GIFT
対峙する二人の間を、秋風が吹き抜けていく。
風が揺らす前髪の下、篤志は僅かにその目を見開いて。
こくり……と、ちいさく喉を鳴らして、息と唾とを飲み込んだ。
一方で。
その篤志の瞳に映る一護は、変わらず真っ直ぐな眼差しを向けたまま。
風の中…橙色の髪を緩く靡かせながら、ただ静かにその場に佇んでいた。
「……せ…ん、ぱ…」
「絶対に、譲らねぇ。あいつの隣は…それだけは……お前にも、他の誰にも」
「…っ、?!」
掠れ気味に呟かれた篤志の声を打ち消すかのように、声を発っする一護。
篤志は再度、息を飲んで凍り付く。
しかしながら、その直後。
「………なんて、な」
呟きと共に、くっ……と喉の奥を鳴らして。
僅かに目線を下げて篤志の顔から視線を反らすと、一護は薄く自嘲気味な笑みを口元に浮かべた。
呆気にとられて瞬きを繰り返す、篤志の前で。
片手を制服のポケットに突っ込み、片手でその橙色の髪をかしかしと掻き乱しながら、一護は決まり悪げに言葉を続けた。
「渡さない…とか、譲らねぇ…とか、よ。
まるで井上が元から俺のモンだったみたいな言い方で……今の俺に使う資格なんざ無ぇって事は、頭ン中じゃ分かってるんだけどな。
それでも、俺にはその言葉が一番しっくりくるって言うか……他に良い言い回しを、思い付かなくてよ」
悪ぃ、な……と。
殊勝な響きと共に告げられた、謝罪の言葉。
それに対し、篤志は口元を歪め、皮肉っぽい笑みをつくる。
「別に……言い方なんて、どうでも良いですよ。
要するに…僕は今、井上先輩のことで宣戦布告されてる……って、そういう事でしょう?」
「まぁ……そうだ、な」
苦笑する、一護。
それを、軽く睨みつけて。
「……何で、今日なんです?」
声色低く、篤志は一護に向かって問いかけた。
「正確には、昨日だったんでしょうが…それでも、僕が井上先輩と付き合いだしてから、昨日で3日。今日で4日経ってます。
僕としては正直、今更……って感じなんですがね。
すぐさま、僕の所に…或いは井上先輩の所に来なかったのは、一体何故なんですか?」
「………無駄だ…と、思ったからだ」
「は、あ…?」
「すぐさま行動を起こしたところで、それは無駄にしかならないと判断したからだ」
「な……っ?!」
ぽかんと口を開け、忙しなく瞬きを繰り返して。
そんな篤志の様子に、一護は深々と溜息を吐く。
「……お前、な。
井上がただただ優しくて、穏やかで、ちょっと天然入ってんなぁ程度の人間だと思ってるんなら、それは大きな間違いだぞ。
あいつは一見ぽやんとしてて危なっかしく見えるがな、芯の部分はもの凄ぇ強いんだよ。
しかも、呆れるほど頑固に出来てやがる。
だからあいつが一旦こうと決めたら、それを覆すなんて事ぁ誰にも出来やしねぇんだ。
どんなに説得しようが、何しようが……な」
「……………」
「しかも井上は元来、俺なんかとは違って思慮深い質だ。
その井上が、誰かと付き合うなんて事を安易に決める筈が無ぇ。
ましてや…」
そこで不意に、一護が口を噤んだ。
訝しげに篤志は眉根を寄せたが、一護は緩く頭をひと振りすると、ともかく……と、先を続ける。
「四日前の時点で俺に出来ることは、何も無ぇと思ったんだ。
同時に…俺にとっても、少し時間が必要だと思った。
自分自身の感情を、見極める為の時間が………」
「感情を……見極め、る?」
「ああ、そうだ」
小さく、頷いて。
それから一護は、再び目線を篤志から反らした。
今度は先刻よりも、もっと下へ…自分の足下近くへと。
「正直言って、俺はこれまで井上をそんな風に見たことがなかった。
いや……多分、無意識にそういう対象として考えることを、避けてきたんだと思う。
これは別に、井上に限った事じゃねぇ。
竜貴、チャド、啓吾、水色なんかも含めて……男女関係なく誰に対しても、だ。
俺はもう、“特別”なんて要らねぇと思ってた。
護るのなら、俺の傍に居てくれる皆を。
奴ら全員を等しく大切に……そう、心がけてきたつもりだ。
………そのせいだと、思う。
お前と井上が付き合い出したと聞いた時、俺には瞬時に判断が出来なかったんだ。
俺が動揺した、その理由は何だったのか。
それが、俺の心のどんな場所から来るものなのか。
例えば俺には妹が居るが、あいつらに彼氏が出来たり嫁に行くなんて話が出たら、嬉しいと同時に、きっと淋しさや喪失感を感じるだろう。
チャドあたりに彼女が出来ても、やっぱり少しは複雑な気分になると思う。
そういった感情と、井上に対して抱いた感情の出何処に、違いがあるのか無いのか……情けねぇ話だけど、あの日の俺には判らなかった。
本当に、判らなかったんだ。
だから…先ずはそれをはっきりさせなくちゃいけねぇ……って…そう、思ったんだ」
そこで一旦話が途切れると、篤志は重く息を吐き出して、呆れたような声で呟いた。
「慎重ですね…と誉めて差し上げるべきなのか……なんてまぁ悠長な事を…と、呆れるべきなのか……いずれにしても、理解に苦しみますね。
まるで先輩らしく無い」
「そりゃあ…いくら俺でも、今回ばかりは慎重になるさ」
にやり……と口の端をつり上げて笑って。
挑むような強い光を茶の瞳の奥底に宿しながら、一護が言い放つ。
「何てったって…他人の彼女になっちまった女を、横から手ぇ出してかっさらおうか、どうしようか……って話なんだぜ?
餓鬼同士が玩具の奪い合いするような訳には、いかねぇだろうが」
「……っ?!」
「ついでに言っとくけどな、俺は悠長に構えていたつもりも無ぇからな。
この四日間、井上の霊圧には十分注意をしてきたつもりだ」
「れい、あ……?」
「あー……っと、そうだな、何て説明したらいいかな。
オーラとか言ったら、理解るか?
まぁ厳密に言やぁ違うんだろうけど…とにかくその霊圧って奴をさ、俺はある程度距離があっても、感じとる事が出来るんだ」
「………まさか」
「悪ぃけど、ホント。
まぁ、最も…俺はその能力に関しては、かなりの劣等生で……石田なんかには日々散々莫加にされてるんだけどな。
それでも、学校と俺ん家、お前ん家と井上のマンションをぐるっと囲んだ円内程度なら、ちょっとばかり意識を集中させりゃあ十分感知可能だ。
ましてや、井上の身に何かヤバそうな事が起こったりしたら、尚更…な」
「……っ、」
その瞬間、篤志の表情が微かに強ばった。
それを目にした一護の片方の眉もまた、ほんの僅かにぴくりと跳ね上がる。
しかし一護は特に篤志を追及することはなく、「…悪ぃ、少し話が逸れちまったな」と、小さく苦笑しただけだった。
「続けて、いいか?」
篤志が肯くと、一護はひとつ深呼吸をして。
再び静かな表情に戻ると、一言一言…何かを確かめ、噛みしめるようにして、言葉を紡いでいった………。