GIFT




「何なんだよ………何だってんだよ、一体!!!」

どかり………と、崩れるようにその場に座り込んで。
片手を橙色の頭髪に突っ込んでかきむしりつつ、一護は膝の間に顔を埋めた。

「ほ、ほんと……何だよなぁ! 皆してあーんなヒステリックに……なぁっ?!」

啓吾がその場を取り繕おうとするも、誰も乗ってこず。
茶渡は、優しく労るように。
水色は、茶渡のそれに、更に皮肉という名のスパイスを混ぜたような表情で。
それぞれ黙って、一護を見つめているばかりである。

しゅん……と啓吾が項垂れたとき、実にタイミング良く予鈴が鳴り響いて。

「あ……ほら! 俺らもそろそろ、下に降りようぜ?」

天の助けとばかりに、啓吾が勢い良く立ち上がった。
茶渡と水色も、ゆっくりとした動作でそれに倣って。
「行こう、一護」と、うずくまったまま動かない友人を、静かに促す。
しかしながら、一護は顔を伏せたままで首を横に振った。

「…………少し、遅れてく」

くぐもった声での返答が、顔と膝の隙間から漏れる。
茶渡、水色、啓吾の三人は、顔を見合わせて小さく溜息を吐いた。


………そのとき。


それまで一護達の会話には一切口を挟まず、参考書片手に只管黙々と昼食を摂っていた雨竜が、淡々とした口調で一護に向かって語りかけた。

「黒崎。1年の……入学したばかりの頃を、思い出せるかい?」
「たった二年半前の事を忘れちまうほど、脳味噌呆けちゃいねぇよ」

僅かに顔を上げ、横目で雨竜を睨みつける一護。
その、無駄に突っかかってくる相手の反応をさらりと無視して、雨竜は先を続けた。

「入学したばかりの頃……君の周りに居たのは、そこの三人と有沢さんくらいのものだったよね?
他のクラスメイト達は皆、君のその頭髪や無愛想さを怖がって近寄らなかったから。
………その中で、井上さんだけがいつもにこにこと、君に挨拶したり話しかけたりしてた。
君も…彼女に対してだけは、別人かと思うほど素直な態度で応えていて………。
その様子を見て、君への評価を書き換えた人間は、当時少なからず居たんじゃないかな?
一匹狼気取る君と、その君を慕って歩く子犬のような井上さんと………。
それが、あの頃の1年3組にあった、実にほほえましい日常風景だったんだ。
だけどある日を境にしばらくの間、その光景は失われていた。
あの日…時期はずれの転校生がやって来た日から………」

一護は、弾かれたように顔を上げた。

「………ルキア?」
「そう……朽木さんが、君と僕らの前に現れたんだ。
それからの君は、連日のように朽木さんと連れだって登下校して……時には授業中だろうと何だろうと、二人で姿を消してしまう。
何かあったのかと問いかけても、何でもないの一点張り。
君を敵視していた当時の僕はともかく……そこの三人や有沢さん、井上さんの困惑や寂寥感がどれほどのものだっか………。
君には、理解るかい? 理解って、いたかい?」
「………、っ?!」

一護は慌てて、啓吾達の顔を見回した。
彼らは何も言わなかったが、気まずそうに逸らされた啓吾の顔が、雨竜の言葉を肯定していて………。
一護の顔が、苦しげに歪む。

「国枝さんが君に資格云々と言ったのは、彼女達がその頃の井上さんの苦悩を良く知っているからだ。
淋しそうに、君と朽木さんの後ろ姿を見送って……それでも、心配する友人達の前では、常に気丈に微笑んで。
自分に朽木さんのような魅力や、君の力になれるだけの能力が無いのが悪いんだよ……って。
責めるのはいつだって、自分自身のことばかりで」
「……………」
「君にとって、井上さんが側にいるのが当たり前だったのは、たまたまそうだった……て、訳じゃない。
君にとっての『日常』で居られるよう、君の隣にいることを君に当たり前と感じて貰えるよう、彼女が必死に努力をし続けてきた……その結果なんだ。
それを考えたら………今の君の在り様は、正直どんなもんだろうね?」
「……………」
「さて………もうじき本鈴が鳴る。僕はこれで、失礼するよ。
君は好きなだけ、そこで落ち込んでいればいい。
ただ……放課後はいつも通り、自習室に来るべきだと思うね。
有沢さん達に逃げたと思われるのも癪だろうし…君が姿を見せなかったら、誰よりも井上さんが君を心配するだろうから」

それじゃ………と。
立ち上がり、鉄扉をくぐって去っていく雨竜。

「じゃあ一護……また、放課後にね………?」

その短い誘い文句の裏に、雨竜のアドバイスに従うべきだ……とのメッセージをさりげなく織り込んで。
水色はにこりと微笑むと、啓吾と茶渡を促し、三人並んで鉄扉へと向かっていった。

ぼんやりとそれを見送る一護を、しかしながら鉄扉をくぐる寸前に水色は振り返って。
悪戯っぽい微笑みを口の端に浮かべながら、僕からも一つ忠告しとくね……と、言った。

「忠告………?」
「そう。こんな事、僕にしては滅多にあることじゃないから…ちゃんと、聞いておいて?」
「…………」
「一護…一学期末の芸術鑑賞会の演劇、ちゃんと観てたかな?」
「……少なくとも、居眠った覚えはねぇな」
「じゃあさ、ヒロインのおばさんの台詞……覚えてるかな。
ほら、自分が恋している男と、自分に恋をしてくれている男と、どっちを選ぶか………ってシーンの」

一護は少し、遠い目をして。
それからゆっくりと、記憶の中の台詞を呟いた。

「私は風にはなれない。
振り向いてくれないとわかっていて、いつまでも吹き続けるなんてことは、私にはできない。
ならば私は、帆になろう。
私に向かって吹いてくる風に、大きく帆を広げよう」
「はい、良くできました!」

ぱちぱちと、水色が手を叩く。
そして酷く優しい表情で、一護を真っ直ぐに見つめて言った。

「ねぇ、一護……?
人はね、風にはなれない。
絶対に、なれない。
だから……疲れてしまう事だって、あるんだよ………?」
「……みずい…?!」
「君が君に向かって吹きかけてくれる、その『風』を……ね?
本当に大切と想うなら…失いたくないと思うなら……もうそろそろ、どうにかした方がいいんじゃないのかな。
『風』がすっかり疲れきって…君へと吹き続けることを諦めてしまう前に………」
「…………」

じゃあね………と。
ひらひらと手を振りながら、水色が屋上と屋内の境目を跨ぐ。

言葉を失ったまま、それを見送る一護の目の前で。
金属特有の重たげな音を立てて、鉄扉は静かに閉ざされた。 





………ひとり、屋上に取り残されて。
一護は気だるげな動作で、その場に仰向けに寝転がった。

彼の視界いっぱいに広がるのは、高く澄んだ青空。
その空を、自由に駆け巡る力を手に入れた頃の……二年半前の初夏の日々が、彼の脳裏に甦る。

死神代行の仕事は半端なく忙しい上に、あまりにも突発的過ぎて。
彼自身、なんで自分がこんなに振り回されなければならないのか……と、激変した日常を嘆きつつ、も。

彼は確かに、夢中になっていたのだ。

死神代行としての、自分に。
その力を、振るう事のできる日々に。

他の何も、誰も、目に入らなくなるほど………。



「……ごめん、皆。ごめん…こめん、井上………」



こぼれ落ちた小さなつぶやき声は、誰の耳に届くこともなく。
秋風に拾われ、空の彼方へと吹き上げられて…そして跡形もなく消え去った………。










………そして、放課後。

結局、午後の授業はすべてサボった一護だったが、自習室にはきちんと姿を現した。
女子との間には、相変わらず気まずい雰囲気が流れていたが、元々、織姫と竜貴以外とは、普段からさほど親しく話したりするわけではない。
居心地の悪い状況になることは予め覚悟していたし、その場の空気を苦痛と感じる度合いは低く済んでいた。


ただ………入室した時から、織姫の姿が見えなくて。
自習を始めてしばらく経っても姿を現さないことに、次第に胸の中がざわつき始めた。

思い余って、霊圧を探る。

しかしながら………優しい春風のような、それでいて凛と空気を振るわせる綺麗な鈴の音のような………。
そんな織姫の、暖かく清らかな霊圧は、校内の何処からも見つけ出す事が出来なかった。


『そういえば、今日は篤志も居ねぇ………』

どくり………と。
心臓が、嫌な音を立てて鳴る。

その次の瞬間、自習室の扉が開き、困惑した表情のみちるが飛び込んで来た。

「織姫…今日はもう、帰ったって。
それも……篤志君が教室に迎えに来て、二人連れだって出ていったらしくて………」

ざわり……と、室内の空気が震える。

「あそこ、女子クラスでしょ?
そのせいもあるのか……教室では、ちょっとした騒ぎになってたよ………」

ちらり………と。
みちるは一護へと、気遣わしげな視線を向けた。
他の女子も……そして水色や啓吾も、黙って一護を見やる。

俯き加減に座る、一護の。
その表情を伺い知ることは、その場の誰にも出来なかったけれど………。

シャープペンシルを握る、彼のその指先は。
異様なまでに白く、完全に血の気を失っていた。





『人は、風にはなれないんだよ………』





一護の耳に、屋上での水色の言葉が木霊し続けていた………。














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