桜幻想〜夢見草の見る夢〜
(初出:不明。恐らく、2013年の春に書いています)
風に舞う、無数の薄紅色の花弁。
それを目にした瞬間、甦る記憶。
『あぁ……多分きっと、今日だ』
そう、確信した。
【桜幻想・Ⅱ】
ノートが切れていたのを、思い出した…と。
そんな適当な理由をつけて、夕食後に独りで家を出た。
そうして向った先は駅前ではなく、高台の公園。
途中、コンビニに寄ってノートを購入。
アリバイ作りは、これでOK。
会計してもらおうと並んだレジ前、ふと、目に留まったガラスケース。
「チョコまん」なるものが目に入り、思わず購入。
ほかほかと温かい紙袋の中、詰めてもらった「チョコまん」は二個。
1つは、俺の。
もう1つ、は……。
「……気に入って、くれっかな」
ちいさく呟き、夜道を急ぐ。
公園の入り口まで、残り数メートル。
花弁と共に風に乗り、俺の耳に届いたのは柔らかなソプラノ。
優しい優しい、彼女の歌声。
「やっぱり、な……」
知らず綻ぶ、口元。
園内に足を踏み入れれば、予想に違わずジャングルジムの上に人影。
二年前と、同じ。
胡桃色の髪を風にゆるく泳がせて、桜を見あげて歌っている。
水銀灯の光に、照らされて。
舞い散る桜吹雪の中、闇に浮かびあがるその姿は、酷く幻想的だ。
「……井上!」
歌の終わりを待って、声をかける。
慌てて俺を振り返った彼女の瞳は、当然ながら真ん丸だ。
何で、とか。
どうして、とか。
狼狽えつつの問いかけには一切答えず、さっさとジャングルジムに取り付いて。
頂上まで登ると、井上の鼻先にずいっと紙袋を突き出す。
「……なぁに?」
「チョコ味の中華まん、だとさ」
「ぇえ?!」
驚く彼女の隣に、腰かけて。
袋から一つを取り出し、その小さな掌に乗せてやった。
「……あたたかいね」
小さく、微笑んで。
両手で掴み直し、口元にチョコまんを運ぶ井上。
それを横目に見ながら自分の分を取り出して、大口開けてかぶりついた。
「美味しい…!」
「……俺にはちょっと、甘すぎかな」
「そうだね。黒崎君はチョコ好きって言っても、普段食べてるのは専らビターチョコだものね」
「ああ」
それから、しばし無言で。
互いに互いのチョコまんを、平らげる。
……今。
俺と、彼女との距離は、1㎝。
触れそうで、触れない…だけど、確かに体温を感じる距離。
泣きたくなるほどに、幸福だ……と。
そう、感じる一方で。
胸が引き裂かれるように、辛い……とも、思う。
たかが、1㎝。
されど、1㎝。
力を失った、今の俺にとって。
決して縮めることの出来ない、絶対の不可侵領域。
それでも……。
「……あの、ね?」
「ん?」
「憶えてくれていて、嬉しいよ。私がここで、こうして夜桜すること……」
「………井上…」
「本当に、ありがとう。来てくれて…一緒に居られて、嬉しかった」
「……ああ」
……夢見ずには、いられないんだ。
彼女との距離が、零になる。
その、いつかの未来を。
来年も、再来年も、そのずっとずっと先までも。
二人で一緒に、桜を見上げる事が出来たなら…と。
たとえ、それが。
舞い散る小さな花弁よりも、儚い希望とわかっていても。
それでも……。
終
風に舞う、無数の薄紅色の花弁。
それを目にした瞬間、甦る記憶。
『あぁ……多分きっと、今日だ』
そう、確信した。
【桜幻想・Ⅱ】
ノートが切れていたのを、思い出した…と。
そんな適当な理由をつけて、夕食後に独りで家を出た。
そうして向った先は駅前ではなく、高台の公園。
途中、コンビニに寄ってノートを購入。
アリバイ作りは、これでOK。
会計してもらおうと並んだレジ前、ふと、目に留まったガラスケース。
「チョコまん」なるものが目に入り、思わず購入。
ほかほかと温かい紙袋の中、詰めてもらった「チョコまん」は二個。
1つは、俺の。
もう1つ、は……。
「……気に入って、くれっかな」
ちいさく呟き、夜道を急ぐ。
公園の入り口まで、残り数メートル。
花弁と共に風に乗り、俺の耳に届いたのは柔らかなソプラノ。
優しい優しい、彼女の歌声。
「やっぱり、な……」
知らず綻ぶ、口元。
園内に足を踏み入れれば、予想に違わずジャングルジムの上に人影。
二年前と、同じ。
胡桃色の髪を風にゆるく泳がせて、桜を見あげて歌っている。
水銀灯の光に、照らされて。
舞い散る桜吹雪の中、闇に浮かびあがるその姿は、酷く幻想的だ。
「……井上!」
歌の終わりを待って、声をかける。
慌てて俺を振り返った彼女の瞳は、当然ながら真ん丸だ。
何で、とか。
どうして、とか。
狼狽えつつの問いかけには一切答えず、さっさとジャングルジムに取り付いて。
頂上まで登ると、井上の鼻先にずいっと紙袋を突き出す。
「……なぁに?」
「チョコ味の中華まん、だとさ」
「ぇえ?!」
驚く彼女の隣に、腰かけて。
袋から一つを取り出し、その小さな掌に乗せてやった。
「……あたたかいね」
小さく、微笑んで。
両手で掴み直し、口元にチョコまんを運ぶ井上。
それを横目に見ながら自分の分を取り出して、大口開けてかぶりついた。
「美味しい…!」
「……俺にはちょっと、甘すぎかな」
「そうだね。黒崎君はチョコ好きって言っても、普段食べてるのは専らビターチョコだものね」
「ああ」
それから、しばし無言で。
互いに互いのチョコまんを、平らげる。
……今。
俺と、彼女との距離は、1㎝。
触れそうで、触れない…だけど、確かに体温を感じる距離。
泣きたくなるほどに、幸福だ……と。
そう、感じる一方で。
胸が引き裂かれるように、辛い……とも、思う。
たかが、1㎝。
されど、1㎝。
力を失った、今の俺にとって。
決して縮めることの出来ない、絶対の不可侵領域。
それでも……。
「……あの、ね?」
「ん?」
「憶えてくれていて、嬉しいよ。私がここで、こうして夜桜すること……」
「………井上…」
「本当に、ありがとう。来てくれて…一緒に居られて、嬉しかった」
「……ああ」
……夢見ずには、いられないんだ。
彼女との距離が、零になる。
その、いつかの未来を。
来年も、再来年も、そのずっとずっと先までも。
二人で一緒に、桜を見上げる事が出来たなら…と。
たとえ、それが。
舞い散る小さな花弁よりも、儚い希望とわかっていても。
それでも……。
終