GIFT
拝啓 井上織姫様
日毎寒さが募る年の瀬、如何お過ごしでしょうか?
先日、志望されていた短大の推薦入試に見事合格されたと聞きました。心より、お祝い申し上げます。
さて……。
今日は篤志の事でお伝えしたい事があり、ペンを取りました。
去る12月14日、篤志がこの世を去りました。
17歳の誕生日を、三日後に控えての旅立ちでした。
この日が来ることは、私も…そして篤志本人も、以前から分かっていたことでした。
夫の仕事の都合で空座町を離れていた間のことです、あの子は大病を煩いました。
一度は完治したかに見えましたが、医者からは再発の可能性はかなり高いと言われており、そうなったら次は無いだろうとのお話でした。
……残念ながら、その予見通りとなってしまったわけです。
再発云々については、当初篤志には何も話しておりませんでした。
ですが、何かしら察するものがあったのかもしれません。
最初の闘病後、あの子は「叶うことなら、空座町に帰りたい」と言い出しました。
幸い、当時の夫の上司が大変温情の篤い方で、会社の上層部にかけあってくれたらしく、一家揃って戻ってくることが出来ました。
それが、昨年の秋の事です。
無事、空座一高の編入試験に受かって。
初登校の日、篤志は帰宅するなり、酷く興奮した様子で私に報告してくれました。
「憧れていた二人の先輩が、どちらも在籍していた」と。
その二人とは、一護さんと織姫さんの事です。
道場で一緒だった一護さんはともかく、どうして自分が……と、織姫さんは不思議に思われるかもしれませんね。
私も、詳しい事情は存じません。
生前の篤志が言うには、かつて織姫さんに助けていただいた事があるのだそうです。
ただ、織姫さんはその事を覚えていないだろうとも、話しておりました。
そのくらい、世間一般的にはささやかな出来事だったようです。
ですから、もし織姫さんがその事を思い出せなくても、どうぞ気に病んだりしないでくださいね?
……すみません、話が少し逸れました。
ともかく、篤志は楽しそうに学校に通い始めました。
毎日活き活きと自宅と学校とを往復するあの子の姿に、私はこのまま健康を取り戻してくれるものと心底期待したものです。
しかしながら、その期待は無情にも裏切られてしまいました。
定期的に検査を受けていたにも関わらず、その検査と検査の短い期間を狙い澄ましたかのように、病魔は再び篤志を襲ったのです。
気づいたときには既に、手の施しようのない状態にまで病状は悪化しておりました。
悩みに悩んだ末に、私と夫は篤志にすべてを話すことにしました。
残された僅かな時間を、あの子の望むように過ごさせたいと思ったのです。
私どもの話を、あの子は泣きもせず、取り乱しもせずに、ただ静かに聞いておりました。
そして、言ったのです。
「可能な限り、今まで通りの普通の生活をしたい。学校にもぎりぎりまで通っていたい」と。
そんな篤志に、医者は提携している小児ホスピスのある病院への転院と、その病院付属の特別支援校への転学を勧めてくれました。
しかし篤志は、空座一高に通い続けることにこだわりました。
「どうしても、やりたい事がある」と、言って。
その選択は、篤志の残された僅かな余命を更に縮めるものでした。
ですから私と夫は、一ヶ月だけ……という条件をつけたのです。
あの子の望むとおりに……と言いながら、後出しで条件を付ける。
何という矛盾でしょうか!
でも…私は1分でも1秒でも長く、あの子に生きていて欲しかったのです。
私の側で、生きていて欲しかったのです。
代わりに私は、篤志の言う「やりたい事」を叶える為に、どんな協力も惜しむまいと決めました。
それを篤志に伝えると、あの子は真剣な顔をして言いました。
「これからやろうとしている事のなかには、下手をすると警察に訴えられかねないものもある。
それでも何も言わず、何も訊かず、ただ黙って手伝ってくれますか」と。
その言葉に頷くことに、私は少しの躊躇もありませんでした。
「本当の意味」で篤志が犯罪に手を染めるとは考えられませんでしたし、そこまでの覚悟をして成し遂げたいことがあるのならば、尚更手を貸してやらねばならないと思ったのです。
その後の事は、織姫さんもご存知の通りです。
篤志の幼なじみの同級生や有沢家の方々を通じて、織姫さんを篤志の家庭教師役にお願いをして。
それ以後は、日々少しずつ弱っていくあの子のサポートに必死でした。
学校や織姫さんの前では相当に気を張っていたのでしょう、「少し顔色が悪い」程度にしか見えなかったと思います。
ですが、実際には中間テストの勉強を我が家で始めた頃にはかなり体力を落としており、徒歩での帰宅が困難な状態になり始めていました。
「英会話を習っている」と言っていたのも、嘘。
本当は自室のベッドに横になって、身体を休めていたのです。
篤志が初めて織姫さんを自宅に連れてきたとき、車中でのあなたの様子から、私は篤志が無理にあなたをつき合わせているのだと気づいていました。
それでも私は、篤志を諫めたりしませんでした。
織姫さんに対しては、本当に申し訳ないことをしたと思っています。
ですが当時の私には罪悪感よりも、篤志の希望を叶えてやりたいという気持ちの方が、遙かに強かったのです。
あなたには、未来がある。
でもあの頃の篤志には、一瞬一瞬が全てで最後の出来事でした。
あの子に、未来はやって来ない。
「いつか」の未来は、永久に失われてしまった。
だから、あの子が恋愛の真似事をしたいと望むなら、そうさせてやりたかったのです。
それがどんなにか、嘘偽りで塗り固められた空虚なものであり、織姫さんを含め、他の誰かの心を深く傷つけるものであったとしても……!
………愚かな母親だと、お嘲笑いになるでしょうか?
織姫さん。
あなたには本当に、感謝しています。
特別支援校に転校後も、篤志は可能な限り登校していました。
いよいよベッドから起きあがれなくなってからも、学校からの訪問指導は極力受けたがりました。
言葉をうまく発せなくなってからも、やはり動きの鈍くなった指先でパッド式の端末を操作して、色々と調べものをしたり、私たちとの筆談を楽しんでいました。
そして、毎日のようにあなた方と過ごした頃の事を楽しげに語り、今頃どうしているかと、遠く窓の外を眺めては懐かしそうに目を細めておりました。
その瞳には、常に光が宿っていました。
どんなに体力が衰えても、決して失われることのなかった光でした。
織姫さん達と、関わりを持てたこと。
織姫さん達と、一緒に過ごせたこと。
空座一高での最後の一月が、あの子にとってとても充実した日々であった事の証しだと思っています。
有り難う、織姫さん。
あの子を笑顔で逝かせてくれて。
本当に本当に、有り難うございます。
葬儀は本人の希望で、ごく近しい者だけでの密葬といたしました。
この手紙が織姫さんの元に届く頃には全てが終わって、私も空座町に戻っていることでしょう。
篤志を失った悲しみはとても大きいですが、「決して泣き暮らしたりはしない」と、最後に約束をいたしました。
幸い、という言い方は可笑いですが、あの子の闘病を機に、難病と闘う子供達の夢を叶える為のNPO機関の存在を知りました。
微力ながら、今後はその機関運営のお手伝いをさせていただくことになっています。
ですから、私は大丈夫です。
これからもきっと、元気に前向きに生きていくことができると思います。
ですが……最後にひとつ、お願いがあります。
お優しいあなたの事ですから、この手紙を読んで「焼香を」とお考えになるかもしれませんが、それはご遠慮したいのです。
また、今後私を町中で見かけることがあっても、どうぞ声はかけないでいただきたいのです。
ごめんなさい。
織姫さん……私はあなたが、憎いのです。
感謝していると同時に、憎くて憎くてたまらないのです。
再発が見つかったときに告げられた篤志の余命は、1年でした。
直ぐ転院していれば、あの子はもうあと半年、長く生きていられた筈なのです。
あと半年、私の側で生きていた筈なのです!!
……頭では、理解しているのです。
ベッドに縛り付けられてただ命が尽きる日を待つよりも、たとえ命を削ることになろうとも、望むままに生きられた方が何倍も幸せな人生だと言うことは。
最後の登校日、いつものように学校近くに路上駐車して帰りを待っていた私に、あの子は言いました。
「うまくいったよ! これでもう、思い残す事は何もないよ」……と。
その時の篤志の笑顔は、とても晴れやかで鮮やかなものでした。
それは今でも、私の脳裏に焼き付いています。
当初、私には「うまくいった」の意味が全くわかりませんでした。
後日、織姫さんと一護さんとの事を噂で聞いて…そして初めて悟ったのです。
篤志が自分の命と引き換えにしてまでやりたかった事が、何であったのかを。
おそらくあの子は、自分の恋を昇華させたかったのです。
大好きな織姫さんと一護さんに、自分からは失われてしまった「夢」と「未来」を託す、という形で……。
篤志はきっと、幸せだったと思います。
決して、悔いはなかったと思います。
それでも、今の私はどうしても思ってしまうのです。
あなた達さえ、いなければ……と。
あなた達と、関わりさえしなければ……と。
逆恨みと知りつつも、心に黒い感情が滲みだしていくのを、どうしてもどうしても止められないのです。
醜く愚かな私を、どうか許してください。
でも…きっといつか、織姫さんや一護さん達を我が家にご招待して、お茶を飲みながら篤志の想い出話が出来るようになると思います。
何ヶ月か、何年後か……それがいつになるかは判りませんが、その日までは、どうか私をそっとしておいてほしいのです。
申し訳ありませんが、どうぞどうぞよろしくお願いします。
末筆になりますが、織姫さんや一護さん、その他にも篤志と関わってくださった皆さんの今後のご多幸を、心よりお祈りいたします。
あなたを憎いなどと申し上げた後では信じて貰えないかもしれませんが、皮肉でも何でもなく、これもまた紛うことなき私の本心の一部なのです。
どうぞ精一杯、毎日を生きてください。
そして、幸せになってください。
生きたくても生きられなかった、篤志の代わりに……。
20XX年12月20日 木村 佐和子