佐保姫


(初出:2015.1.1 旧サイトの日記より)







リビングでテレビを観つつ談笑しながら、時計の針が零時を指すのを待って。
皆で「明けましておめでとう」を言いあった後で、各々の部屋へと引き上げた。
井上は、俺と一緒。
当然だろ…と言いたいところだけど。
実を言えば、それは妹達とガチでじゃんけん勝負して、やっとのことで手に入れた権利だった。
正直な話。
婚約している身でありながら、熾烈なバトルを征する必要があるだなんて、絶対に何か間違っている!……と、声を大にして言いたい。
相手が、あの家族でなければ……。


……と。
それはまぁ、さておいて。



階段を昇り、井上と前後して部屋に入って。
ドアを閉めると同時に、その瘦躯を抱きしめた。
ほんの一瞬、身体を強張らせたものの。
すぐに力を抜いて、俺の肩口に額を押し付けながら、ゆっくりと体重を預けてくれる愛しい恋人。

しばらく、そうして。

やがて、柔らかな胡桃色の髪に埋めていた顔を静かに上げればそれだけで、彼女は俺の意図を理解してくれたらしい。
僅かに緩めた腕の中で、井上がゆっくりと俺の顔を振り仰ぐ。

絡まる、視線。
そっと落とされる、瞼。

そうして俺たちは、今年初めてのくちづけを交わした。





「……甘い、な」
「黒崎君は、ちょっと苦い」

触れあった直後に特有の、奇妙な気恥ずかしさもあって。
目を閉じ、互いの額をくっつけたままで、くすり…と小さく笑い合う。

俺は親父や夏梨と一緒に、ビールを。
井上は遊子と一緒に、甘めのカクテルを飲んでいた。
勿論お互いに歯磨きはしたけれど、身体に溶け込んでしまった成分までは消しようがないので仕方がない。

「くろさき、くん…」
「…っ、?!」

不意、に。
俺の腕の中、背伸びをした彼女からキスされた。
驚いて固まると同時に、俺の首にゆるりと巻きつく細い腕。
大好き……と。
耳元で囁かれた微かな呟き声が、俺の鼓膜を甘く震わせた。

「酔ってる…?」
「……うん、ちょっと。みんなとのおしゃべりが楽しかったから、つい…いつもより多く、飲んじゃったかも……」
「そっか…」

子供をあやすように彼女の背をぽんぽんと叩きながら、ゆっくりと左右に身体を揺すってやれば。
くすくす…と、くすぐったそうな笑い声が胸元から上がる。

「そろそろ、寝るか?」
「うん…」

返される声は、何処かとろん…としていて。
俺はひとつ苦笑を零すと、片手を彼女の膝裏に回し、横抱きに抱き上げた。
いつもなら「ひゃあっ?!」だの「うぎゃあっ?!」だの、色気の欠片もない悲鳴が彼女の口から上がるところだけれども。
今は余程眠いのか、それとも酔いのせいなのか。
恐らくはその両方だろうと思うけれど、それはそれは幸せそうな笑みを浮かべながら、俺にされるがままになっている。

井上を落とさないように注意しながら、掛け布団をめくって。
そっとベッドに彼女を横たえると、自分もその隣の空間に滑り込んで、彼女ごと布団にくるまった。
すり寄ってきてくれたのを良いことに、その身体に腕を回せば。
俺の鎖骨のあたりに額を押し当てながら、パジャマの胸元あたりをきゅっと掴んでくる井上。
その、何かに怯えているかのような仕草に、俺は思わず眉根を寄せた。

「……どうした?」
「夢じゃ、ないよね……?」
「井上…?」

髪を梳いていた手が、止まる。

「……時々、どうしようもなく怖くなるの。
これが夢だったら、どうしよう……って。
目が覚めたら、高校生に戻っていて…マンションのベッドに独りで寝ているんじゃないかしら…とか。
窓から見える景色が、あの、白い砂漠ばかりが広がる世界だったりするんじゃないか…って……」
「いのうえ……」

抱き締める腕に、力を込めて。
秀でた額に、唇を押し当てて。
そして…耳元で、囁く。

大丈夫だよ……と。


「くろさき…くん……」
「夢なんかじゃ、ねぇから。
お前…ちゃんと、此処に居る。
俺の、腕の中に居るから……」
「……うん…」

こくり…と、肯いて。
まるで縋り付くようにして、一層身体を摺り寄せてくる井上。
幼い子供を宥めるように、根気よく髪を梳いてやれば。
漸く彼女の身体から、少しずつ強張りが解けていった。


「……もう、寝ろ」
「うん…」
「おやすみ、井上」
「おやすみなさい、黒崎くん……ありがと…」


そうして。
俺の腕の中、彼女がゆっくりと眠りに落ちていく。

呼吸が安らかな寝息に変わったのを、確認して。
もう一度、彼女の額に柔らかなくちづけを落とすと、俺もまた静かに瞼を閉じた。



……おやすみ。
愛しい愛しい、未来のヨメさん。



次に二人、目を覚ました時に、は。
今年初めての、「おはよう」を……君に。

夢ではない事の、証に代えて。















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