この、美しい世界に……君と



もし、【この、美しい…】の世界の一護さんの勤め先の病院が、梶尾真治:著【クロノスジョウンタ-の伝説】の鈴谷樹里の勤め先と同じだったら?










※【クロノスジョウンターの伝説】を知らない方には、何がなにやらわからない話になっています、ごめんなさい。
クロノスジョウンターとは、かなり欠陥だらけのタイムマシンのことです。















「……惜しい人材だったよな…」

長期に渡って通院を続けている患者のカルテを見ながら、思わずつぶやいた。
その俺の声を、後輩の女医である野方は聞き逃さなかったらしい。

「誰の事です?」
「鈴谷だよ。新人だったお前の、指導を任されていた…」
「ああ……!」
「あれからもう、10年か。
ある朝突然、医局長の机の上に辞表を出して、それきり行方不明だなんて……。
いくら、担当患者についての綿密な引き継ぎ書を残していったとは言え、責任感の強い彼女からは想像も出来ない退職の仕方だったよな………って…おい、野方?」

そわそわと落ち着きなく視線を彷徨わせる後輩を、いぶかしげに見つめれば。
しばし無言で何やら思案していたらしい彼女は、俺の目を真正面から見て言った。

「黒崎先生……口は固い方ですよね」
「一応、そう自負してはいるけれど」

戸惑いつつも、頷けば。
野方は一度大きく深呼吸した後、少し声のトーンを落としてこう言った。

「……私、鈴谷先生が何処へ行ったか知ってるんです」
「え…?!」
「あの……黒崎先生って、理系の方には珍しく、SFとかオカルトめいたお話にご理解がありますよね?」
「まぁ…な」

そりゃあもう、十代半ばから色々とありましたもので。

「これは、他言無用に願いたいのですが……というか、そもそも他人に話したところで信じて貰えるかどうか疑問なのですけれど。
でもきっと、黒崎先生なら笑わずに話を聞いて、信じてくださると思って……」

そして野方は一段と声を潜めると、実にとんでもないことを言い出したのだ。


「鈴谷先生は、過去へ跳んだんです。タイムマシンに乗って……」
「タ、タイムマシン?!」
「しーっ!! 声が大きい!!!」
「あ…わ、悪ぃ……」

頭をかしかしと掻きながら、謝れば。
野方は少し淋しそうな笑みを浮かべて、ゆっくりと首を横に振った。

「やっぱり、にわかには信じがたいですよね」
「………」
「私の夫が、様々な機器の開発に取り組んでいるエンジニアだ…っていうのは、ご存知ですよね?」
「ああ」
「その彼が中心になって開発をしていたマシーンなんです。名前を、クロノスジョウンターと言います」
「クロノス…」

それは確か、ギリシャ神話に出てくる神様の名前だ。

「残念ながら、マシーンの開発は現在では中止になっています。
動作上、色々と問題があることがわかったので……。
でも…彼は諦めきれずに、今でも独自で装置類の改良に取り組んでいるんです。
その話を聞いた鈴谷先生は、先生が幼いころにチャナ症候群で亡くなった初恋の人を助けるために、彼を説得してクロノスに乗り込んで…そして、ワクチンを抱えて過去へと旅立っていったんです」
「………それで、彼女は目的を果たしたのか?」
「それは…今は未だ、分かりません」
「何故?!」
「先程、クロノスには色々と問題があると話しましたよね?
実は…時間を遡る事に対する副作用というか、反作用というか……過去へと跳躍した人間は、ある一定時間を経過すると、元居た時間よりもはるかに遠い未来へと弾き飛ばされてしまうことがわかったのです」
「……え?」
「鈴谷先生が目的を果たしたにせよ、失敗したにせよ……先生が最終的にたどり着くのは、今から更に数十年を経過した後の世界になる筈です」
「そん…な……」

話を聞いているだけで、眩暈がしそうだった。
だけど……俺には、わかる。
例えどんな犠牲を払ってでも、愛する人を助けたい……その、鈴谷先生の気持ちが。



『………井上』



ゆっくりと、目を閉じる。
瞼の裏、鮮明に浮かび上がるのは、胡桃色の髪を揺らして微笑む彼女の姿。

……そう、俺だって。
彼女を救うことが出来るなら、例えおのれ自身を犠牲にすることをも厭わないだろう。
もう一度、この腕に彼女を抱けるなら。
その夢さえ、叶うなら……!





「………野方、頼みがあるんだ」














(………続く?)


何はともあれ、何等かのカタチで織姫さんを救うバージョンは、いつか書きたいものですね。
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