GIFT




「ちょっと、たつき! 何で未だに織姫にべったり貼りついてんのよ、あの篤志って二年生は!!」

背後から聞こえた、千鶴の金切り声。
一護の箸を持つ手が思わず止まってしまったのは、彼自身の心の中で、同じ台詞が渦巻いていたからに他ならなかった。

水色がちらりと、一護の横顔に視線を投げてよこす。
それには気づかぬ振りをしながら、努めて平静を装いつつ、一護は口の中にご飯を放り込んだ。

「先週末で、遅れていた分は取り戻したって話じゃない?!
なのに、今週になっても自習室に来るの止めないし…挙げ句の果てにはここにまで押し掛けて……!!」
「………あたしに文句言わないでよ。織姫がそれを許してるんだから、仕方がないじゃない。
中間も近いし、昼休みは此処に居るから、急ぎ訊きたい事があったらいつでもおいで……って…そう篤志を誘ったのは、あの子自身なんだもの」

ため息混じりに、竜貴が応える。

一護のはす向かいでは、啓吾が興味津々という感じで首を伸ばし、二人の会話に聞き耳を立てていた。
我関せず…という風を装いつつも、一護の心情は啓吾のそれとほぼ変わらない。
黙々と弁当を平らげながらも、どうしても聴覚は背後の会話に持って行かれる。

ちなみに。
当の織姫と篤志は、今現在この場に……一護達の溜まり場になっている校舎の屋上には居なかった。

いつもどおり一護達が昼食を摂り始めて少しした頃、「食事中にすみません」と篤志が現れて。
午前中の授業でわからないところがあったから……と、織姫の隣に教科書片手に座り込み、ひと通りのやり取りがあって。
その中で、参考になる書物が図書室に在る筈だと織姫が口にしたところ、是非借りてみたいと篤志が言いだし、二人連れだって階下へと降りて行ってしまったのだ。

「大体、織姫もお人好しすぎるのよ! 本のタイトルだけ教えて、自分で探しに行かせればいいのに。
それで見つからなかったら、司書さんにでも図書委員にでも自分で問い合わせればいいんだから!!」
「まぁ……その人の良さこそが、織姫の織姫たる所以だからねぇ」

憤然とする千鶴の隣で、鈴がどこか諦観したような声で呟く。

「生い立ちのせいもあるんだろうけど………。
頼られたり必要とされているって感じると、100パーセントどころか200パーセントの力を注いじゃうようなトコ、あるからさ」
「それはそうだけど…でも……」

躊躇いがちな声を上げたのは、みちる。

「千鶴ちゃんの気持ち、私も少しわかるなぁ。私だって最近、殆ど織姫とは話せていないもの。
それってやっぱり淋しいって思うし、どうしたって篤志君には嫉妬しちゃうよ………」
「そう、そうなのよっ!! 気が合うわね、みちる!!!」
「え?! ちょ……うわ、わっ?!」

賛同を得られて余程嬉しかったのか、もの凄い勢いでみちるに抱きつく千鶴。
そのまま、腕の中で苦しげにもがく友人には全くお構いなしに、彼女は全身に力を込めて思いっ切り絶叫した。

「おのれ篤志ぃっ、暗黒受験生活の中での、貴重な貴重な私の癒し時間を返せぇぇぇえええええっ!!!」

その、あまりの音量に驚いたのか。
校舎脇の樹木に止まっていたらしき鳥が数羽、慌ててばさばさと飛び立っていく。

一護は無意識に眉間の皺を倍増させると、「………うるせぇよ」と小さく低く呟いた。
それは彼の口の中だけで密かに発せられた言葉だったのだが、どうやら千鶴の鼓膜はその微かな声を聞き逃さなかったらしい。

「あんたなんかに言われたかないわよ、黒崎一護っ!!!」

すっくと立ち上がりながら、千鶴は一護の背中に向かって鋭い声を投げつけた。
振り返った一護に向かって右手人差し指を突きつけ、頭を反らし気味に一護を睨め下ろして。
実に憎々しげに、彼女は言った。

「あんた…自分がどんだけ不機嫌オーラを周囲に撒き散らしてるか、わかってないの?!
いっくら表面上旨くポーカーフェイス決めてみせたってね、はっきり言ってバレバレだから! 完全にダダ漏れてるから!!
その、あんたの強烈な気に当てられるこっちの身にもなれってのよ!!!」
「ダダ漏れ………」

千鶴の言葉を鸚鵡返ししながら、不愉快そうに一護が顔を歪めたの、は。
かつて死神達や石田雨竜に、霊圧制御が不得手である事を散々からかわれたり嫌みを言われたりした過去が、脳裏をよぎったからだった。

『現世の奴らにまで、言われるとは…ね………』

一護がうんざり気味に溜息を吐く。
しかし千鶴は、彼のその一連の動作について、自分の発言に対する反発と取ったらしい。

「何よ、文句あるなら聞くけど?」

今度はずいっと前屈み気味に身を乗り出し、一護の顔をのぞき込んだ。
対する一護は、前髪の隙間から上目遣いに睨め上げるにようにして、ぼそりと答える。

「………俺は、井上が受験勉強の邪魔されてるようで…それが心配なだけだ」

その、瞬間。
千鶴と言わず、その場に居合わせた人間の間に、何処かシラケたような空気が流れた。
啓吾だけがそれに着いていけず、きょろきょろと周囲を見回したり、一護の顔色を伺ったりと忙しい。

一護もまた、眉を顰めつつ友人達の顔から顔へとゆっくり視線を一巡させる。

「………何だよ、お前等?」

困惑気味なその呟きに、返されたのは。
盛大な溜息と共に吐かれた、真花の言葉だった。

「相変わらず、すり替えが上手だよね」
「すり替え………?」

怪訝そうに、首を傾げる一護。
その彼に真花は冷たく一瞥をくれた後、ふい………と視線を逸らしながらぽつんと呟いた。

「織姫も気の毒にね……」
「………ん、だとっ?!」

その言葉に、弾かれたように立ち上がる一護。
真花を見下ろすその顔は、怒気をはらんで歪んでいた。

「何でそうなるっ?!」
「……だって、そうでしょうよ!!」

真花もまた、立ち上がって。
鋭い一護の視線を怯むことなく受け止めながら、彼に負けない大声で怒鳴りつける。

「感情の制御も出来ない、自分の本音に向き合う事もしない。
そんなお子ちゃまの言い訳に使われるなんて、気の毒としか言いようが無いでしょうが!」
「感情制御?……本音?…………何だよそれ、何言ってんのか全っ然わかんねぇよ!」
「……………あんたってば、本当にタチが悪い男ね?!」

怒りに顔を紅潮させて、真花は一護を睨みつけた。

「自覚有るのか無いのか、知らないけど…あんたってば、相当のカッコつけだもんね!
みっともない自分の姿を、他人の目に晒したくないのは勿論だけど、自分自身で直視するのも嫌なんだ。
………それは別に、構わないよ。正直、あんたのそんなくっだらないプライドの問題なんて、私の知ったこっちゃ無いからね。
でも……だからってね、安易に織姫の事を、本心隠すための隠れ蓑や免罪符代わりに使うんじゃないよ!!!」
「……本心、て……………俺…は……俺は、本当に……」
「うるさい! ごちゃごちゃ言ってないで、いい加減素直に認めたら? あんた、本当は……!」
「真花っ!!!」  

竜貴が強く鋭く、制止の声を上げる。
しかし真花は、それを無視して続けた。

「本当は単に、嫉妬しているだけなんでしょうが!!
織姫があんたを放ったらかしにして、あの下級生ばかり構うから…だから、悔しくて淋しくて仕方ないんでしょう?!」
「な………っ、?!」

大きく大きく、目を見開いて。
呼吸する事すら忘れて、一護はその場に凍り付く。

そんな彼とは逆に、興奮のあまり肩で荒く息を吐く真花。
その彼女の制服の袖を、静かに立ち上がった竜貴が引いた。

「……もう止めな、真花。
あんたこそ、織姫の為って言葉を盾にして、あんた自身の苛立ちを一護にぶつけてるだけでしょ。違う?」
「たつき………」
「気持ちは、理解る。でも…きっとあの子は、こんなこと望まない。
あんたがあの子を大切な友達と思うなら、その辺を良く弁えな」
「…………………判ったよ」

溜息を吐きながら、項垂れて。
もう一度、上目遣いに一護を鋭く睨みつけた後、真花はその場に屈み込み、自分のランチセットを片づけ始めた。

「未だ予鈴鳴ってないけど、私、次は移動教室だから……先に戻るね」
「あ………じゃ、私も…」
「……そう言えば、次の時間当てられるんだっけ。予習しとかなきゃ」
「あ、ねぇ、待ってよ! 私だけ置いて行かないでぇっ!!」

何だかんだと理由をつけて、階下へと降りる支度を始める女性陣。
それを何処か虚ろな表情で眺めていた一護、は。
それじゃあ、お先に……と、真花や竜貴がその脇を通り過ぎようとした、当にその瞬間。

「………井上を心配なのは、嘘じゃねぇ。ただ……」

喉の奥から振り絞るようにして、掠れた声を発した。
立ち止まった少女達を振り返り、喘ぐように一つ呼吸をして。
苦しげに歪んだ表情で、一護はぽつりぽつりと言葉を零していく。

「井上は、仲間で……大事な大事な、仲間で………ずっと、近くに居て……それが、当たり前で………………だから……だからっ!!!
どうしても、戸惑っちまうんだよ!!!
だって、仕方無ぇだろうが?!
これまで続いてきた日常を、篤志の野郎にひっかき回されて、崩されて……それがもう、かれこれ10日も続いてんだ!!
そんだけ長くぺース乱され続けりゃあ、俺だって調子のひとつふたつ、狂いもするさ!!!
お前等だって先刻、淋しいだの構ってほしいだの、散々ほざいてたじゃねぇか?
そのお前等の困惑と不満と、俺のそれと、何処がどう違う?!」

次第に強くキツくなる口調に、声量に。
しかしながら少女達は誰一人として、先刻の真花のように怒ったり言い返そうとはしなかった。
寧ろ、一段と鼻白んだ表情になり……皆で顔を見合わせては、深い溜息を吐く。

「……………何だよ」
「悪いけど………。
日常を崩された、だから仕方が無いんだ……なんて。
黒崎君にそんな言い訳する資格は……多分きっと、無いから!」

冷たく静かに響いた、鈴の声。
再び絶句し、立ち竦んだ一護に対してくるりと背を向けて。
竜貴達はそれきり彼を一顧だにせず、次々に鉄扉の向こう側へと消えていった。











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