終わりに見る景色に、は



「何だってわざわざ、あんな心霊スポットに…っ?!」
「『あんな心霊スポット』だから、だよ。
あそこなら…もしかして今の俺でも、ちょっとくらい何か感じとれるかも知れねぇ……って。
そう、思い立ったもんだから」
「一護……」
「破れた硝子窓から中に入って、廊下うろついてたら、中庭の方から物音と声が聞こえたんだ。
それで…急いで行ってみたら、井上がうずくまってて……。
俺…後先考えずに、飛び出しちまったんだよ。
……馬鹿だよな。
考えてみりゃあ、井上が何の用も無くあんな場所に居るはずがねぇのに。
居るとしたら、虚絡みに決まってて…それなら、今の俺に出来ることなんて何も無ぇ筈なのによ。
地面に膝をついている井上の姿を目にしちまったら、頭にカッと血が昇っちまって……そんな計算、全然働かなくて……」
「いち…ご………」
「井上が顔を上げて俺を見た次の瞬間、井上の口から悲鳴が上がって…右腕の服地が裂けて、鮮血が飛び散った。
直後に石田が現れて、つがえた矢を放つような動作をして……そこでようやく、俺は気づいたんだ。
二人が虚と戦ってたんだ…って、事に。
井上は、ただうずくまってたんじゃない。
三天結盾を張りながら、子供の整霊を胸に抱きかかえて庇っていたんだ」
「…………」
「生きる世界が、まるっきり違っちまったんだなぁ……って。そう、はっきりと思い知らされた。
だって……俺には何も、見えなかったんだから。
整霊も、虚も、石田の弓矢も。
井上の創り出す、あの綺麗な盾も……。
俺の目には、何一つ……何一つとして、映らなかったんだから……っ!!」

話すうちに、感情を抑えきれなくなって。
最後には、血でも吐き出すようにして掠れた声を絞り出す。

肩で息を吐いて。
そんな俺をただ黙って見つめていた竜貴は、やがて低く押し殺した声で問いかけてきた。

「……だから、織姫とは距離を置くって言うの?」
「ああ」
「あんたのその理屈から言えば、あたしだって織姫の傍に居ちゃいけない…ってことになるけど」
「いや……それは、違う。
お前は、井上が力を持つよりもずっとずっと以前からのダチだろうが。
ソウルソサエティ絡みで繋がってた俺とは、根っこの部分からして違う」
「あんたとは“力”だけで繋がってた…と?」
「……ま、そうだな」
「一護……あんたねぇっ?!」

再び、竜貴の手が俺の胸倉へと伸びる。
俺もまた先刻同様、彼女の手を避けもしなければ、払い除けることもしなかった。

「あんた、どれだけあの子を馬鹿にすれば気が済むの?!」

怒りに燃える瞳が、至近距離から俺を射抜く。

「“力”だけの繋がりだったなんて…少なくともあの子の方は、そんな風には微塵も思っていない筈だ!
あんただって…まさか本気で、言っているわけじゃないでしょう?!」
「たつ…き……」
「ねぇ、一護……お願いだから、織姫に言ったことを撤回して!
あの子はこんな気の使われ方なんか、絶対に望まない。寧ろ、最も傷つけるやり方だよ!」
「……わかってる」
「なら、どうして?!」
「その方法しか、今の俺には選びようが無ぇからだ!!」
「いち…っ?!」
「俺はもう、井上を護ってやれねぇ!
井上があんな力を持っちまったのは、俺の所為なのに…その所為で、虚や藍染みてぇな奴に狙われるようになっちまったのに!!
俺はもう、護ってやれねぇ。
それどころか、完全に足手まといのお荷物だ。
そんな今の俺に出来ることと言えば、関係を絶つことくらいしかねぇだろうが!!!
………それに。
正直…俺の方がもう、限界に近いんだ」
「げん、か…い……?」
「ああ……。
すっげぇ情けねぇ話だけど、さ。
やっぱ、羨ましいんだ…俺。
井上に、力があることが。俺が失ったものを、今でもあいつは持ち続けてるんだ…って事、が。
羨ましくて、羨ましくて…妬ましくて……。
その醜い気持ちが、あいつを虚圏から無事連れ戻せたときに感じた喜びや誇らしい気持ちを、少しずつ喰らっているのが判るんだよ。
このまま井上の近くに居たら……きっといつの日にか、俺は井上を憎むようになっちまう。
そうなる事が、俺は何よりも怖ぇんだ…っ!」
「一護……」
「小せぇ男だと、嘲笑いたければ、嘲笑え。
でも竜貴…お前にだって、少しは想像出来るだろ?
例えば、お前が井上を庇って怪我をして、二度と空手が出来ねぇ身体になっちまったとして。
代わりに試合に出た井上が、優勝なんかしちまったとしたら……お前、心の底から素直に祝福してやれるか?
口ではおめでとうと言えても、心のどこかにやり切れなさが残りゃあしねぇかよ?」
「っ、…?!」 
「要は……そういう事、だよ」
「いち…ご……」

俺の胸元から離した手をだらり…と下ろし、苦しげに顔を歪ませて、俺を見つめる竜貴。
俺は小さく微笑んで、彼女に告げた。

「……井上を、頼むな? 
ずっとお前の隣から井上を取り上げてきた俺に、こんな事を言う資格は無ぇのかも知れないけど……」
「一護……」
「お前が居れば、井上は大丈夫だ。
お前だけじゃ無ぇ…石田もチャドも、きっとあいつを支えてくれる。国枝達だって、居るしな。
みんなで毎日わいわい楽しくやってりゃ、そのうち俺の事なんか忘れるだろう」
「………そう、うまくいくかしら?」

深く重い、ため息を吐いて。
竜貴がゆるゆると、首を横に振る。

「あのさ……あたし、あんたに織姫を取られたと思ったことは、一度も無いんだよ?
そりゃ…あんたや朽木さんに全く嫉妬しなかったか…って言えば、嘘になるけど。
それでも、あの子の一番の親友だと自負する気持ちに変わりはなかったし、あたしの代わりは誰にも…たとえあんたにだって出来ない…って思ってた。
あたしにしかあの子を支えられない場面が必ずある筈だ…って、そう信じてきたし、今でもそう思ってる。
……あんただって、同じよ。
あんたの代わりになんて、きっと誰もなれやしない。
あんたを失った穴を、あの子はきっと埋めることなんか出来ない。
たとえどんなに近くで、私達があの子に寄り添い続けたとしても……」
「……すぐには無理でも、いつか時間が解決するさ。いつかは、な」
「一護……」

きゅっ…と下唇を噛みしめて。
目を閉じて、数秒。
ゆっくりと瞼を持ち上げた竜貴は、至極小さな声で「……わかった」と呟いた。

そのままゆっくりと踵を返し、ドアへと向かう竜貴。
その後ろ姿を、ぼんやりと見送る俺。
しかしながら、ドアノブに手をかけたところで竜貴は足を止め、再びこちらを振り返った。

「………どうした?」
「あんた……織姫のこと、好きなの?」
「…っ、?!」

思わず、息を飲む。
密かに深呼吸しながら、どうにかこうにか身体の強ばりを解いて。
うっすらと笑みを浮かべつつ、幼馴染みに問いかけた。

「それ……今訊いて、どうすんだよ?」
「一護…っ?!」
「…………まぁ…正直言うと、な? 俺自身にも良く、わからねぇんだ……」

ぽつり……こぼすように、呟いて。
ゆっくりと、窓の外へと視線を向ける。

「だけど……夏、ソウルソサエティから、無事一緒に戻ってきて。
それから破面達の攻撃が始まるまでの、僅かな期間……幾度か二人で、虚を退治しに行ったことがあって。
そういう時……あいつが背後を護ってくれていると思うと、俺は俄然やる気が沸いたし…戦い終わったあと、あいつが『お疲れ様』と笑ってくれる事が、何よりも嬉しかったんだ。
昔、お袋に褒められた時みてぇに…井上が俺を信じてくれるなら、きっと何だって出来る……そんな気すら、して。
……ずっとずっと、こんな風にあいつと居られたら…って……そんな日々を夢見た事は、確かにあったよ」
「いち…、っ!」

何かを言いかけた竜貴を制するように、彼女に真っ直ぐに向き直って。

「……夢、だよ。決して、叶わねぇ…今の俺には見る資格すら無ぇ、夢だ」

静かに…だけど、きっぱりとした口調で、俺は言い切った。
半ば以上は、自分自身に言い聞かせる為に……。

「一護…っ、!」
「あの頃の事も…見ていた夢も……綺麗なままで、残しておきてぇんだ。
醜い嫉妬なんかで、汚したく無ぇ!
憎しみなんかで、上書きしちまいたく無ぇ!!
だから…だから……っ!!!」










………井上を、頼む。










「……後で『やっぱり、返してくれ』なんて言われたって、絶対にお断りだからね」

うなだれる俺の耳に、低く低く呟かれた竜貴の声。
ばたんっ…と、派手な音を立ててドアが閉まり、足音が部屋から遠去かっていく。





「………これで、いいんだ…」




崩れるように、ベッドへと倒れ込んで。
手繰り寄せた毛布を頭から被って、ぎゅっと目を閉じる。

そのまま…遊子が部屋まで持ってきてくれた夕飯にすら、手をつけず。
俺はまるで寒さに震える子猫のように、ただひたすら布団の中で身体を丸めて、うずくまっていた。

いつしか睡魔の手で眠りに引き擦り込まれる、その瞬間まで………。














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