Orion



「ええと……じゃあ、次はここから昇って、こっちに進んで、それから………」
「あ、ねぇ! その次、ここを降りるのはどう?」
「えー? どうだろ…蒼良君達にはちょっと難しくない?」
「昇るのは無理かもしれないけど降りるのは出来るよ! 多分、だけと」
「じゃあ、試しに1回、あれだけやってみようか」

遊具の難所を指差しながら、新たなコースを決める緋燕と蒼良。
その背後にしゃがんみこんで地面に絵を描いていた咲良が、不意に立ち上がった。

「…………なんか、によう」

え?………と。
男児二人が背後を振り返った時には、既に咲良はその場から飛び出して、斜面を駆け上がろうとしているところだった。

「そう言えば、何か美味しそうな匂いがする……」
「ホントだぁ」

直後。
大きな音で空腹を主張する、二人の腹の虫。

「……僕達も、行こっか!」

顔を見合わせ、苦笑して。
二人もまた、咲良を追って走り出した。




「おー、良い塩梅に焼けてきたな」

串を返す一護の手元を覗き込んで、恋次がほくほくとした声を上げる。
肯いた一護は、恋次とは反対に何処か浮かない顔をして「……そろそろ、かな」と呟いた。
何が?………と、恋次が問いかけるとほぼ同時、に。

「おとーさぁあああああんっ! なんか、いいによいするんだけどーーーっ!!」

耳に届いたのは、元気いっぱいの咲良の声。

「………来たな、人間シュレッダーめ」
「どんな例えだ、それは」

突っ込む恋次に、一護はげんなりとした表情を向けた。

「あのちっこい身体でスゲェ量を喰うんだよ、咲良は」
「そのあたりは井上似ってコトか……」
「そ。我が家のイナゴーズ」
「蝗………」
「だから、今からしっかり気合い入れとけよ! ぼやっとしてっと、その間に軒並み皿ばっかにされちまうからな」
「………了解」

たらり……と。
こめかみから冷や汗を垂らしつつ、肯く恋次。
その背後からぱたぱたと軽い足音を響かせて、咲良が二人に近寄ってきた。

「おとーさんっ、すっごく美味しそうなによいするぅ!」
「こら、あんま近寄るな! 火傷するぞ!!」
「だって、見えなーい!」

ちょうどそこに緋燕と蒼良もやってきて、ぎりぎり焼き網の上に目線が届く緋燕が「凄ぉいっ!」と目を見張る。

「咲良もっ、咲良も見るぅーっ!」
「僕も見たいっ!」
「………どれ」
「わ!」
「ひゃあっ!」

恋次が片腕に一人ずつ、双子達の小さな身体を持ち上げてやる。
蒼良は「うわぁ…」と一声呟いたきりぽかんと口を開けて黙ってしまい、咲良の方は「凄い凄い、美味しそう!!」と、それはそれは大きな声ではしゃぎまくった。

「ね、ね、もう食べられる?」
「あと、もう少しだ。焼けたら直ぐ呼んでやるから、三人とも先に母さん達のところに行って、手を綺麗にして貰ってこい」
「はぁい!」
「おとーさんっ、これ、咲良のっ! 絶対に、咲良がこれ食べるんだからねっ?!」
「………わかったから、早く行ってこい」
「らじゃーっ!!」

地面に下ろされた身体を、くるりと捻って。

「ありがと、ひーにぃのパパ!」
「ありがとーございますっ!」

恋次に対し満面の笑顔で礼を言うと、蒼良と咲良は織姫の元へと向かって走り出した。

「あ、待って…僕も……」
「………緋燕…っ!」

慌てて二人を追おうとした緋燕を、恋次が呼び止める。
振り返り、きょとんとした顔で、緋燕は父親の顔を見返した。

「………楽しいか?」

恋次がそう、問いかけると。

「はい、父上!」

赤毛の少年は強く大きく肯き、年相応の無邪気な笑顔を見せた。

「とつてもとっても、楽しいです!!」
「そうか………」
「はいっ!!!」

目を細めて微笑んだ父親に、輝くような笑顔で応えて。
彼もまた、踵を返して走り出す。


小さな後ろ姿を見送る恋次の背、を。
ぽんっ……とひとつ、一護が叩いた。








 

食事には浦原は勿論、鉄斎や雨、ジン太も加わって。
それはそれは賑やかに、時が過ぎていった。

その、渦中でも。

徹底的に腹を空かせた故か、或いは、大勢で食事を囲む楽しさ故か。
緋燕は普段の倍以上の食事量を易々と平らげてみせ、日頃息子の小食を気にしていたルキアと恋次を喜ばせた。

黒崎家の双子もまた緋燕につられたのか、普段はなかなか手をつけない魚料理にまで競うように箸を伸ばし、綺麗に胃袋へと納めていく。

口の端や頬に、ご飯粒や小さな肉片を貼り付けながら笑いあう、両家の子供達。
そんな愛し子達の様子に目を細めつつ、一護と織姫、ルキアと恋次の親たち四人は、互いに顔を見合わせて小さな笑みを交わしあった。


その瞳、に。
共通の想いと、決意の光を浮かべながら………。















「うわぁ、お外、まっくらだぁ!」

一番に硝子戸をくぐった咲良が、大声で叫んだ。

『勉強部屋』に居ると、時間感覚が狂うんだよな………そう、誰に聞かせるともなく呟きながら、一護が後に続いて外に出る。

「お、大分星が冴えてきたなぁ……」
「星が、さえる?」

手を繋いでいた蒼良が、不思議そうに父親の顔を振り仰いだ。
星のきらきらが、とっても綺麗に見えるって事だよ……そう説明する一護の隣に、恋次とルキアに手を引かれた緋燕が並び、同じように夜空を見上げる。

「綺麗………」

思わず呟いた緋燕の耳に、織姫の柔らかいソプラノが届いた。

「ああ…もう、オリオンが昇ってくる時期なのね………」
「オリオン?」
「ほら…向こうの家の屋根の上あたり……星が三つ、縦に並んでいるでしょう?」
「………本当だぁ!」

織姫の指さす方に顔を向けた緋燕の目が、驚きに円くなる。

「へぇ……こっちじゃ今は、あれをオリオンって呼んでんのか」
「向こうは違うのかよ?」
「あちらでは『親子星』と言う。
ほら…三ツ星を取り囲んでいるの四つの星……あれを二つずつ縦に繋いで出来る線を、子供に寄り添う父と母の姿に見立てて、そう呼ぶのだよ」
「親子星……素敵な呼び名ね………!」

感嘆混じりに呟く織姫の顔を、一護がそっと振り返る。
その瞳が一瞬、切なげに揺らいだ事に気づき、ルキアはごくごく小さな微苦笑をその口元に浮かべた。

『………あれからもう、十四年か』

それは……橙色の髪の青年が、未だ無鉄砲な少年だった頃。
虚圏へと、織姫を連れ戻しに向かった夜の事。
その夜も今と同じように、夜空の星は冷酷なまでに美しく光り輝いていおり……その事に一層、自責の念を深くしたものだ……と。
数年前の酒の席、酔いが回っての昔語りに、ぽつり……と一護が漏らした事を、ルキアは憶えていたのだった。


『こんな日を迎えようとは……あの頃は夢にも、思わなんだが………』


ひょんなきっかけから強い絆で結ばれる事となった少年と、初めて出来た同性の親友である少女。
現世を生きる二人との出逢いと、彼らと積み重ねてきた日々に、自分と恋次との間の事をも絡め合わせて。
その縁の不思議さに、独り思いを馳せる。

「ねぇねぇ、ひーにぃのママ!」

駆け寄ってきた咲良と蒼良に呼ばれて我に返った彼女は、慌てて腰を落として、双子に目線を合わせた。

「どうした、二人とも?」
「ひーにぃと、ひーにぃのママとパパと、咲良ん家にお泊まりするって本当?」
「ああ、本当だとも! 一晩、よろしくな?」
「わぁい、やったぁ!!」

声を揃えて歓声を上げ、そのまま勢い良く緋燕に飛びつく双子。

「咲良、ひーにぃの隣で寝るぅ!」
「僕もぉっ!」
「ええぇ?!」

片腕をそれぞれ、双子に引っ張られて。
嬉しいような…でもちょっと照れて困ったような……そんな、少しばかり複雑な表情で、緋燕が笑った。







早くお家に帰ろう!………と。
並んで手を繋ぎ、先に立って歩きだした三人。

その後ろに、それぞれの連れ合いに寄り添い歩く、二組の夫婦が続く。


「………ねぇ?」
「ん?」

織姫にそっと袖を引かれ、一護は彼女を振り返った。
薄茶の瞳に一護の姿を写しながら、柔らかく微笑んで。
子供達へと視線を移しつつ、織姫が愉しそうに呟いた。

「あの子達……まるで、三ッ星みたいね………?」
「ああ……本当だな」

口元に笑みを刻みつつ、妻の言葉に肯き返して。
それからゆっくりと、一護は夜空を見上げた。



「親子星………か」





天に輝く、三つの星。
地に輝く、三つの笑顔。

護りたい……と、思う。
護り続けたい……と、願う。

愛する者達を。
彼らの生きる、世界を。


この先…例えどんな事が起ころうとも………。
心の奥底で、そう誓う。





「あ…そう言えば、あの真ん中の星にお願い事をすると叶うって、聞いたことあるなぁ」
「へぇ……?」
「そうなのか? 織姫」
「そりゃ良い事聞いた! それじゃ、俺もいっちょ何か…………」










口に出される事はなかった、四人の願い。
それらが皆、同じであった事…を。

この夜。
彼らの頭上に輝く星々だけが、知っていた。











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