銀河ステーション
日程調整をしていくなかで、真花と鈴が幹事に名乗りを上げてくれた。
何でも、近所に隠れ家的なカフェレストランが開店し、なかなか評判が良いのだとか。
「未だ、お酒飲めないんだし……さ。それなら食事やケーキが美味しい方がいいでしょ?
それに今日、学校帰りに寄ってちらっと相談してみたんだけど……もし本当に利用してくれるなら、貸し切りにしてくれるって」
「へぇ?! そりゃあ、いいね!」
「でしょ? この面子じゃ相当騒がしくなるだろうからさ。
他の客に気兼ねしなくていいってのは、かなり助かるじゃない?
料理もね、男子向けに肉系がっつりなのと、女子向けにヘルシーなのと、大皿にあれこれ盛ったらどうかとか、色々と提案もしてくれてるの」
「そっか……じゃ、もうそこに決定でいいんじゃない?」
「そう? じゃ、話進めちゃうね。後のことは私達に一任ってことでいい?」
「うん、頼むね」
………そんなやり取りを鈴とした日から、約三週間後。
いよいよ当日を翌日に控えた日の夜遅くになって、真花から電話がかかってきた。
「たつき、あんた織姫達と一緒に来ないんだって?」
「うん。私は朝稽古の手伝いがあるし、織姫は一護の奴が戻ってくるのが明日の開始時間直前だから、駅まで迎えに行ってから二人で来るって」
「じゃあさ、連絡してあった時間よりも、三十分くらい早く来られる?」
「三十分……は、キツいかなぁ。二十分前までなら、なんとか」
「じゃ、それでいいから……なるだけ早めに来てよ。織姫達以外は、皆その時間に集まるから」
「何で?」
「それは明日のお楽しみ」
「………何を企んでるの?」
「企んでるってほどの事じゃないよ」
あはは……と、真花は笑って。
くれぐれもこの事は、織姫達には内緒だよ……と念を押されて、通話終了。
頭の中を、ぐるぐると飛び交うハテナマーク。
それをを追い出すように、ひとつ頭を振って。
翌朝の稽古に備えて、私は早々にベッドに潜り込んだ。
翌日。
鈴から送られてきた地図を頼りに、急ぎ足で店に向かう。
閑静な住宅街のど真ん中、細い路地に入って、その突き当たり……と言うことだが、目の前に見えるのは極普通の一軒家だ。
「……曲がるとこ、間違えたかな?」
首を捻りながら地図を確認するものの、『薔薇屋敷』と地図にメモ書きしてあったとおりの住宅を目印に、路地に入った筈である。
戸惑いつつ小走りに道の奥へと歩を進め、その家の前で立ち止まり……そこでようやく、木製のドアに掛けられた控えめなサイズの店名プレートに気が付いた。
「……こりゃ確かに、『隠れ家』だわ」
そう小さくひとりごちた時、からりと音を立てて玄関脇の部屋の掃きだし窓が開いて。
真花がひょこりと顔を出し、笑いながら早く上がって来いと急かしてきた。
よくよく目を凝らせば、室内から手を振る仲間達の姿がレースのカーテン越しに透かし見える。
私は慌てて玄関ポーチに駆け込み、ドアを開いた。
その勢いが良すぎたのだろう、大きな音を立ててドアベルが鳴り響いて。
驚いて頭上を降り仰いだ私の耳に、穏やかな女性の声が届いた。
「いらっしゃいませ」
目線を下に戻せば、『赤毛のアン』や『大草原の小さな家』の世界から抜け出てきたような初老の女性が、真花達の居た部屋への入り口であろうドアを開いて立っていた。
今日はお世話になります……と頭を下げて、たたきに上がる。
靴を揃え直して廊下を進み、そうっと部屋の中をのぞきこめば。
少し広めで、壁のあちこちに天体写真が飾ってある事以外、そこは一般家庭のリビンと何ら変わりのない部屋で。
その中央、四人掛けや二人掛けのテーブルを組み合わせ、その周囲をぐるりと取り巻くように、かつての仲間たちが座っていた。
お待たせ……と挨拶すれば、久しぶり、元気だった?……と返される、懐かしい笑顔と声。
皆、とても元気そうで、それだけで何だか嬉しくて心が踊る。
織姫と一護を除けば、最短でも夏休み以来。
最長では卒業式以来…約半年振りの再会になる相手もいて。
私服姿であるという事を差し引いても、学生時代と比べて、誰もが随分と大人びて見えた。
特に男子は、もう誰も『少年』では無い。
その事に幾ばくかの淋しさのようなものを覚えながら、私は空いていた席に着いた。
「なかなか良いタイミングで来たね、有沢さん」
にこやかに微笑んで、小島が言う。
「良い、タイミング?」
「うん。早くもなく、遅くもなく、実に絶妙。多分、ね……もうそろそろだと思うんだ」
そして椅子の背もたれに片腕を預けるようにして、背後の掃きだし窓を振り返って。
くすり……と小さな、笑みを漏らした。
「ほら……噂をすれば何とやら………ってね?」
その小島の言葉を合図に、皆が一斉に掃きだし窓へと視線を向ける。
訝しみつつ皆に倣えば……先刻まで私が歩いていた店へと続く小道に、遠く二つの人影。
仲良く寄り添って、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる……その二人の頭髪は、遠目にも見紛うことない鮮やかな橙と胡桃。
「来たよ、来たよ、来ましたよ~ぉ!」
掌を擦り合わせながら、浅野が呟いて。
テーブルから身を乗り出しただけでは足らず、席を立って窓際へと寄っていく。
「お?! どうやら二人は手を繋いでる模様ですっ。ああああなぁんて羨まスぃぃいっ!!」
「あ…立ち止まっちゃった……たつきと同じだね、道を間違っていないか確認してるみたい」
「うわぉ、頭、ごちんてしそうなくらいに顔が近いねぇ。
………よしっ黒崎君、そのままさりげなく織姫にキスしちゃえ!」
「それは無理じゃないの? いくら人目が無いからって、公道でキスなんて事、黒崎君にはハードル高すぎ……って……え? ええええっ?!」
「きゃああああ!」
「うぉおおおっ?! でこちゅーだ、でこちゅー!! あの一護が、でこちゅーぅっ!!!」
「やってくれますねぇ」
「ム………」
「おのれ黒崎いぃっ、私のっ、私のヒメをっ、白昼堂々往来で襲うとはぁぁああ?!」
「襲ってない、襲ってない。ましてや織姫はあんたのものじゃない」
「……………あんた達、さ」
暫くの間、盛り上がる仲間達を唖然として眺めていたのだけど。
「まさか……この為だけに、早々と集まってた訳?」
我に返ってぼそりと呟けば、皆、にんまりと笑って頷き返してくる。
下手なウィンクしつつ親指立てて寄越す浅野に、おそらく発案者はこの男なんだろう……と、推測。
心底呆れ果て、大きなため息を吐いた私の心の内を代弁するかのように、隣から石田の声が上がった。
「全く…よくもまぁ、こんな悪趣味な事を思いつくものだよね………」
しかしながら、そう言う石田自身も席こそ立ちはしないものの、視線はしっかり窓の外である。
「………人の事、言えるの? 自分だって、ちゃっかり時間前に集合しておいて」
咎めるように問えば、軽く肩を竦めて。
「少なくとも、僕はこんな事を自発的に思いついたりはしない。
この差は大きいだろう?
それに……こんな面白そうなもの、僕だけ見逃すなんて手はないじゃないか」
しれっとした顔で、そう言い放った。
それから、少し苦笑気味に微笑んで。
「それとね……井上さんが本当に幸せでいるのかどうかも、知りたかったんだ。
ほら…どんなに辛い事があったって、彼女は僕らの前ではそれを見せるまいとするだろう?
だから………さ。
まぁでも、余計な心配だったようだね。
ああ、ほら……なんて綺麗に笑うんだろう。
本当に悔しいけど……彼女にあんな表情を浮かべさせる事が出来るのは、黒崎だけなんだよなぁ………」
まるで、太陽に憧れる吸血鬼のような……そんな表情で、石田が目を細める。
私は黙って、窓の外に視線を戻した。
確かに織姫は、とても幸せそうだ。
………だけど。
織姫、以上に。
隣を歩く、一護の。
その顔に浮かんだ、表情の。
なんと暖かく、穏やかなことだろうか………。
母親を亡くしてから、ずっと。
まるで、断崖絶壁を背にしているかのように。
常に心を張り詰めて。
何かに追いつめられているような……そんな印象が拭えなかった、一護。
それが………。
………笑ってる。
とても…とても、幸せそうに。
心の底から、安らいだ表情で………。
『良かったね…一護……織姫も…本当に………』
雛鳥に巣立たれた、母鳥のような……そんな淋しさを感じつつも。
心の奥の隅々にまで、暖かな想いでいっぱいに満たされていく……そんな感覚、に。
涙が溢れてこぼれおちそうになるのを、私は必死になって堪えていた………。