終わりに見る景色に、は



『全く…修行に熱心なのは良いけれど、早春の雨に…それも夜中に何時間も打たれたままでいたら、熱出してぶっ倒れるのも当然でしょうが!
もう…本当に、莫迦な子ねぇ』
『だって、たつきちゃん…虚は、お天気や時間なんか考慮してくれないよ?
どんな条件下だって、ちゃんと戦えるようにならなくちゃ……修行の意味がないじゃない』
『そりゃあ、そうだけど……』
『黒崎君は、いつかきっと力を取り戻すよ。
だって…朽木さんや浦原さん達が、黒崎君をこのまま放っておく筈が無いもの。
その時にこそ足手まといにならないように、今からきっちり鍛えておかなくちゃあ……』
『だからって、モノには限度というものがあるでしょう?! 無理が祟って身体壊して…万が一の事があったら、元も子もないじゃないの!!
実際今回だって…もう少し遅かったら、肺炎拗らせて死ぬところだったって言うのに……。
頼むから、もう二度とこんな無茶しないで。わかった?』
『…………』
『……ちょっと…ねぇ、織姫? 聴いてる?!』
『ねぇ、たつきちゃん……もし私が死んだら、死神になれると思わない?』
『お、おりひ…っ?!』
『なれるよね。だって…この六花の力があるんだもの。だからきっと……!』
『お…織姫っ! あ、あんた…まさか……っ?!』
『心配しないでよ、たつきちゃん。自殺なんてしないから。
だって…自殺は殺人と同じだから、咎人として地獄に連れていかれてしまうんだよ?
それじゃ、何の意味も無い』
『織姫……』
『自殺は、しない。絶対に、しない。
でも……例えば病気とか不慮の事故で命を落としてしまうなら…それならそれで、全然構わないの。
だって…死んだらきっと、私は死神になれる。
死神になれたら…今度こそ、黒崎君を助けてあげられる。
ねぇたつきちゃん…たつきちゃんは、知ってるんだっけ? 死神はね、人間にその力を譲渡することが出来るんだよ』
『織姫…おりひめ…っ!』
『死神になれたら……私、真っ先に黒崎君のところに行くの。
それで、ね? 私の力で、黒崎君を死神代行に戻してあげるんだ……』
『おりひめ…っ!!』






「井上……」

顔から血の気が、引いていく。
身体が、震え出す。

衝立のせいで、井上の表情は俺には見えない。
だけど……。
うっとりと……まるで夢見るような口調が。
そして、くすくす…と、微かに漏れ聞こえる愉しげな笑い声が。
彼女が微笑んでいるであろうことを、容易に想像させて……。


ぞくり…と、背筋に冷たいものが流れ落ちる。


心の奥底で、本能が叫んでいた。
これ以上、観てはいけない。
聴いてはいけない……と。

……だけど。

動けない。
指一本、動かす事が出来ない。
スクリーンから、視線を外すことすらも。
瞼を閉じる…そんな簡単な事でさえ……。








『莫迦な事を言うのはやめて、織姫!
あんたの命は、あんたがあんたを生きるためにあるんだよ?
一護の為のものじゃない!!』
『……違うよ。私の命は、黒崎君のものなんだよ』
『…っ!!』
『ああ、そうか…たつきちゃんは覚えていないんだね。朽木さんの持っていた機械で、記憶を操作されちゃったから』
『記憶を、操作…?』
『うん。ほら……去年、私、アパートの壁をお相撲さんのてっぽうで壊されちゃったでしょ?』
『ああ、あの変な事件…!』
『あれは、ね。機械に植え付けられた、嘘の記憶なんだよ』
『………え?』
『本当はね…あのとき私たち、虚に襲われたんだ。私の、お兄ちゃんに……』
『あんたの…兄貴……?!』
『そう……お兄ちゃんは、私のせいで虚になってしまったの。
そのお兄ちゃんに食べられて…私はあの日、死んでしまう筈だった。
あのね、たつきちゃん…虚に食べられた魂はね、その虚の中に取り込まれてしまうから、転生すら出来なくなっちゃうんだよ。
そんな風に…魂ごと完全に消滅してしまう筈だった私を、あの日…黒崎君が救ってくれた……』
『織姫……』
『ごめんね、たつきちゃん。
たつきちゃんの気持ちも、言葉も、とても嬉しいよ。
でも…私はもう以前のように、たつきちゃんの為に生きることはできないの。
だって…私の本当の寿命は、あの時に尽きてしまったんだから。
今の私の命は、黒崎くんから貰ったオマケに過ぎないんだから……』
『おり…ひ……』
『そう…黒崎君が、私に命をくれた。人生を、オマケしてくれた。
だから黒崎君の為ならば、私はこの命を惜しんだりしちゃいけない……私、あの日からずっと…ずっと、そう思ってきたんだよ。
だからこそ、独りで藍染さんの元にも行けた。
なのに…なのに……!
黒崎君が私を助けに来てくれた…って、知った瞬間……つい、願ってしまった。
一緒に、帰りたい…って。
それが叶わなくても、せめてひと目だけでも逢いたい…って……そう、願ってしまったの。
……それが全ての、間違いの元だったんだわ。
黒崎君が来てくれたからこそ、彼を護る為にも、私はあのとき、すぐさま崩玉を無にするための行動に移らなきゃいけなかった。
たとえそれで命を落とすことになったとしても、私の死は黒崎君に有利に働く筈だった。
だって、グリムジョーと戦った時も、ウルキオラ君と戦った時も、私が近くに居たせいで、黒崎君はなかなか全力を出せなかったんだもの。
私を庇って、私を気遣って、無駄に力を消耗して、しなくてもいい怪我を沢山して……。
あの怪我さえ無かったら…もっともっと力を残した状態で、藍染さんと戦えていたら……そうしたら黒崎君は、【最後の月牙】を使わずに済んだかもしれない。
死神の力を失わずに済んだかもしれないのに……!
私の心が、弱かったから……私のせいで、黒崎君は力を……っ!!』








……違う、井上…それは違う……!

俺はただ、お前を護りたかったんだ。
他でもない、俺の自身の手で、お前を藍染から取り戻したかったんだ。
だからこそ、俺は虚圏に行ったんだし…十刃達と戦って、奴等に勝ち続ける事が出来たんじゃねぇか!!
何よりも…お前が俺の名を呼んでくれたからこそ、俺は死の淵からだって戻って来られたんだぞ。
心臓ぶっとばされて生き返るなんて、有り得ねぇから普通!!!

……藍染との事だって、そうだ。
傷はお前が、完璧に治してくれた。
霊圧は、卯ノ花さんが高めてくれた。
俺の力も体も、ちゃんと万全の状態だったんだ。
それでも…俺は俺の全てをかけなければ、藍染を倒せなかった。
それだけ、崩玉を取り込んだあいつは桁外れに強くて…俺はてんで弱かった…それだけの事なんだ……。

井上の所為なんかじゃ、無ぇ。
絶対に、違うのに……!






『私が、生きていたから……私の所為で、黒崎君は……っ!!』
『そんな事、あるもんか! 
たとえもし、そうだったとしても…今ここで、そんなタラレバの話をしたころで、何がどうなるものでも無いでしょうよ?!』
『そうよ…今更もう、どうにもならないのよ!!!
だから余計に、悔しくて悲しくて仕方が無いの。
黒崎君の力と引き替えに、私は生きながらえて…力も何一つ失わずに、済んで……。
それなのに、黒崎君を救う事は…その為に出来る事は、何ひとつとして無いだなんて!』
『織姫……』
『私、試してみたのよ……六花の能力で、黒崎君に力を取り戻す事が出来ないか……って。
でも、駄目だった!
何の効果も、出なかったの!!
私に出来たのは、黒崎君を無駄に期待させて……より深い絶望に、突き落としただけ……!!!
そんなことした私が、毎日目の前をうろうろしてるんだもの…そりゃあ鬱陶しく感じて当たり前よね。
関わるなって言われて、当然なんだ』
『織姫…それは……』
『……こんなことなら、いっそ助からなければ良かった。
あの砂漠の広がる世界で、藍染さんや十刃の人たちに殺されてしまえば良かった。
そうよ……そうすれば今頃とっくに死神になって、黒崎君に力を渡せていたかもしれないのに……。
本当になんて莫迦なのかしら、私は!!!
ああ…どうして私、あのときあそこで死んでおかなかったの……!』
『やめて! お願いだからやめてよ、織姫っ!
死んで居た方が良かっただなんて、頼むからそんな事言わないで!!
それこそ、命がけであんたを助けに行った、一護の気持ちを踏みにじる言葉じゃない?! 
それに…死神になったらって、あんた先刻からそればかり言ってるけど……力の譲渡は、死に値する大罪なんでしょう?
いくら力を取り戻す為とはいえ、あんたが犠牲になるだなんて……そんなの、一護が望む筈がないじゃないの!!』
『……黒崎君がどう思うかなんて、関係ない』
『織姫っ?!』
『そうだね、ちょっとくらいは悲しんでくれると嬉しいかなぁ……。
でもね……黒崎君はきっとすぐに、私の事なんて忘れちゃうよ。
だって死神の力を取り戻せば、黒崎君はまた、いつでも朽木さんに逢えるようになる。
黒崎君の世界を変えた大切な人の側に、いつだって居られるようになるんだから……。
そうしてまた彼女と一緒に戦えるようになれば…私の事なんて、すぐに過去の事になる。
きっとすぐに…取るに足りない、ちいさな思い出の一つになって…それで、おしまい』






「……莫迦野郎っ…そんな筈、あるか!!」





『……でも、それでいいの。それでも、私は構わないの』
『おり…ひ、め…』
『たとえ、命が尽きてしまったとしても。
転生すら出来ずに、魂そのものが消滅することになったとしても。
瞼を閉じる、その瞬間……終わりに見る景色の中に、笑顔を浮かべた黒崎君の姿が在りさえすれば、それだけで………!
……私はきっと、後悔しない。
笑顔で、消えていけるのに……!』






「違う、井上! 俺、そんなこと…これっぽっちも望んでなんか……!」





『いい加減にしなさい、織姫!
あんた…体調崩したせいで、精神的にもちょっと参っちゃっただけよ!
ゆっくり養生して元気になれば、きっと気持ちも考えも変わ…………え、織姫? 何、ちょっと…あんた随分と熱いじゃないの!!
た、体温計…………あ、あった。
えと………ええっ?! ちょ、大変……!! 誰か…看護師さん、先生っ、お願い、誰か…!!!』






ばたばたと、幾人かが部屋に駆け込む足音が聞こえて。
カメラの前を、白衣を翻した医師とおぼしき男性と看護師さんが二名ほど、横切って……そして、衝立の影へと消えていく。




『……これは…ちょっと、まずいな』





呻くような医師の声に、びくり…と俺の体が強ばった。
知らず、呼吸が浅くなる。
そんな俺の耳に届いた、点滴の用意を指示する医師の声。
しかし……それを打ち消すかのように、せっぱ詰まった声がスピーカーから響き渡った。





『いやっ……構わないで、放っておいて!!!』
『織姫っ、落ち着いて、静かにして!! そんなに暴れたら、先生達だって治療が出来な…』
『治療なんて、要らない! お願いだから、放っておいて!! あたしなんか、死んだっていい……居なくなった方が、いいんだから!!!』
『おりひめっ?!』
『助けたかった…でも、出来なかった……!! それどころか…生きてるだけで、あたしは黒崎君を苦しめてる!!! 
こんなあたし、要らない! 要らない、要らない、要らない…っ!!!』
『君、鎮静剤を……早く!』
『は、はいっ!』






「違う、井上……違う…っ! 俺は…俺、は……!!」

思わず立ち上がった俺の肩を、そっと誰かが押さえる。
振り返れば…いつの間に部屋に入ってきたのだろう、沈痛な面もちでチャドが立っていた。

「チャド……」
「辛いだろうが…最後まで聞いてやってくれ、一護……俺と石田も、付き合うから」
「…、っ?!」





『おりひめ…お願い、落ち着いて! 暴れないで! おりひめっ……!!』
『先生、準備出来ました!』
『よし…じゃあ、彼女を押さえて! このままじゃ、身体の中で針が折れてしまう』
『はい!』
『嫌っ、触らないで! 放ってほいて!! いや…いやだったら……いやぁああっ!!!』
『おりひめ!!』
『死にたい……死ねない………ああ、誰か……!!』






「…言うな、井上……やめろっ!!」

耳を塞ごうとした腕は、しかしながらチャドに捉えらて。
次の瞬間……悲痛な叫び声が、俺の鼓膜を突き刺した。










『お願い、誰か……誰かいっそ、私を殺して……っ、!!!』










「やめろぉぉおおおお…っ!!!」

絶叫、して。
チャドの手を必死で振り解くと、俺は頭を抱えてその場にうずくまった。

……そう、まるで。
闇に怯える、ちいさく幼い子供のように………。



















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