Orion



「遊んでる最中のどさくさ紛れに、瞬歩修得しちまう六歳児って……どんだけ霊力高ぇんだよ………」

バーベキューの為の炭火を起こしながら、呆れたように一護が呟く。
その、隣で。
食材を鉄串に刺しながら、ちろりと視線だけを一護に向けつつ、恋次が言い返した。

「お前ンとこの息子だって……何だ、ありゃあ?
三歳児であんだけの頭脳プレー繰り広げられるって……正直、末恐ろしいぜ?」
「あいつ、あの歳で戦略系のゲームとか結構好きなんだ。オセロや将棋なんかも。
それを面白がって、親父や石田や竜貴なんかが相手して鍛えちまうもんだからよ………」


ーーーオセロなんかだと、俺最近、3回に1回くらいの割合で負ける。


そう、ため息交じりに語る一護の隣で、親の威厳も権威も形無しだな……と恋次は苦笑した。


何とは無しに、二人同時に背後を振り返る。
視線の先には、遊具に挑戦中の咲良と、それを応援している蒼良と緋燕の姿があった。

流石に2対1での鬼ごっこを(しかも、鬼の交代の無いままに)長時間続けるのは無理があったのだろう。
少し前に、緋燕が恋次の伝令神器を借りに来た。
何に使うのかと思ったら、彼らが利用しているのはストップウォッチ機能で。
難関箇所の組み合わせ方や取り組む順序を変えては一人ずつ挑戦し、その所要時間を競い始めたのである。

やはり、年齢的にも体格的にも、もっとも優勢なのは緋燕で。
しかしながら緋燕も、そして勿論双子達も、何かコツを掴んだりすれば惜しみなく互いに教え合うので、回数を重ねる毎に、全員が着実にタイムを縮めているようだった。


「でも……確かに、アレだな。
お前等が気にしてたとおり、少しばかり線の細い印象だな……緋燕は」
「………やっぱりお前も、そう思うか?
何て言うか……あいつは子供のくせに、変に気遣いが出来てな。
自分のちょっとした怪我で守役の使用人が上役から処罰喰らった事に、たまたま気づいちまってよ。
それ以来、無茶やわがまま通すような真似はしなくなっちまったし、何事にも消極的な感じなんだ」
「そっか………」
「正直、咲良の大胆さや無鉄砲さが羨ましいよ!
全く…あの子は、ドコにお前の遺伝子入ってんだろうってくらい外見は井上似なのによ。
中身はほぼ、お前で出来てるんだもんなー」
「………それはそれで、親としては頭痛ぇんだよ。
男ならともかく、咲良は女だしなぁ……将来嫁の貰い手有るのかとか、今からマジで心配」
「女らしさに欠ける…って事か? 現世はそういうのが面倒だよな。
尸魂界でも、流魂街や貴族の世界の事は知らんが、死神社会に関しては能力絶対主義。
性差なんざ、問題になる事ぁ殆ど無ぇからなぁ……」
「あー……なるほど、そんな環境に居るからか。ルキアの葉遣いが、いつまで経ってもあんな風なのは」
「いや、それは………」
「私の言葉遣いが、何だと言うのだ?!」

野菜を切る手を止めて、ルキアが一護を振り返った。
その眉間に一護に負けず劣らずの深い縦皺を刻みながらつかつかと歩み寄り、一護の胸ぐらを掴んでぐいっ……と、引く。

「要は、私が女らしく無いとでも言いたいのかっ?」
「少なくとも、言葉遣いに関してはそうだろうが!」
「貴様こそ、いつになっても口の減らないガキのくせして!! 老けたのは顔だけで脳味噌は成長せなんだか、全くもって嘆かわしい!!!」
「やかましいっ、先刻から老けた老けたって、余計なお世話だっての!!
……つーか、包丁を人の顔に突きつけんじゃねぇよ!! 危ねぇだろっ!!!」
「怪我したところで貴様には織姫がついて居るのだ、何をそんなに恐れる必要がある! 男のくせに情けない事この上無しだな!!」
「そう言う問題じゃねぇだろっ!」
「本当に……貴様のような奴がどうして織姫を娶れたのか、私は未だに不思議でならぬ!!
今更こんな事を尋ねたところで仕方が無いのは解っているが……織姫っ!!」
「へっ? は、はいっ?!」

やはり野菜を切りつつ、くすくす笑って二人のやり取りを傍観していた、織姫は。
突然名を呼ばれて動転したのか、一護とルキアの顔を交互にみながら忙しく瞬きを繰り返した。
そんな彼女に、まるで噛みつくような勢いでルキアが問いかける。

「そなた、一体全体この馬鹿の何処が良かったのだっ?!」
「えっ? ええええっ?!」
「ルキア、てめっ…誰が馬鹿だ、誰が!! 織姫っ! 答える必要なんざ、無ぇからなっ!!!」
「いいや、良い機会だ! ここは是非とも聞かせて貰わねば!!」
「………え、と……その…」

二人に凄まれて怯み、狼狽えながらも、織姫は。
やがて、宙に彷徨わせていた視線を一護に向け、小首を傾げつつ小さな声でぽそりと呟いた。


「……………全、部…かな?」



直後。
同時に、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべる一護とルキア。

次に、大きな溜息を吐きつつルキアが一護の胸元から手を離して。
彼女から解放された一護の方は、顔にじわじわと朱を上らせつつ、俯き加減に黙々と火起こしを再開し始めた。

「あ、あの……何か、拙かった……?」

自分の隣に戻って、再びざくざくと…些か乱暴な手つきで野菜に包丁を入れ始めたルキアと、無言のまま団扇で炭を仰ぐ一護の顔とを、おろおろと交互にみやる織姫。

「………いや、別に」
「……そなたは何にも悪くない、気にするな」

首を横に振りながらそう言って、それ以上は何も答えないルキアと一護。
そんな親友と夫の様子に、得心がいかないと言うように首を捻りながらも、織姫もまた包丁を握り直して新たな食材に手を伸ばす。



「……………天然、最強」

ぷすり、と。
肉片に鉄串を突き刺しつつ、恋次はひっそりと呟いた………。










「……おやぁ? 一体どうしたんッスか、皆さん?」

四人の上に降りていた奇妙な沈黙を破ったのは、至極暢気な浦原の声だった。

何でもねぇよ………と。
渋面を作って答える一護の低い声に、触らぬ神に祟りなし……と言いたげな表情でひょいと肩を竦めて。
首を巡らせ、窪地に居る子供達へと、浦原はその視線を向けた。

「どうやら、気に入って貰えたみたいッスねぇ………」

良かった、良かった……と。
へらりとした笑顔を浮かべながら扇子で顔を扇ぐ、下駄履きに破れ帽子姿の店主。
一護達四人も調理の手を止め、窪地を見下ろす。

「それにしても……ほんっと良く出来てるよな、この遊具」

一護が感嘆の声を上げると、恋次とルキアも頷いて同意を示した。

彼らは、気づいていたのだ。
この遊具が、子供達の全身の筋肉を満遍なく鍛え上げ、身体能力を一層高められるよう、計算しつくした上での設計である事を………。

「そりゃあ……他でも無いあなた方からの、たってのお願いッスからねぇ。アタシが今現在の持っているモノ全て、注ぎこませていただきましたよ。
資金も、朽木家を始め各隊の隊長、副隊長、席官の方々から、十二分にご提供いただきましたしね。そんな皆さん方の期待を裏切らないよう、仕上げたつもりッス」
「ああ……充分満足してるよ。他の奴らだってきっと、文句なんざ一切言わねぇさ。ホント、凄ぇ出来だし」
「それはそれは、恐縮ッス」

片手で帽子を取り上げ、浦原は一護達に向かって軽く頭を下げた。

「………ところで…朽木さん、阿散井さん」

再び帽子を頭に乗せつつ顔を上げた浦原は、その視線をルキアと恋次に向けて。
二人の瞳の奥底を覗き込むような表情で、「例の件については、どうされます?」と問いかけた。

「まぁ……今日、慌てて結論を出さずとも、今後もこのような機会を設けて、もう少し様子を見られてからでも良いかとは思いますが」
「いや………」

その言葉に、ルキアはゆっくりと首を横に振った。

「……もう、充分だ。なぁ、恋次?」
「ああ、そうだな……たった半日で、これだけの結果を見せられちまったら、悩む余地なんて無ぇよ」

顔を見交わし、小さく肯きあって。
揃って浦原に向き直ると、ルキアと恋次は「よろしく頼む」と深く頭を下げた。

「色々と世話をかけることになるが………」
「そんな事は良いんですヨ。その為に、アタシらがこっちに居るんですから」


………まぁ、頂くべきモノは、それなりに頂きますがね?


扇子で口元を隠しながらの言葉に、「わかっておるとも」と苦笑混じりにルキアが肯く。

「ルキアちゃん達がそう決めたのなら……取りあえず、住民登録だけでも大急ぎでした方がいいわ」

横から織姫が口を挟んだ。

「一日入学の案内通知が、そろそろ発送される頃だから……」
「そうか……」
「では明日にでも諸々処理して、雨かテッサイさんに市役所に行って貰いましょう。
住所は取りあえず、此処にしておくとして………。
実際の住居はアタシの方で適当に候補を見繕っておきますんで、また近いうちにこちらに来て決めてくださいませんかネ」
「面倒かけてすまぬな。要した費用については、なるべく早く振り込むよう、会計方に頼んでおこう」
「そうしていただけると助かりマス」
「………で、何時から本格的に移ってくるつもりだ?」

一護の言葉に、ルキアは小さく唸りつつ腕組をする。

「出来るだけ早く…とは、思っている。こちらでの生活に少しでも馴染ませてから、緋燕を学校に上げてやりたいのでな。
ただあちらでの引継等もあるし、そう簡単に事は進まないであろうが………。
それでも、叶うことなら年明けにはこちらに落ち着いていたいものだな」
「じゃあ、それから入学までの三ヶ月だけでも、保育園に預けてみない? 旭さんには私から話をしておくから」
「そうだな……いきなり学校に通うより、その方がより良いかも知れぬ。
少し、検討する時間を貰えるか………?」
「勿論! 結論が出たら、知らせてね?」

その時、一際高く大きな子供達の歓声が聞こえて。
再び、窪地に大人達の視線が集まる。

「………どうやらまた、緋燕がタイム縮めたみてぇだぜ?」
「凄いわねぇ……」
「そなたらの子供達のお陰だ。
やはり、子供にとって年の近い友人が居るか居ないかの差は、大きいのだな。緋燕の目の輝きが、屋敷に居る時とはまるで別人だ」
「ホントだな。あんな子供らしいやんちゃな笑顔、もう随分見てなかった気がする」
「うちの子達だって……うっかり人前で力使ってしまったらどうしようって考えると、つい兄妹二人で自宅でばかり過ごさせてしまうから………。
今日は本当に伸び伸びと遊んでて、楽しそうだわ。
しかも少し年上のお兄さんに甘えられて…なんて嬉しそうなのかしら………!」



ーーーもう少ししたら、この光景が日常になるのよね……!



嬉しそうに目を細めて。
うっとりと夢見るような表情で、織姫が呟く。

その、言葉に。

一護、ルキア、恋次の三人もまた、笑顔で互いの顔を見交わし肯き合うのだった………。














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