終わりに見る景色に、は



「……なぁ、黒崎。『護る』とは、どういうことだろうね……?」


石田の声に、のろのろと膝に伏せていた顔を上げる。
いつの間にか、スクリーンやプロジェクターは片づけられていた。
井上の……あの、心を切り裂かれるような叫び声を聞いてから、一体どのくらい時間が経ったのだろう?

「気付いていたよ。君が、井上さんから距離を置こうとしていたこと」
「石田……」
「でも、僕はそれについて横から口を出したり、君を責めたりする事は出来なかった。
井上さんを気の毒に思う気持ちはあったけれど……君も知っているように、僕もかつて滅却師の力を失ったことがあるからね。
烏滸がましいと君には言われそうだが……君の気持ちを、おそらく茶渡君や有沢さんよりも僕は理解できているつもりだ。
だが……」

深い溜息をこぼしながら、石田が自分の掌へと視線を落とす。
そこには、例のSDカードが乗っていた。

「……あまり公にはしていないが、うちの病院にはカメラ付きの部屋がある。
もちろん、普段は電源すら入れていない。
そうだな…例えばどうしても人手が足りないときに、ナースステーションからでも常に患者の様子が見られるよう、やむを得ず、だとか。
或いは過食や拒食の治療の一環として、患者やその家族の合意を得た上で…という使い方をしているんだ。
井上さんが運ばれてきた時には、本当にたまたま、この部屋しか空いてなくてね。
勿論、最初からカメラを作動させていたわけじゃない。症状はそれなりに重かったけれど、生死の境にいる訳ではなかったから。
けれど……。
カメラの存在に気付いた有沢さんが、僕に相談を持ちかけてきた。
君も気付いていると思うが……井上さんは基本、僕たちに対して弱音を吐くような事はしないだろう?
いつだって『大丈夫』と笑うばかりで、どんな辛い気持ちも自分の内側に抱え込んで隠してしまう。
でも身体が弱っている今なら、何かの弾みで、ぽろりと本音をこぼすこともあるかもしれない。
それを聞き逃したくないのだと…その為に、カメラを回してみてはくれないだろうか……って、ね」
そこで、担当医と師長、更に院長である父も交えて相談をして、出来るだけ井上さんの姿が写らないよう衝立を設置する…という師長の出した条件付きで、カメラの使用と記録の許可が下りたんだ。
その結果が、今、君に観て貰った動画な訳だが……正直、酷くショックだったよ。
僕も茶渡君も…そして有沢さんも、彼女がこれほどまでに自身を追いつめていたとは気付かなかったから……」
「………」
「実は…検査結果で、彼女には拒食の疑いが出てきたんだ。それもカメラ使用を許可された理由の一つなんだよ」
「な……拒食…っ、?!」
「それほど、彼女の栄養状態が悪かったんだ。加えて、胃腸には潰瘍も出来かけていたよ」
「…潰…瘍……」


どちらにしろ、典型的なストレス病の症状だ。
やりきれなさに、再び顔を膝に伏せる。
その俺の肩に、そっと大きな手が乗せられた。
振り仰げばそこには、苦しげに歪んだ親友の顔。


「すまない、一護」
「……何でお前が俺に謝るんだよ」
「井上が倒れたとき、一緒に居たのが俺だったからだ」
「…っ?!」

思わず、目を見張る。

「……井上の修行に、付き合っていたんだ。
雨も降ってきたし、もうやめようと何度も言ったんだが……あと少しだけ、もう一度だけ…と食い下がる井上に、切り上げるタイミングを完全に見誤って……」
「チャド……」

……お前の所為じゃ、無ぇ。
そんな労りを込めて、浅黒い手に俺の手を重ね置けば。
まるで俺の心中を読んだかのように、石田が言った。

「茶渡君の所為じゃ、無い。だけど、黒崎……僕は、井上さんがこうなった原因全てが、君の所為だと言うつもりもないんだ」
「い、石田…?!」

意外な言葉に、慌てて奴を振り返る。

「僕も茶渡君も、有沢さんも。そして君と、井上さん自身も……皆が、間違えていたんんだよ、きっと」
「俺たち…皆が……」

呆然と反芻する俺に向かって、石田は静かに頷いた。 

「……先刻、君に言ったね? 『護る』とは、どういう事だろうね…って」
「ああ」
「なぁ、黒崎……『護る』とか、その為の『力』だとかいう言葉に対して、僕らはつい、物理的なものを連想してしまうけど…だから、君が井上さんに対してとった行動を、僕らは止めもせず非難もしなかったけれど。
……ちょっとね、想い出してみて欲しいんだ。
君はどうして、井上さんを助けに虚圏に行ったんだい?」
「な……何を、今更! そんなの、井上が俺達の仲間だったからに決まってるだろ!!」
「では、どうして井上さんを仲間だと思っていたんだい?
総隊長さんの言葉に君は憤慨していたけれど…井上さんの戦闘能力が僕たちよりもかなり低いことも、治癒能力にしたって四番隊の席官クラスを抜くほどではなかったことも、事実だったよ。
それでも君が、仲間として彼女を必要としたのは……一体どうしてだったんだい?」
「それ、は………」
「僕はね…朽木さんを助けに尸魂界に行った時も、その後の虚圏での戦いの時も、彼女が君に寄せる信頼に…君がどんな困難をも必ず乗り越えて、必ず生きて帰ってくると信じていた…その気持ちのブレのなさに、いつも感心させられていたよ。
そして…そんな彼女の姿勢に、僕や茶渡君もまた、勇気と希望を貰っていたんだ」
「石田……」
「君もそうじゃないのかい、黒崎? 
彼女の想いに支えられて、立っている……そう感じた事は、きっと何度もあった筈だよ。
だからこそ、君は彼女を仲間と認めていた。
彼女を見捨てるなんて選択枝は、端から持ち合わせちゃいなかった。
……なぁ黒崎、違うかい?」
「………」
「確かに君は今、霊力を失ってる。そういう意味では、井上さんを護る力は持っていない。
だけど……。
『心を、支える』
そんな方法もまた、『護る』ということのひとつであるのだと……そう思い直すことは、出来ないものかな…?」
「………」
「それと、もうひとつ。『自由』って、何だろうね……?」
「…っ?!」
「君が井上さんから離れようとしたのは、井上さんの枷になりたくなかったからだろうけど……。
でもね、黒崎……『自由』っていうのは『心のままに』という意味だよ。
そして井上さんの望みは、君の傍で君を支え続ける事だ。
キツい事を言うようだが……君は、井上さんを『自由』にしたんじゃない。
寧ろ…彼女の羽を捥いで、飛べなくしただけなんだ……!」
「やめろ、石田! もう、やめてくれ…っ!!」

やっとの事で声を振り絞り、俺は再び頭を抱えてうずくまってしまった。
思考も感情もぐちゃぐちゃに混乱して、吐き気すら覚えるほどだ。


「流石に、言い過ぎだ……石田」
「……すまない、茶渡君。どうしても僕は、井上さん寄りになってしまうものだから。
彼女が自分を卑下したり責めたりする様を見るのは、とある人物を連想してしまって、辛いのでね……」

頭の上で交わされる会話を聞くともなしに聞きながら、のろのろと顔を上げ、幾分焦点のぼけた目で石田を見る。
すると奴はきまり悪そうに目を反らし、小さくぼそりと「悪かった」と呟いた。

「石田……」
「でも…君が井上さんにしたことが正しい選択だったと思えないのは、本当だ。
井上さんがこうなってしまう前にそれを君に伝えられなかったのは、僕や茶渡君のミスだけど……」
「………」
「今すぐ、結論を出せとは言わない。
僕らや有沢さんだって、この映像を君に見せるかどうかを半日以上も悩んだしね。
でも…出来れば、井上さんに関わるなと言った事を、撤回して欲しいと願っているよ。
だって……僕も茶渡君も、井上さんと同様、君はいつか死神の力を取り戻すと信じているんだ。
だけど、君が今のまま不貞腐れ続けたとして…果たしていざ力を取り戻したその瞬間、君は井上さんの前に何食わぬ顔をして、堂々と立てるものだろうか?
……はっきり言って、僕は無理だと思うね。君は存外、プライドが高い人間なんだから」
「……言ってくれるぜ」
「ああ、言うとも。
さっきも言ったが、僕は井上さん贔屓なのでね。未来に於いてさえも彼女が辛そうにしているところを見なければならないなんて、はっきり言って御免被りたいんだよ。
それを回避出来るなら、僕はいくらだって君に対しての鬼になる」
「………」
「さて、そろそろ鍵を返さなきゃならない。此処から出てくれるか? 案内しなくても、帰り方はわかるね?」
「……先刻の裏口から出りゃいいんだろ」
「そうだ。とにかく…もう一度良く、考えてみてくれ。
それでも君が今の状態を続けると言うなら……僕らも有沢さん同様、もう君には何も言わないよ…」










………そうして。
俺と茶渡は、半ば石田に追い立てられるようにして研修室を出て、そのまま病院を後にした。
ナースステーションの前を通るとき、師長さんが咎めるような表情で…それでいて、縋るような目つきで俺を見ていたのは、おそらく気のせいではないのだろう。


「一護……何なら今夜は、俺の家に泊まっていくか?」
「……いや、いい」

躊躇いがちにかけられたチャドの声に、ゆっくりと首を横に振る。
何気なく頭上を見やれば、夜空は厚い雲に覆われて、星ひとつ見えなかった。
まるで今の俺の心中のようだと、口の端を自嘲気味に吊り上げる。

何も、見えない…わからない。
何が正しくて、何が間違っているのだろう……。





「……なぁ、チャド」
「ん?」
「俺は今でも、お前を護れているか……?」
「一護……」

肩に、優しく手を置かれる。
厚いコート地に邪魔されて、あの部屋に居たときのように、その体温を感じることは出来なかった。
けれど……。

「ああ、勿論だ」
「チャド……」
「お前に霊力が有ろうと無かろうと…お前は俺の唯一の親友で、心の支えだ。それはきっと、生涯変わらないだろう」
「………サンキュ、な」
「別に、礼を言われることじゃない」
「……そっか。そうだな…」



俯いていた顔を、真っ直ぐに上げる。
俺の背を、チャドがその大きな掌で、ぽんっ……とひとつ叩いた。

























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