銀河ステーション
私が感慨に耽っている間も、皆は相変わらず二人を肴に大騒ぎをしていた。
「あ…織姫、危なっ……?!」
「おおー、支えた支えた! お見事!! 相変わらずいい反射神経してるわねぇ、黒崎君」
「わ、なにどさくさに紛れて髪なんか梳いてるのよっ?!」
「髪に触るのって、それだけ相手に親密な愛情持ってるって事の顕れなんだってねー」
「くうぅっ、ラブラブですなぁ~」
「ム………」
「…………ちょっと…ねぇ、あんた達」
水を差すようで、多少気が引けたけれど。
「そろそろ止めたら? 気づかれたら…織姫はともかく、一護は絶対に怒るよ?」
「大丈夫だって。明るい場所から、レースのカーテンの中を覗くのは難しいっての、知ってるだろ?
実際有沢だって、俺達に気付かなかったじゃないか。
試しに手を振ったりとか、皆で散々試してたんだぜ?」
「それはそうだけど……でも私の時は、皆、席に着いたままだったんでしょう?
そんなに窓近くに居て、カーテンに張り付くようにして見てたら、いくら何でも気づか」
「あ………なんか、バレたっぽいかも」
小島の言葉に、ぴたりと止む声。
息を詰めるようにして、カーテンの向こう側を伺えば。
店の門まであと2メートルほどのところで、歩みを止めた一護がこちらをじっと見つめていた。
その隣では、織姫が戸惑った様子できょろきょろと、一護の顔と店とに交互に視線を向けている。
ごくり………と、誰かの喉が鳴る音がして。
次の、瞬間。
一護がくるりと、その身を180度回転させた。
途端に、店内に沸き起こる爆笑。
皆、お腹を抱えたり、机をばしばしと叩いたりしながら、そりゃもう遠慮の欠片すら無く笑う笑う!
「出たぁあああっ、回れ右っ!!」
「いやぁ、やるかなぁーとは思ったけどさぁ」
「く、黒崎君らしい~っ、らしすぎる~~っ!!!」
「ああほら、見て見て、織姫が必死になって引き留めてるよぉ」
あんまり笑いすぎて目尻に涙を光らせている人間だって、一人や二人じゃない。
独り、みちるだけがおろおろと、まるで綱引きの綱のように一護の腕を引っ張っている織姫を心配していた。
「みんな、いい加減にしてよ。このままじゃ二人とも帰っちゃうよぅ……」
「わかったわかった。んじゃ、そろそろ織姫に助け船出しますか」
ひいひぃと喉の奥を鳴らし、目尻を指先で拭いながら、真花と鈴がサッシに手をかける。
からりと音を立てて、開かれる硝子窓。
外から吹き込んできた優しい秋風に、レースのカーテンがふわりと揺れて。
反射的にこちらを振り返った一護と織姫の、大きく目を見開いた顔が、室内の誰の目にもはっきりと映った。
「二人とも! そんなとこでいちゃついてないで、さっさと上がっといで!!」
そんな真花の呼びかけと、窓に群がるようにして手招きする他のメンバーの姿、に。
織姫は瞬時に顔を赤くしてその場に俯き、一護は同じように顔に朱を上らせつつも、苦虫を潰したような表情でこちらを睨みつけた。
「ほら、早く!」
再度、促されて。
肩が大きく上下するほどの深いため息を一つ吐き、ようやっと一護は身体をこちら側に向けた。
その一護の顔を降り仰ぎ、織姫が安堵したように笑う。
私の隣。不安気に二人の様子を伺っていたみちるの口の端にも、笑みが浮かんで。
やれやれ……と、私もまた小さく息を吐き出した………その、直後。
ふ……っと、一護の身体が沈んだ。
え?……と思う間も、無く。
強くアスファルトを蹴る、一護のスニーカー。
「う、わぁっ?!」
当に弾丸のような勢いでこちらに向かって駆けだした一護に驚き、皆が慌てて窓辺から逃げ出す。
その背後で、ひらり………と。
ハードル走の要領で、一護が満天星(どうだんつつじ)の低い生け垣を飛び越えた。
靡く、橙色の頭髪。
陽光に透けて金色に輝くその軌跡が、網膜に焼きつく。
芝生に綺麗に着地を決め、そのまま勢いを殺すことなく窓まで駆け寄って。
真花達が閉め損ねたサッシに手をかけ、ばしんっ……と大きな音を立てて開け放って。
眉間の皺、通常の五割増しで。
まるで不動明王を思わせるような形相で、一護は怒鳴った。
「テメェら、ふっざけんじゃねぇええっ!!!」
わぁ、ごめんなさい、許して………と。
一応口では謝罪の言葉を並べるものの、相変わらず皆はげらげら笑ったまま。
誰も彼も本気で謝る気など無く、反省する気も無いのは明白で。
更に何事か苦言を言い募ろうと、一護が口を開きかける。
その腕に、こちらは礼儀正しく門から庭に入ってきた織姫が、慌てて取り縋るのが見えた。
「く、黒崎君っ! 此処、このお店以外は普通のお家ばっかりの住宅街だよ? そんな大声出しちゃ、駄目ぇ! 近所迷惑になっちゃう!!」
「だって井上、こいつら皆して、俺らの事見せ物にして笑ってたんだぞ?! しかもこんな…まるで覗き見するみてぇに………っ!!」
「きっと……皆、悪気は無かったんだよ、黒崎君! たまたま私達が最後に来たからこうなっただけで………」
「んな筈あるか?! 井上は、お人好し過ぎるんだ!
いいか?!
水色、チャド、石田はともかく、いつも時間ぎりぎりか遅刻常習の啓吾が、十分も余裕みてた俺達より先に此処に居るって事自体、十分怪しいんだよ!
絶対にこいつら、わざとこの状況を仕組みやがったに違いねぇっ!!」
「わかった! わかったから!!
とりあえず中に入ろうよ……これじゃ本当に、近所迷惑だし…余計な注目浴びちゃうよう………」
方や、怒りで興奮し過ぎて。
方や、慌てふためき過ぎて。
互いを旧姓で呼び合って…しかも、それに全く気付かない新婚若夫婦。
しょうがないなぁ………と。
髪を掻き上げつつ、小さく苦笑する。
その時、茶渡がおもむろに胸ポケットから何やら取り出し、親指で四度、ボタンらしきものを押した事に気が付いた。
「………何、してるの?」
ひょいと手元を覗き込めば。
大きな掌の中に収まっていたのは、バードウオッチング等で使う銀色のカウンター。
「いや…一護の妹達に頼まれてな………。
一護達が旧姓で呼び合った回数を、二人分トータルでいいから後でメールしてくれ……って」
「……………」
いつの間にあの双子ちゃん達と、メル友になったんだろう……とか。
何処でそのカウンターを調達したんだよ……とか。
そんな疑問が、頭の中を駆け巡ったけれど。
それよりも何よりも。
この男にしては珍しく、何処かイタズラっぽい光をその瞳に踊らせながら、にやりと口の端を上げた……その事に。
あんたも結局は、皆と同じ穴の狢かい………と。
くらり………感じる、目眩と頭痛。
『今日はちょっと…前途多難そうだねぇ、二人とも……?』
瞼を閉じ、眉間を強く指先で押さえて。
これから先の時間も、親友二人に降り懸かり続けるであろう災難を予想し、私はひそりと息を吐き出したのだった………。