銀河ステーション



私の予感は、的中して。
この後もずっと、一護と織姫は皆に良いようにからかわれ、遊ばれ続ける事になった。

勿論、過ごした時間全てをその事で費した訳じゃない。

この春、それぞれが選択した進路。
卒業後半年を経過し、その中で生まれた希望や更なる夢、失望や戸惑い………。
そんな事をとりとめもなく話し、時に笑い合い、時に溜息を吐き、肩を叩きあったりしながら過ごした。

ただ………その、渦中で。

先月の電話じゃないけれど。
一護や織姫が、無意識・無自覚にノロケ爆弾を炸裂させまくるものだから……。


小島や鈴や真花は、それらをご丁寧に、僅かな取りこぼしもなく拾っては、茶化すし。

その内容に啓吾と千鶴がいちいち反応しては、妙な事を口走るし。

結果、織姫が真っ赤になって俯くか、わたわたと慌てふためくか……して。

一護が眉間に深く皺を寄せ、額に青筋立てながら、ムキになって言い訳を試みて。

そこに、石田が余計な突っ込みを入れて雰囲気を険悪にし。

その状況に、みちるが青くなっておたおたし。

見かねた茶渡が、現状打破しようと口を開くんだけど……。
存外天然な彼の発言は、寧ろ一護に止めを刺す結果となり。

怒気を萎えさせられて脱力しきった一護が、テーブルにめり込んで。

困惑の表情を浮かべた茶渡以外が、お腹を抱えて大笑いする………と、いう。


そんなしょうもないやり取りを、幾度も幾度も、繰り返す羽目になったのだった。


その一つ一つの事柄は、本当に他愛ないものばかりで。
多分……この後、少し日が経ったら、話がそっちに転んでしまったきっかけも、内容すらも、殆ど忘れてしまうのだろうと思うけど。

多分、きっと。
この事だけは、みんな一生憶えているんじゃないかな……って。


そんな…星の欠片のような出来事が、一つ。







………それは、デザートのケーキが、ホールで出てきた時のこと。

こちらで切りますか、それとも、皆さんでやりますか?………と。
おっとりと微笑む店主の問いかけに対し、真花が一護と織姫を指名して言った。

「ウェディングケーキ入刀の、予行練習ってことで」

わっ……と、仲間達が沸く。
当然ながら一護は焦って椅子から腰を浮かせ、馬鹿言うな……と、怒鳴りかけた………の、だが。

何故か途中で、ふ………っと口を噤んでしまった。

その事を訝しんだ皆が、囃すのを止めて。
静かになった、店内。
一護がゆっくりと、織姫に視線を向けた。

「………お前は、どうしたい?」
「え……っ?! わ、私っ?!」

ぱちぱちと。その大きな目を何度も瞬かせて。
次に、視線をうろうろと彷徨わせて。
それを最終的には下に…恐らくは、膝の上の手に落として。
ぽつり………織姫は、応えた。

「だって………一護君、嫌…で、しょう?」
「………俺は…お前がどうしたいか訊いてるんだ」

静かな口調と表情で、一護が繰り返す。
恐る恐る…という感じで、織姫が顔を上げた……その、視線の先で。
一護が口元に、微かに笑みを浮かべた。
それは本当に……ごくごく僅かな、表情の変化だったのだけど。

『なんて、甘い………』

思わず、呆気にとられてしまった。
あの一護に、こんな表情が出来たのか………と。

付き合いの長い私ですらそうだから、他の仲間達が仰天しない筈が無く。
茶々を入れる事も忘れて、ただ黙って成り行きを見守っていた。

「え、と……その…………ちょっと、やってみたい…かも?…………デス」

頬を染め、俯き加減に、消え入りそうな声で呟く織姫。
一旦視線を彼女から外し、何やら考え込むような表情になった一護、は。
私が心の中でゆっくりと十を数え終わる頃、仲間達の顔をぐるりと見回すようにして言った。

「………悪ぃけど、撮影なんかは勘弁……ってことで」

それから背後を振り返り、店主の手からナイフを受け取って。
織姫に視線を戻し、にっ……と、その口の端を上げた。

「来いよ、織姫」

ぽかん………と。
ただ一護の顔を見上げるばかりで、椅子から動かない織姫。

苦笑しつつ、「ほら、早く」と。
再度促す一護の言葉に弾かれるようにして、慌てて椅子から立ち上る。
その時、がたり……と。椅子が立てた少し大き目の物音が、店内に響いて。
織姫同様に口を開けて呆けていた皆の、一時停止を解除した。

途端に、拍手や歓声、冷やかしの口笛で沸きかえる店内。
その中を、耳まで真っ赤に染めた織姫が、ぎくしゃくと一護に近付く。
そして、よろしくお願いします………と。
深々とお辞儀をしてから、ナイフを持った一護の手に、そっと自分の手を添えた。

「ではここで、夫婦になって初めての共同作業を……」

すかさず、披露宴定番の台詞を持ち出しておどける浅野。
余計な事言うんじゃねぇ、今すぐ止めるぞ………と、今更ながらに顔を赤くした一護が速攻で釘を刺す。

それから、何かを思いついたような表情をして。
服のポケットを探って自分のスマホを取り出すと、それを私に向かって差し出した。

「それで一枚だけ………な?」
「了解!」

笑って頷き、カメラを起動させる。

焦点等を調整する為に覗き込んだ、画面の中。
戸惑いながら、画像に残して良いのかと問う織姫に、一護が再び優しく笑った。

「家に帰ったら、転送してやるな? その代わり、どんなに頼まれても他人に見せたり送ったりすんなよ?」
「………うん!」

にっこりと。
花が綻ぶように、織姫が微笑む。


その、瞬間。


………何とは、なしに。
四月以降、二人が大切に積み上げて来た『日常』を、ふと垣間見たような気がした。

決して、スマートに……では、なく。
何事につけてもぎこちなく、不器用に……では、あろうけれど。
今みたいに……互いの気持ちを想い合い、支え合ってきたのに違いない。

何よりも。
いつも柔らかく微笑むばかりで、自分の望みや要求など押し隠してばかりいた織姫が。
きっと、一護の働きかけによるのだろう……少しずつ、甘える事を覚え始めているようで………。
その事が、殊更嬉しかった。


………出来ることならば『それ』、は。
私が織姫に、してあげたかった事なのだけれど。





『………ちょっと、悔しい…かな』

ほろ苦い嫉妬を味わいながら、二人には笑顔で、撮影の準備が出来た事を告げる。

一度、顔を見合わせて。
ナイフを持ち直し、二人はケーキの上にそっと刃先を乗せた。

「………せーのっ!」

仲間達からのかけ声に合わせ、さくりと微かな音を立てながらケーキに飲み込まれていく、銀光。
改めて二人を祝う仲間達の、拍手とおめでとうの言葉が飛び交う。

「一護、織姫!」

私の声に顔をこちらに向けた二人が、照れくさそうに微笑んで。
そのタイミングを見逃さず、画面を指先で弾く。

かしゃり……と、シャッターの切れる音。
一瞬のブラックアウトの後、画面に映し出される二人の静止画。


『末永く、お幸せに……ね? 』





同じ光景を、心のネガに焼き付けながら。
私は二人に向かって、とびきりのウィンクと共に、ぴしりと親指を突き立ててみせた。












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