GIFT
「井上ー、この皿は何処に片づけたら良いんだ?」
「あ、それはねぇ……」
キッチンから聞こえてくる声に、竜貴はテーブルを拭いていた手を止め、ゆっくりと首を巡らせた。
視線の先には、仲良く会話しながら食器を片づける、幼なじみと親友の姿があって。
一護が何やら、織姫をからかうような事を言ったのだろう。
織姫がぷくっと頬を膨らませて一護を睨んだかと思えば、一護がべーっと舌を出す。
次の瞬間…二人は同時に吹き出して、くすくすと笑い始めた。
「おーおー、見せつけてくれちゃって」
竜貴の隣、肩を竦めて鈴が苦笑する。
「まぁ……でも、辛そうな顔した織姫を見ているよりは、数千倍マシかな。ちょっぴり、目の毒ではあるけれど」
「そうだね」
同じく苦笑しながら、竜貴はこくりと肯いた。
「良かったよ、本当に………」
あの日……一護と織姫の想いが重なった日から、二ヶ月が過ぎていた。
今日は二学期の終業式で、クリスマスイブ。
推薦入試組や就職・専門学校進学組の合格祝いと、一般入試組の息抜きを兼ねて、放課後に織姫のマンションでパーティーを開いて。
今はその、後片づけ真っ最中といったところである。
茶渡と真花はバイトがある…と、お開きになる少し前に帰って。
雨竜もまた用事があると言って、生ゴミの袋がひとつ膨らんだところで、それを片手に部屋を出て行った。
残りの可燃ゴミを千鶴とみちるが、啓吾と水色がペットボトルやジュース缶をゴミ置き場に出しに行っており、今この瞬間にマンションに残っているのは、竜貴と鈴、織姫と一護の四人だった。
一護にしても、織姫にしても。
二人共に他人に気を遣い過ぎる性格故に、友人達の目をはばかることなく二人だけの世界に入り込む……と言うような事は、この二ヶ月間、一度も無かった。
今日のパーティの間も、敢えて距離をとって座っていた程で。
今だって決して、いちゃついていると言う訳ではない。
それでも二人が自然に醸し出す、付き合い始めの男女特有の初々しさと。
互いを気遣い合う…穏やかでありながらも、幾分糖分高めな桃色の空気にアテられてしまう瞬間は、ままある事で。
時には、それを格好のネタとして二人をからかい、またある時には、苦笑しつつも静かに、二人を見守ってきた竜貴だった。
二人に対する気持ちの中に、淋しさや嫉妬の感情が全く無い……と言えば、嘘になる。
しかしながら、推薦入試が終わってバイトを再会した織姫は、これまでどおり竜貴の稽古上がりの時間を見計らっては、売れ残りのパンを抱えてちょくちょく道場に差し入れに来るし。
一護は一護で、一日に一時間だけ自分に許している…というゲームの、攻略法の相談を電話やメールでしてきたり、ソフトを貸せと言って自宅に訪ねて来るわ……で。
そんな二人の変わらぬ自分への態度に、日に日に心が穏やかに凪いでいくのを、彼女は自覚していた。
『………どうやら私の初恋は、このまま静かに墓の下に持って行けそうね』
一護にバレちゃったのは、一生の不覚だけどもさ……と、竜貴が心中密かに呟いた時だった。
不意に耳元で、こそりと鈴が囁いた。
「あんたも、さ……これで少しは、楽になったんじゃない?」
その言葉に息を飲み、鈴の顔を凝視する竜貴。
鈴はゆっくりと目元を細め、労るような微笑みを浮かべながら、再度竜貴に向かって囁く。
「この、二年半……辛かった、ね…?」
「……………気づいてたの」
ほぅ……と、深い深いため息を吐いて。
それから漆黒の髪を煩わしそうに掻き揚げながら、巧く隠していたつもりだったんだけどな……と竜貴は苦笑と共に呟いた。
「そうね…あんた相当頑張ってたから……だから多分、他の皆は気づいてないと思うよ。
流石に小島君あたりは…何となく察するものがあったかもしれないけど」
「そっか……」
とんだ未熟者だなぁ……と。
しみじみとした口調で呟きつつ、一つ肩を竦めてみせて。
それから一転して明るくおどけた表情と口調で、竜貴は鈴に問いかけた。
「まぁ…織姫にはバレずに済んだんだし、二人は目出度くくっついたし……結果はオーライだよね?!」
しかしながら、その言葉に鈴が肯く事は無く。
ただ静かに、黙って竜貴の顔を見返すばかりの学年一の才女に、竜貴は怪訝そうに眉根を顰めた。
「………鈴?」
「知ってた、と…思う。多分……ずっとずっと、前から」
告げられた内容に、大きく目を見開く竜貴。
その顔は、心なしか青冷めて見えて。
そんな、まさか………と、震える唇からこぼれた彼女の呟きに、鈴は辛そうに顔を歪めて目を伏せた。
「……私、ね? どうして告白しないの…って、織姫に訊いてみた事があるの。
そうしたら…彼女、言ったのよ。
ほら…元々は眼中に無かったのに、告白された事がきっかけで意識して好きになって……なんて話、たまに見聞きするでしょう?
万が一にもそんな風に始まってしまうのは、絶対に嫌なんだ………って」
……あのね、鈴ちゃん。
私、初恋に浮かれ過ぎちゃって……黒崎君を好きって無神経に言いまくってた時期があったでしょう?
でも、その所為で…知らず知らずのうちに傷つけちゃった人が居るの。
しかも、ね?
黒崎君を好きって言う事も出来ない、それを辛いって誰かに相談する事も出来ない……そんな状態に追い込んじゃったの。
だけど。
それなら代わりに私が黒崎君の事を諦める…なんて言い出したら、その人は多分、もっともっと傷ついちゃうような気がする。
……だから、ね。
その人の為に、も。
他にも居るかもしれない、黒崎君に片想いしている誰かの為にも。
私……黒崎君が自分の意志で私を選んでくれるように…そんな女の子になりたいの。
私が黒崎君の隣に立つことを、誰もが納得して認めてくれる……そんな人間になれるように、頑張りたいんだ!
それでもし、私の恋が実らなかったとしても……それはそれで、構わないの。
やるだけの事をやったんだ……って。
この先の人生、堂々と胸を張って生きて行けると思うから。
抜け駆けして、運良く黒崎君の気持ちを手に入れて。
その事に後ろめたさ感じて俯き続けるよりも…その方が、ずっとずっと良いよ………。
ああ勿論、告白したところであっさり断られちゃうかもしれない……て。
それを考えると、怖くて足が竦んじゃう……ってのが、一番大きい理由なんだけどね!
「あの子……そんな事を………」
竜貴はきゅっ……と、自分の下唇を噛みしめた。
「私、馬鹿だ……あの子の事、何でもわかっているような顔して…本当に肝心な事には、気づいていなかったんだね。
おまけに…気遣っているつもりが、逆に気遣われていただなんて」
「たつき……」
「それに…今思えば『織姫の為に身を引く、健気で親友思いのアタシ』…ってものに、酔っていたような気もするんだ」
………情けない、ね。
そう、自嘲気味に呟いて。
口元を歪める竜貴の肩を軽く叩きながら、努めて明るい口調で鈴は言った。
「世間一般に溢れてる恋愛事情のごたごたなんてさ、多かれ少なかれ似たようなものよ。きっと」
「……そうかな」
「そうよ」
「……そっか」
今度は、苦笑して。
相変わらず寄り添うようにして、棚に食器を戻していく一護と織姫の姿を見つめる……その竜貴の視線は、あくまで穏やかだ。
ふ……と、小さく安堵したように微笑んで。
鈴はもう一度、竜貴の肩を叩くとおどけた口調で言った。
「何にせよ、確かに結果オーライだわよ。
今や学校全体どころか空座町内公認のナンバーワンバカップルなんだからさ、あの二人は」
「あっははは!」
給水棟上での告白劇は、二ヶ月経った今でも生徒や教師達の記憶に鮮明に残っており、目撃した者達の興奮を伴って回想され、噂となって学外にまで広まっていた。
これから先も…おそらく相当長い年月、それが屋上封鎖の原因となった事と併せて、伝説のように語り継がれていくに違いない。
これから先の未来の何処か、で。
彼らに良く似た面差しの少年少女に詰め寄られてタジタジとしている……。
そんな、今よりも二十年程の歳を重ねた二人の姿が脳裏に浮かんで、竜貴はくすり…と小さく笑みをこぼした。
「………それにしても」
一転してトーンの落ちた鈴の声に、竜貴が首を傾げると。
彼女は窓の外に視線を向けながら、ぽつりと独り言のように呟いた。
「篤志君……一体全体…今頃何処で、どうしてるんだろうね……?」
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