銀河通信



【雨降る午後の子守唄】
(初出:2015.11.8)







呼び鈴を鳴らすも、部屋の主からの応答は無い。
三度目を数えて諦めのため息を吐いた織姫は、鞄から取り出した鍵を鍵穴へと差し込んだ。

「……お邪魔します」

いつでも来て良い…と言われて渡された鍵だし、今日の訪問は以前から約束していたことであるとはいえ、やはり無断で部屋に上がり込むことについては、若干気が引ける。
忍び足でキッチンを横切り、そっと部屋の戸を開いた織姫は、窓下に置かれたベッドへと視線を向けた途端に柔らかく顔を綻ばせた。

「居た……」

丁度こちら側に顔を向けて、くうくうと寝息を立てているのは、オレンジ色の髪をした愛しい人。
より一層足音に気をつけて近づきながら、最近課題をこなすのが大変で、あまり睡眠時間を確保できていないと一護がぼやいていたことを思い出す。

「大分お疲れのようですね…」

机の上に出しっぱなしのノートパソコンと、書き散らされたメモ書きに目をやりながら、ベッド脇に膝をついて。
そっと寝顔を覗き込めば、泣きたくなるほどの愛しさが胸の奥底からわきあがった。

「ふふ……可愛い………」

眉間皺の消えたその顔は、いつもよりも彼を幾分年若く見せている。
それでいて。
未だ整髪料のつけられていない髪がさらりと額にかかって、目のあたりに淡い影を作っている様子には、どこか大人の男性の色香を感じさせられるものがあった。

「……だいすき…」

呟きながら、無意識に手を伸ばして。
あと数ミリで前髪に手が触れる…というところまできて、織姫は慌てたようにその手を引っ込めた。

「駄目駄目! せっかくのお休みなんだもの、ゆっくり眠らせてあげなくちゃ…」

幸か不幸か、今日は雨天。
予定していたお散歩は、どのみち中止だ。
ならば存分に、彼を寝かせてあげよう……織姫はそう決めて、静かに床から立ち上がった。

「……おやすみなさい、黒崎君」

穏やかに微笑みながら、呟いて。
そっと踵を返して台所に向う。

先程玄関から入ってきたときに、シンクに食器が積みっぱなしになっているのが見えた。
男性にしては比較的綺麗好きで、食器や服などの洗い物を滅多に溜めることのない一護がこの有様なのだ、やはり相当に疲れているのだろう…そんなことを考えながら、着ていた上着を脱いで腕まくりをする。

「さて、やりますか!」

スポンジを泡立てて、出来るだけ音を立てないように気をつけながら、丁寧に食器を洗い出す。
無意識に歌い出すのは、子守唄。
夏のお泊り保育の際に、家や家族を恋しがってなかなか寝付けずにいた子供達の背を叩きながら、聴かせてやったものだった。





……おやすみなさい、安らかに。
愛しい愛しい、私のあなた。










冷たい雨の降り注ぐ、晩秋の日曜日。
目覚めた彼が優しく彼女を抱きしめるまで、あと二時間……。















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