訴えれば。
ひーひーと苦しげに呼吸をしながらも、彼は「ごめん」と謝ってくれて。
それから、俯いていた私の頭にそっと手を乗ると、反射的に彼の顔を振り仰いだ私の瞳を覗き込みながら、こう言ったの。
「俺も似たようなもんだから…さ」
「へ…?」
思わず、ぱちくり…と瞬いてしまって。
そんな私の様子に、黒崎君は苦笑ともはにかみともとれる微笑みを浮かべながら、言葉を続けた。
「俺も、さ。夢を見てるんじゃねぇよな…って、何度も頬を抓りたくなってさ。
そんな時にちらっとお前のこと盗み見ると、正に頬をびろりーんって引っ張ってる真っ最中なわけ。
ああ、シンクロしてんだなぁ…って、嬉しくて。
でも、このまま抓らせておいたら、そのうち赤く腫れてきちまうんじゃねぇかなぁって…心配になりだした頃に、丁度ここを通りかかったもんだから……さ。
今日の記念にもなるかな…って、思ったし」
「くろさきくん……」
胸の奥が、じんわりと熱くなって。
こみあげる涙に視界が滲みかけたとき、唐突に私は思い出した。
会話の冒頭で、彼が「俺も同じ」と言ったことを。
「あ、あの……それじゃ、私にも何かプレゼントさせて!」
「……へ?」
今度は黒崎君が、大きくその目を見開いた。
「黒崎君も、夢みたい…って思ってるんでしょう? だったら、私からも何か……」
「井上…」
それじゃあ、遠慮無く……と。
穏やかに微笑んでくれた黒崎君と一緒に、会場巡りを再開して。
あちこちブースを冷やかして歩いた結果、最終的に彼が選んだのは、皮紐とシルバーのプレートを組み合わせて作られた、シンプルなデザインのブレスレットだった。
プレートの一角には、とても小さな石が一粒だけはめ込まれていて。
その石が控えめに放つ光が私の六花の色に良く似ていた事に、妙にドキドキしてしまった。
勿論それは、ただの偶然だったのかもしれないけれど。
でも、もしも。
私がチャームのオレンジの石に、黒崎君の姿を視たように。
彼もまた、その薄氷色の光の中に、私を視てくれたのだとしたら……?
それは何て、幸せなことかしら……。
「ありがと、な?」
手首に革紐を巻き付けながら私にお礼を言ってくれた黒崎君、の。
眉間の皺の緩んだ笑顔に、どきり……と鼓動が高鳴って。
真っ赤になって、俯きながら。
ああ、私……本当に、この人を大好きなんだなぁ、なんて。
今更ながらに、思ったの……。
「それにしても…本当に、綺麗だなぁ……」
ベッドの上に寝転びながら、眼前に携帯を掲げてみれば。
小さな三日月と石とが、蛍光灯の光りを弾いてきらきら揺れる。
その、妖精の羽の羽ばたく様にも似た輝きに見とれていたら、突如、手の中で携帯が震えだした。
「うわっ?!」
吃驚して、うっかり携帯から手を離してしまって。
落下してきた機体で額を強打する羽目になってしまい、悲鳴を上げる。
慌てて身を起こし、額をさすりつつ。
震え続ける携帯のディスプレイを改めて眺めた私は、再び目を丸くして叫んでしまった。
「く、くろさきくんっ?!」
急いで画面を弾き、耳に携帯を押し当てれば、『……井上…?』と。
少し躊躇いがちに私の名を呼ぶ、優しい低声。
その、大好きな彼の声を耳にしただけで、まるで心臓を掴まれたかのように、きゅう…と切ない痛みが胸に走る。
『……もしかして、寝てたか?』
「う、ううん! 起きてたよ!! 全然、起きてたでありますっ!!!」
電話で話すのが初めてという訳でもないのに、何故だか酷く緊張してしまって。
どもった挙げ句、言葉の使い方までおかしくなってしまったせいか、電波の向こう側で、黒崎君が軽く吹き出したのがわかった。
真っ赤になりながらも、パニックを起こしそうになる気持ちを必死に落ち着けて。
何か急な用件かと問いかければ、『そういうわけじゃ、ねぇんだけど……』と、酷く歯切れの悪い返事。
割とハッキリとモノを言う彼にしては珍しいな…と、訝しんで、首を傾げた……その、直後だった。
『ただ、何となく……声、聞きたくなって…』
「…っ、?!」
ふわぁ……と。
まるで身体が宙く浮くような感覚に、襲われた。
どうしよう……!
嬉しくて嬉しくて、あんまり嬉しすぎて、彼に返す言葉が出てこない。
ただ、なんとなく……だ、なんて。
しかも、声が聞きたくなって……だ、なんて。
そんな理由で彼から電話がかかってくるなど、昨日までなら絶対に起こる筈のなかったこと。
だけど……。
無意識に、指が小さな三日月を探る。
そして指先に触れた金属の感触に、身体が震えるほどの喜びがこみ上げてきた。
ああ…本当に本当に、夢じゃないんだ……!
黒崎君と、お付き合いできることになったことも。
今、こうして電話で話していることも。
全部全部、本当の事なんだ……!!
『………井上?』
「あ…! ご、ごめんなさいっ! ちょっと、ぼぉっ…としちゃって……」
黒崎君の声に、はっ…と我に返って。
慌てて耳に、携帯を押し当てる。
『……もしかして、迷惑だったか?』
「ううん、違うの! あ、あの…なんだかもの凄く感動しちゃって、声が出なくなっちゃって……」
『感動、って……。別に、電話で話をするのは、これが初めてじゃねぇだろ?』
「そ、それはそうだけど……でも…」
『……でも?』
「うん……あ、あのね?
『何となく』…っていうのが、凄いなぁ…って。とてもとても、凄い事だなぁ…って。
そう、思って……」
『井上…』
ふっ……と。
黒崎君が、微笑む気配がして。
『ホントだな。もう、勉強だの虚がどうだの…そんな口実、無理に探す必要無ぇんだもんな…』
「……え?」
伝えられた言葉に、息を飲んだ。
そのまま黙り込んでしまった私の耳に、微かに笑いの成分を含んだ彼の声が流れ込む。
『これでも結構、苦労してたんだぜ? 口実探しには、さ……』
「くろさき…くん……」
再び、きゅう……と、切ない悲鳴を上げる心臓。
喘ぐように呼吸をしながら、携帯を握っていない方の手で服の胸元を握りしめる。
「くろさきくん……くろさき、くん……!」
涙が、頬を伝いだして。
震える声で繰り返し彼の名を呼ぶ事しか出来なくなった私の耳に、穏やかな低音が響いた。
『………好きだよ、井上』
「くろ…っ、?!」
『ずっとずっと……待たせて、ごめんな…?』
「くろ…さ……く……」
子供のように泣きじゃくり始めた私が落ち着くまで、黒崎君はただ黙って待っていてくれた。
そんな事にすら、たまらない幸福を感じてしまう。
……やがて。
私のしゃくりあげる間隔が、大分開き始めた頃。
『井上……ちょっと、窓の外見てみ?』
「……う、うん?」
黒崎君に、促されて。
窓際に寄り、閉じていたカーテンを開いた。
すると……。
「うわ、あ…………」
目の前に広がるのは、満天の星空。
そして……美しく弧を描く、細い三日月。
「凄く綺麗な、夜空だね……」
『だろ? この分なら、明日はきっと快晴だな』
「だね! ふふ、絶好の洗濯日和になりそうだなぁ…」
『……あー…その、井上?』
「はい?」
『洗濯も良いとは思うんだけど、さ』
「うん…?」
『………どっか、行かね? 俺とお前と、二人で………』
「…っ、?!」
黒崎君と『彼氏』『彼女』になれた、今日の日は。
初めて彼から、プレゼントを貰って。
初めて彼に、「好き」って言って貰えて。
初めて彼と、デートの約束をした。
……そんな。
きらきらの「初めて」がたくさん詰まった、とっても素敵な1日になりました。
終
(どの服を着て行けばいいかしら……)