addiction
【addiction】
「キスすんのって、何でこんなに気持ちいいんかな……」
腕に井上を抱きしめたまま。
甘い余韻に浸りつつ、ぽつり…と呟く。
すると。
「……へ?!」
色気の欠片もない声が、俺の胸元から上がって。
内心大いにずっこけつつ、腕を緩めて井上の顔をのぞきこめば。
彼女はぽかんと口を開け、まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような表情で俺を見上げていた。
「……何だよ、その顔」
幾分ムッとした口調でそう言えば、井上は俺から視線を逸らしつつ「だって…」と口の中で呟いて。
しばしの間うろうろと視線を宙に彷徨わせた後、至極小さな声で問いかけてきた。
「あの…………本当に、気持ちいい…の?」
上目遣いに俺を見上げるその表情は、まるで何かに怯えているかのようにおどおどとしていて。
色素の薄い大きな瞳もまた、ゆらゆらと不安定に揺れている。
何をそんなに不安がっているのかは、解らないけれど。
とりあえず彼女を宥めるべく、俺はもう一度、ごく軽く触れるだけの口づけを彼女に贈った。
「……そうでなきゃ、こんなに何度もしねぇだろ?」
「……うん」
「それと…念のために言っとくけど……あくまでも、相手がお前だからこそ…だぞ……?」
「……うん!」
顔をじわじわと朱に染めながら、はにかんだように微笑んで。
そっと俺の胸元に顔を伏せると、井上はすりっとその額をこすりつけてきた。
その甘える仕草が何とも愛らしく、いじらしくて。
俺もまた再び腕に力を込めて、彼女の華奢な身体を抱きしめる。
「……私だけかと、思ってたの。そんなふうに、思っているのは」
「井上…」
「だって…いつも私からなんだもん。したいなぁ…って、言うの」
「……んなこたぁ、ねぇだろ」
「んなこと、ありますよーだ…」
拗ねたような声が、して。
抗議のつもりなのか、井上はとんっ…と一つ、俺の胸元をそのちいさな拳で叩いてきた。
痛くも痒くもない、その弱々しい攻撃に、思わずくすり…と小さな笑みがこぼれる。
………ごめん、井上。
本当は、ちゃんと自覚してる。
俺から誘うことのほうが、圧倒的に少ないってこと。
だって、さ…?
耳まで真っ赤に染めながら、強請ってくるときの声も仕草も、表情も。
そりゃもう、滅っ茶苦っ茶に可愛いものだから……。
だからつい、待っちまうんだ。
お前の方から言い出してくれる……その瞬間、を。
きっと、彼女は知らない。
気づいて、ない。
そろそろ俺から、誘ってしまおうか。
それとも、あともう少しだけ待ってみようか……なんて。
そんな葛藤を、ぐるぐるぐるぐる……と。
二人きりになれた時には、何度も何度も心中で繰り返しているんだ、なんて。
そんな事に、は……。
「……黒崎、くん?」
「あ、いや……何でもねぇよ?」
ついつい、自分の思考に深くはまりこんでしまって。
そんな俺を訝しむ井上に、慌てて首を横に振ってみせた。
それでも未だ、不安を残したままの表情で。
井上が、上目遣いにちろりと俺を見上げるものだから……。
苦笑とともに、その身体を引き寄せて。
胡桃色の髪に顔を埋めながら、耳元で囁く。
「……………好き、だ」
ふ……と。
柔らかく、彼女が微笑む気配がして。
やがてゆっくりと、細い腕が俺の背に回った。
一度強く、抱き締めて。
それからそろり…と身体を離すと、顔を上げた彼女の額に、瞼に、頬に、鼻の頭に、優しく口づけを落としていく。
くすぐったそうに首を竦めながら、井上がくすくすと笑い出して。
その笑い声ごと飲み込むようにして、最後に彼女の唇を塞いだ。
……瞬間。
胸を貫くように走る、切ない痛み。
こんなにも甘美な痛みを、俺は他に知らない。
「……大好き…」
次第に深くなるキスの合間に、譫言のように彼女が呟く。
それを耳にして、よりいっそう胸は痛み、身体の熱も上がっていく。
……この感覚は、癖になる。
何度も何度も、求めずにはいられなくて。
与えられても与えられても、もっともっと…と、飢餓感は強まるばかりで。
それはまるで、麻薬に侵されたかのように……。
溺れ、る。
墜ちて、いく。
どこまでも、深く。
果てしなく……。
それはなんて、幸福…な。
【終】