GIFT
「たつき…あんた、本当に何も知らないの……? 家も近所で、家族ぐるみの付き合いなんでしょう?」
「うん……うちの親も、詳しい事情は知らないみたいで…大分、困惑してるよ」
あの日以来、篤志は学校から姿を消した。
越智が言うには、翌日付けで転学したのだという。
「………実は、その事は復学時から既に、決まっていたんだよ」
重い表情と口調で告げた元担任の顔、と。
愕然とした表情で顔を見合わせていた一護と織姫の姿が、竜貴の脳裏に蘇る。
一護が転学先を尋ねると、守秘義務があって教えられない……と、首を横に振られてしまった。
「本人が教えても構わないと言うなら、話は別だが……寧ろ今回は、絶対に告げないでくれと言われているのでな」
激しく動揺し、歩くこともままならない織姫を、一護と二人で支えるようにして職員室を出て。
そのまま三人連れだって、校門を通り抜けた……そのとき。
織姫が立ち止まり、背後を振り返った。
向けられる視線は校舎の屋上…夕日をバックに黒く浮かび上がる給水棟。
「……違和感が、あったの。
あの日…篤志君が、マンションに来た時に……」
「違和感…?」
「また明日…とか、また今度…って、いつもそう、言ってたのに……あの日だけ、さよなら…って」
「織姫……」
「さよなら…って、言ってたの、に……! おかしい…って、私、そう感じたのに……!!」
織姫の頬を、涙が伝って。
その肩をそっと引き寄せた一護が、宥めるように何度も何度も優しく織姫の背を叩いていたのを、竜貴は覚えている。
………全部、井上の為だったのかな。
織姫をマンションに送っての、帰り道。一護がぽつり…と呟いて。
それに是と答えるのは至極簡単な事だったが、竜貴は敢えて黙っている事を選んだ。
篤志がそれを、望んでいるような気がしたから。
『篤志…あんた本当に、馬鹿が100つく程のお人好しだよ……』
全くもって、用意周到な事に。
彼は織姫と一護がうまくいった後の事までちゃんと考えて、手を打っていた。
篤志との噂が立っていくらも経たずに、今度は一護の彼女になった織姫。
もしかしたら、嫉妬混じりの変な噂が立ちやしないだろうか……そんな不安を竜貴は抱いたのだが、翌日の学校は、全く別の噂で持ちきりだったのだ。
「ねぇねぇ有沢さん! 井上さんて、二年の木村君とは、彼に脅されて仕方なくつき合ってたんだってね!
しかもそれって、有沢さんや黒崎君を護る為だったんだってね!!」
………篤志、だ。
竜貴はそう、直感した。
織姫を護る為に、あくまで自分は悪者に徹する……たとえ転校が決まっていて、その後に気まずい思いをしなくて良いとわかっていたとしても、そうそう出来る事ではない。
しかも、篤志の自宅の様子を見る限り、転居をした形跡はなかった。
地元密着型の空座一高、竜貴や篤志の家の周辺にも、在校生の自宅は何軒かある。
噂が広まれば、篤志の両親だって肩身の狭い思いをしかねないのに。
ただ……竜貴がそれとなく、両親に向かって木村家の話を振ってみると。
このところ篤志だけでなく、その母親の姿を全くと言う程見かけなくなったという事だった。
「専業主婦でいらっしゃるから、以前は良く買い物途中の姿や、庭の手入れをしている姿を見かけたものだけど……。
ああ、そうそう……隣の奥さんが少し前に、大きな鞄を抱えてタクシーに乗り込むのを見たって。
少しやつれた様子だったし、もしかしたら離婚に向けての別居かしら…なんて言ってたけど……。
あそこの夫婦に限って、そんな事はないと思うしねぇ」
謎と困惑が深まる一方のまま、時は流れて……。
それは、つい二日前の出来事だった。
竜貴の家に、篤志の伯父の代理を名乗る弁護士がやってきたのだ。
道場の建っている土地の無償譲渡の話を、本格的に進めるために。
その弁護士は、一護の家にも現れて。
一心に対し、黒崎家に対する債権の一切を放棄する旨書かれた書類を置いて帰ったと言う……。
『………一体何が、起こっているの…?』
篤志が無関係だとは、思えなかった。
しかしながら、その意図もまた掴めなくて。
胸の片隅にざわざわしたものを抱えながら、竜貴はこの二日を過ごしていたのだった。
「ちょっと、たつき! あんた先刻からずっと、同じ場所ばかり拭いてるわよ?」
「あ……ご、ごめん!」
鈴の指摘に我に返ったところで、玄関が開いて。
千鶴たち四人が、にぎやかにおしゃべりをしながら戻ってきた。
途端に騒がしくなる、室内。
お帰りなさい……と出迎える織姫にぎゅうと抱きついた千鶴が、一護の殺気を察して慌てて身体を離しつつ、織姫に何かを差し出した。
それは、浅黄色の封筒で。
千鶴が説明するには、丁度マンションのエントランスで郵便配達と出くわして。
管理人に織姫の友人であると保証された事で、届けてくれるよう託されたものなのだと言う。
「でもそれ…開けて大丈夫なのかなぁ? 名前は書いてあるけど、住所は書いてないでしょ」
「木村…佐和子……?」
覚えが無いなぁ………と首を傾げつつ、織姫が封を切り始めて。
その様子をぼんやりと眺めていた竜貴は、織姫が折り畳まれた便箋を開くと同時に、はっ……として目を見開いた。
「織姫、それ……」
竜貴が言いかけると同時に、鳴り響いたのは一護の携帯。
気が削がれた竜貴は、そのまま黙り込み、見るともなく一護の顔を見ていた。
「はぁっ?! 俺に魂葬して欲しいって、言い張ってる?
何だって、そんな事……大体、浦原さん…そもそも何で、そいつは俺が死神代行だって知ってるんですか?
ああそうだ、名前! そいつの、名前は?!
……………え?」
携帯を耳にあてたまま、一護がその場に凍り付く。
竜貴が訝しんで、眉を顰めた……その、直後だった。
「ど…どうしたの、織姫っ?!」
みちるの切羽詰まった声が、キッチンから響いて。
慌てて竜貴がそちらに視線を向けると、遠目にも判る程に、織姫の顔が青冷めていた。
「……井上っ!」
竜貴よりも先に反応したのは、一護だった。
友人達を押し退けるようにして織姫の側に駆け寄ると、その腕を彼女の華奢な身体に回して、力いっぱい抱きしめる。
囃す事も忘れ、ただ呆気にとられて二人を見つめる友人達の耳に突き刺さったの、は。
悲鳴にも似た、織姫の嗚咽。
ゆっくりと、二人に近づいて。
織姫の足下落ちていた便箋を、竜貴は震える手でそっと拾い上げた。
ひとつ、息を吐いて。
二つ折りになっていたそれを、開く。
紙面に視線を、走らせて。
竜貴もまた、己の顔から音を立てて血の気が引くのを自覚した。
「篤志………」
その手紙、は。
彼が十日前に息を引き取った事を告げる、彼の母親からのものだった………。