終わりに見る景色に、は
夜道を、駆けて。
病院へとたどつりけば、門の前に石田が立っていた。
「……竜貴に呼び出されたんだが」
「ああ……こっちだ」
ついてこい…という風に軽く顎をしゃくって、歩き出す。
黙ってその後ろ姿を追うと、やがて石田はナースステーションの前で足を止めた。
するとすぐに、俺たちの母親世代と思われる中年の看護師が奥の席から立ち上がって。
俺たちの方へと進み出ると、石田に向かって頭を下げた。
「雨竜様……」
「………容態は?」
「今のところは、安定していますが…もともと体力が落ちていたようで、退院までには少し日数がかかると思います」
「そうですか……」
ひとつ重めのため息を吐いて。
それから石田は看護師に向かって片手を差し出した。
「……例の物を、貸してください」
「雨竜さま……っ!」
困惑の色も露わに、看護師が石田の顔を見返す。
「私は、反対です! 本人の同意も得ずに、こんな事をするのは。最悪、訴訟に発展するような事態にでもなったら……!!」
「……それについては、心配無用です」
背後から割って入った声に振り返れば、そこには竜貴が立っていた。
目の下にはひとめでそれと分かるほどに大きな隈が出来ていて、ひどく憔悴しているように見える。
「何かあれば、私と私の両親とで責任を負います」
「そう、仰られましても……」
「僕からも頼みます、師長。
有沢さんは、彼女の一番の親友なんです。ですから…どうか、有沢さんの望むとおりにしてあげてくれませんか?」
看護師に懇願する石田の言葉を聞いた瞬間、俺はとっさに踵を返した。
竜貴からの電話を受けた直後から、もしや…と思ってはいたけれど。
ここに呼び出された理由はやはり、井上絡みの事情であったのだと察しがついたからだ。
しかもどうやら彼女は、入院しているらしい。
つまり、怪我なり病気なりしていて、それなりに症状が重いということだ。
そんな状態の彼女に逢うことなど、今の俺にどうして出来る?
………だけど。
「逃げんじゃないよ、一護!!」
竜貴の発した鋭い声に、ぎくりと足が止まった。
「今、ここから逃げ帰る事は、あたしが絶対に許さない……!」
「許さねぇも何も……俺、お前に言っただろうが? 俺はもう、あいつに一切関わらねぇって決めたんだって!
それが、井上の為だから…って!
だから、帰るんだ。
ただ、それだけだ!」
背後を振り返り、我ながら苦しい言い訳だと思いながらも、そう言い返せば。
一段と険しい表情になった竜貴が、まるで親兄弟の仇でも見るように俺を睨みつけてくる。
そして俺から視線を外さないまま、彼女は腕だけを真っ直ぐに師長さんへと差し出した。
「お願いです。アレを、私に貸してください。決してご迷惑はかけません」
その毅然とした声には、有無を言わさぬ響きがあって。
困ったようにため息を吐きながらも、師長さんは竜貴の掌の上にSDカードとおぼしきものを置いた。
それを握り込んだ手を、胸の上に置いて。
辛さに耐えるような表情で目を瞑り、深呼吸をした竜貴は、やがてゆっくりと瞼を持ち上げると、再び鋭い目つきで俺を見据えた。
「織姫の為……。
そうね…ここに入っているものを見聞きしてもなお、あんたにその台詞が言えたなら……。
その時には、あたしももうあんたには二度と何も言わない」
「たつ…き……?」
「一護……あんたは、知った方がいい。
あんたが自分のプライドを護るために、一体何を犠牲にしたのか。
『綺麗な想い』とやらにしがみつくあまり、何を見落としてしまったのか……!」
「……っ、?!」
「あんたは、知らなきゃならない。 絶対に、知るべきなんだ!!」
俺の眼前に、突きつけられる小さなカード。
ぎくしゃく…と、まるで油の切れた機械人形のような動作で、受け取って。
それと同時に、石田が師長さんに声をかけた。
「研修室を、お借りしたいのですが」
「……わかりました」
白い札のついた鍵が、石田の手に渡る。
それを見届けると、竜貴は俺に背を向けて歩き出した。
「竜貴っ…?!」
「………ごめん、石田。後は、あんたに頼んでもいい?」
声をかけた俺ではなく、石田に向かってそう問いかけて。
力なくうなだれる、幼馴染み。
こんな彼女の姿を見るのは、長いつき合いの中でも滅多になくて。
無視されたことに抗議の声すら上げられず、ただ黙ってその後ろ姿を見つめる。
「嫌な役目を押しつけて、悪いけれど……正直あたしは、もう…」
「いや……気持ちは良く解るよ。気にせず、戻ってくれ」
「……ありがと。恩に着るよ」
そうして。
結局一度も俺を振り返ることなく再び竜貴は歩きだし、その後ろ姿もまた、数歩進んだ先の角を曲がり、俺の視界から消えていった。
「黒崎……君は、こっちだ」
石田の声に、我に返って。
促されるまま、竜貴が去っていったのとは逆方向へと延びる廊下に足を踏み出す。
病院関係者以外は立ち入れない区画の一室へと俺を案内すると、石田は適当な席に腰掛けるよう俺に指示し、プロジェクターの投影準備を始めた。
「黒崎、カードを貸してくれ」
「……何を見せようって言うんだ?」
石田は眼鏡を押し上げながら、ちらりと横目に俺を見ただけで、問いかけには応えなかった。
そのまま無言でノートパソコンを立ち上げると、カードを差し込む。
やがてスクリーンに映し出されたのは、病室らしき画像だった。
中央のベッドに誰かが寝ているのは布団の膨らみ具合で解ったが、頭部側に置かれた衝立のせいで、顔は見えない。
しかしながら、そのベッドの傍らに付き添っている女性の…その背中に流れる黒髪は、良く知る幼なじみのものに違いなく……。
どくり…と。
心臓が嫌な音を立てて、鳴る。
「石田…っ?!」
「……説明は、後でする。今はとにかく、黙って見てやってくれ」
石田の指が、キーボードを叩く。
直後、竜貴の声が部屋に流れ出した……。
.