GIFT



「お久しぶりです、先輩!」


空座一高の、屋上。
給水タンクの上に腰掛けていた篤志が、死神姿の一護を振り返って笑った。

病死だから、仕方が無いこととはいえ。
痩せ細ったその姿に、一護の表情が曇る。

「すみませんね。彼女出来たての折角のクリスマスイブに、わざわざご足労かけて」
「……それは別に構わねぇけど…何で俺が死神代行やってるって知ってたんだ?」

探るような視線を向ける、一護に対して。
元々少しは、霊感が有ったんですよ……と、篤志は苦笑気味に微笑んだ。

「……と言っても、ぼんやりとした影が見える程度だったんですけどね。
それが、今年の春頃からかなぁ……段々と鮮明に見えるようになってきて。
どうしてだろう…って首ひねってたら、夏休みに検査入院したまま病院から出して貰えなくなっちゃって。
だから、薄々察してはいたんですよ。もしかしたら……って。
そうしたら案の定、余命宣告くらったってわけです」
「………」
「それから、二,三日後…かな。
夜中に目が覚めて、近いうちに自分は死ぬんだって考えたら、怖かったり悔しかったりで、頭ん中がぐちゃぐちゃになっちゃって。
そのまま寝付けなくなって、少し夜風にでも当たろうと思って何の気無しにカーテン開けて中庭見下ろしたら…今と同じ格好した先輩と井上先輩がベンチに座ってたんです。
お二人の間には、十歳くらいの女の子が座ってて……。
立ち上がった先輩が刀を抜いて、その子の額に束を当てたと思ったら、その子は綺麗な蝶に変わって飛び去って行った。
あんまり幻想的な光景だったから、夢でも見ているのかと頬をつねってみたほどですよ。
でも、ちゃんと痛くて………。
その時、同時に気づいたんです。
蝶に変わったのは、少し前に亡くなった入院患者だった……って、事に」

そう言えば………と。
一護は晩夏の頃、市内の総合病院で虚を斬り、助けた少女を魂葬した事を思い出した。
たまたま別件で大物の虚を相手にした後で、その際に負った傷を織姫に治して貰っている最中だったから、そのまま二人一緒に駆けつけたのだ。

「あの夜を境に、ほんの少しだけど、死ぬことが怖くなくなったんです。
死んだら必ず魂を迎えに来てくれる存在があって、しかもあんな綺麗な蝶になって旅立っていけるんだって知ったから……。
まさかそのお迎えさんの呼び名が、本当に“死神”だとは知りませんでしたけど」
「………その頃から、俺を…と?」
「いいえ」

篤志の首が、きっぱりと横に振られた。

「たまたまならともかく、わざわざ指名しようとは思ってませんでした。
だけど…母さんが、あんな手紙を井上先輩に送ったりするから……。
あれじゃあ何の為に転校先を秘密にして、葬儀も身内だけにしてもらったんだか、わかりゃしない!」

肩を竦めて、溜息をこぼす。
そんな篤志に、一護は躊躇いがちに声をかけた。

「篤志…その………」
「お礼とかお詫びとか、そう言うのは一切無しですよ?」
「…………」

ぴしゃりとした口調で先手を打たれ、一護はそのまま押し黙った。

「僕はただ、僕のやりたかった事をやっただけです。本当に、それだけなんですから」
「……………井上の為…に?」
「いえ…あくまで、僕自身の為ですよ。まぁ…今だからぶっちゃけますけど、僕は単に、先輩に八つ当たりしたかっただけなんです」

くすり…と、小さく笑って。
面食らったような表情に変わった一護の顔から、篤志が視線を外す。
一護が辿ったその先には、校門があった。

「嬉しかったな……井上先輩が、在籍していると知った時は」
「篤志……」
「でも…転入してきてすぐに、気づきました。井上先輩は、黒崎先輩以外の男なんて眼中に入らないんだ……って。
初恋の人と再会出来たと思ったら、直ぐ失恋で……正直がっくりきましたけど、相手が黒崎先輩なら仕方が無いや……って。
道場一強くて。それでいて少しも傲りがなくて、曲がったことが大嫌いで……。
そんな、自分が誰よりも尊敬していた人が相手で、二人共に幸せになってくれるなら、それはそれで、僕にとっては喜ばしい事だと思っていたんです。
だけど……周囲の人間に聞けば、先輩達は付き合ってなんかいないって言う。
黒崎先輩は、井上先輩を『仲間』だとしか言わないんだって。
………驚いたんですよ、本当に。
だって、黒崎先輩の態度を見ていたら、すぐに判る。先輩にとっても、井上先輩は特別な存在なんだ…って、事。
大体、学園のアイドルだなんて言われながら、井上先輩のところにラブレターの一通も来なかったのは、どうしてだと思います?
皆、黒崎先輩を怖がっていたからです。
ちょっとでも下心持って井上先輩に近づけば、先輩の逆鱗に触れる。視線だけで、射殺されそうになる……って、誰もが言ってましたもん」
「………俺はただ、井上はぼんやりしてるから、万が一の事が有っちゃ不味いと…」
「……この期に及んで、まぁだ、そういう事を言いますか?」
「……………」
「今なら、判りますよね? 何でそこまでして、井上先輩から他の男を遠去けたかったのか」

睨み付けるような、篤志の視線。
それから逃れるように顔を背け、一護はバツが悪そうに頭を掻いた。
篤志は呆れたように小さく溜息を吐いて、再び校門へと視線を向ける。

「先輩達の事…とても歯痒く思っていました。
黒崎先輩に全くその気が無いなら、まだ良かったんです。
でも、そうじゃない。
井上先輩に対して、十分思わせぶりな態度を取っておきながら、『仲間』だって線を引いて、自分の隣に立つことを許さなくて。
そのくせ、井上先輩の隣に誰か別の人間が立つのも嫌だって言うんだから、性質が悪い。
あんた、どんだけだよ…って、心の中で何度突っ込んだか知れないです。
それでも…僕なんかが口を出して良いことではないと思ったし、先輩達には受験も控えてるし、仕方がない部分もあるのかな……って。
たつき先輩達と同じように、卒業まで気長に見守るしかないんかな…って思ってたんですけど……僕には、そんな悠長に構える余裕は無くなってしまったものですから」
「………篤志」
「いずれ死ぬと聞かされて、本当に本当に悔しくて。
何で、僕なんだろう…何で、僕が……って、点滴見つめながら何度も何度も…………。
そんな時に、病院の中庭に居る先輩達を見かけたんです。
蝶になった女の子を見送った後、黒崎先輩が井上先輩を抱え上げて、井上先輩が真っ赤になって黒崎先輩の着物の襟を掴んで……でも、その手は最後まで…先輩達が空飛んで僕の視界から消えるまで、襟を握ったままで、決して首に回される事はなかった。
………それを見た瞬間、僕の中で何かがぶっつり切れたんです。
先輩に対して怒りがこみ上げて、それは日毎に膨れ上がっていくばかりでした。
……僕には、先輩が井上先輩の気持ちを弄んでるようにしか見えなかったんです。例え、先輩自身にそのつもりは無かったとしても。
黒崎先輩は、明日は今日の続きだって信じて疑わないんだ、だからきっと、今の状況をそのまま放置していられるんだ……って。
何があっても井上先輩が自分から離れることは無い…って自信持ってるから、あんな酷い仕打ちができるんだ……って。
………そんなの許せない…と、思いました。
そりゃあ、井上先輩が簡単に心変わりする事は無いでしょう。
でも…もしも僕みたいに、不治の病になったら?
事故や事件に巻き込まれて、ある日突然命を落としたら?
そうして失くしてしまってからでは、遅いのに……それを、お母さんを亡くした先輩は、誰よりも知っている筈なのに!!
………何で忘れてしまえるのか、と。
だから…ちょっとだけ、その『失う』って事の辛さを思い出させて…そして思い知らせてやろうって考えたんです。
絶望しきってやり場のない気持ちを抱えた僕の、憂さ晴らしを兼ねて……ね」

薄く笑う、篤志。
一護は顔を歪めて、痛ましげな視線を向けた。

「……篤志、もうやめろ! もう、そんなふうに悪ぶらなくていい!!」
「悪い奴…なんですよ、僕は。それで、いいんです。特に…井上先輩にとっては」
「篤志っ……!!」
「僕は単に、黒崎先輩を困らせたかっただけです。
その手段として、井上先輩を利用した。
母の書いた手紙の中の僕は、親馬鹿フィルター越しに美化された、偽物の僕です。
真相は、この程度のつまらない話だったんです。
だから、先輩達が悲しんだり罪悪感持つ必要なんて、ちっとも無い。
それを井上先輩に伝えて欲しくて、黒崎先輩をここに呼んだんです」
「篤志………」
「頼まれてくれますよね、先輩?」

尚も言い募ろうとする一護を、鮮やかな笑顔で制して。
それから篤志は、唐突に喉の奥でくつくつと音を立てて笑いだした。

「それにしても…あの、屋上での告白劇ときたら……!
いつもクールに決めてる先輩が、まさかあそこまで熱血青春ドラマしてくださるとは思いもよりませんでしたよ。
僕としては、ぽろっと本音の一つ二つ漏らしてくれれば面白いな……って、その程度にしか考えていなかったのに………」
「………お陰様で、今じゃ空座一のバカップル認定されてるよ。
おまけに此処(給水タンク)から井上が落ちそうになったのを口実に屋上封鎖されちまったから、全校生徒に恨まれる羽目になったしな」
「あっははは!」
「笑い事じゃねぇよ……」

憮然とする一護を横目に、今度は声を上げながらひとしきり笑って。
やがて目尻に溜まった涙を指先で拭うと、篤志は大きく息を吐き出しつつ、両手を空に突き上げるようにして伸びをした。

「さあ…て、と。そろそろ僕も、あちらに送ってもらおうかな」
「………本当にいいのか? 井上に逢わなくて」
「ええ」
「井上はああ見えて、聡い奴だ。俺が何と伝えたって、それを鵜呑みにするとは思えない。
それでも………?」
「ええ」

微笑む篤志の瞳に、迷いは無くて。
一護は目を伏せ、至極小さく溜息を吐く。

傍目にはどんなにか滑稽で愚かしく見えようとも、意地を張り通したくなる事は、確かにある。
男なら、尚のこと………。







一護はただ黙って、背から斬月を引き抜いた。







「………ひとつだけ、訊いてもいいか?」
「はい?」
「お前が井上を好きになったきっかけって……何だったんだ?」
「ああ……!」

目を細め、篤志は穏やかな微笑みを浮かべる。

「確か、小学三年生の時です。
初めて母に頼まれたおつかいが嬉しくて、持たされたがま口を何度も開け閉めして中を覗いてたら、風にお札を吹き飛ばされちゃって。
落ちた先が運悪く、公園の噴水で……しかも故障してて、水も緑色でどろんとしてたから、取りに入るのも躊躇われて。
途方に暮れていたところに声をかけてくれたのが、井上先輩だったんです。
訳を話したら、『とってきてあげる』…って。
僕が止める間も無く裸足になって、汚い水の中からお金を拾ってきてくれました。
しかも、自分の財布から綺麗なお札を出して、それと取り替えてくれて……。
お札は水に溶けないから、そっと洗って乾かせば、きっとまた使える。
自分には親が居ないから、服を汚しても怒られない。
お兄ちゃんが居るけど洗濯は自分の役割だから、こっそり洗っちゃえば大丈夫…って」
「………いかにも、井上らしい話だな」
「で、しょ?」

男二人、顔を見合わせて苦笑して……。

「この町に戻ってきて、ずっとずっと逢いたかった人に、もう一度逢えた。
同じ空間で時を過ごして、沢山話しをして…おつき合いの真似事までさせて貰った。
………もう、充分です…」

そして篤志が、静かにその瞼を閉じる。

ひとつ、息を吐いて。
一護は、斬月を持つ手を振り上げた。

篤志の額に、当てられる束。
次の瞬間、篤志の体が燐光を放ち、やがて少しずつ、その姿が周囲の景色に溶け始める。

その様子を黙って見つめていた一護が、はっとして目を見開いて。
そして、叫んだ。

「篤志っ! 尸魂界に行って…もしも、もしも腹が減るようだったら、霊術院へ行け!!」
「……れい…?」
「真央霊術院…死神になる為の学校だ!
腹が減るのは、霊力がある証拠で…死神になる素質があるって事なんだ!!
俺が見えたお前なら、その可能性は充分に有る。
死神になれば、現世勤務でこっち側に来ることもあるんだ。
だから…だから………!!」

怪訝そうに眉根を寄せていた篤志が、その顔をにっこりと綻ばせて答える。
わかりました……と。

「では、さよならは言わないでおきますね」
「篤志…っ!」
「またいつか、何処かで……。
先輩…色々と振り回して、済みませんでした。それから……」


続く言葉は音にはならず、一護の耳には届かなかった。
しかしながら、一護は確かに読みとったのだ。

『ありがとうございました』……と。
その音の形に、篤志の唇が動くのを………。















「莫迦野郎……そっちこそ、詫びだの礼だの言ってんじゃねーよ!」
















揚羽に似た美しい蝶が、一羽。
一護の指先から、優雅に空中へと舞い上がる。






「………また、な? また、いつか…」





その言葉に応えるかのように、一護の頭上をぐるりと一度旋回して。
宵闇迫る空の彼方へと、蝶は静かに飛び去って行った………。
















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