銀河通信



【星屑ファンタジア】
(初出:2013年の一護誕SSとして、トップページに掲載)






俺の学年が上がるにつれ、大学の実習やら何やらで半端なく忙しくなって。
井上は井上で、学期末関係の書類作成や夏休み中の園行事の準備だとか、その多諸々仕事が積み重なる時期で。

俺の誕生日当日にデートする…なんて事が難しくなってから、今年で早三年目になる。


淋しくない……と言えば、それはもう大嘘だ。
だけど、俺にとっても彼女にとっても、此処が人生で1,2を争う踏ん張りどころであるのは間違いなくて。
一つ屋根の下で暮らす日を望むからこそ、今があるのだ……と。
自分に言い聞かせながら、彼女から遠く離れた星空の下で眠りに就く日々。



今日もまた、いつかの未来を心に描きながら、瞼を閉じようとした……その時だった。
机上で充電中だったスマートフォンから、流れたメール着信音。
たった一つの番号の為だけに設定したその音楽に、慌てて飛び起き手を伸ばす。

「お誕生日、おめでとう」のタイトルに、とくりと心臓を鳴らしつつ開封したものの。
しかしながらそこには、一言のメッセージも無く。
どこぞのサイトのアドレスと、そこにアクセスするのに必要なパスワードらしき文字と数字の羅列だけが、貼り付けてあった。


「………?」


首を捻りつつ、画面をタップして。
繋がったその先は、音楽投稿サイト。

早速パスワードを打ち込み、再生をかける。
そして流れてきた音楽を耳にしたとたん、喉元に熱い塊がこみ上げた。

星の瞬きのような響きを持つ、ハープの音色。
そして…それを伴奏に紡がれる歌声は、間違いなく愛しい人の柔らかなソプラノだったから………。







昨年の春に入園してきた園児の保護者が、ハープセラピストを生業としているとかで。
興味を持った井上が習い始めたのが、今年の春の事。

「なかなか練習時間が取れなくて……未だ、きらきら星を両手ユニゾンで弾くのが精いっぱいなの」

そう言いながら苦笑していた、五月の連休の逢瀬時を思い出す。


確かに……演奏自体の拙さは、どうしたってあるけれど。
それでも「弾き語り」がどれだけ難しいか…なんてことは、俺にだって多少は解る。
きっと仕事の合間や…恐らくは睡眠時間を多少なりとも削りつつ、毎日一生懸命練習してくれたのに違いない。
それに………。



“Happy birthday, dear 一護くん……
 Happy birthday to you”



………ああ、井上。
お前…『一護くん』のところだけ、微妙に声が小さくなってるぞ?

思わず口元を押さえながら、くつくつと笑う。

強請っても、強請っても、「だって、恥ずかしいよぅ」と。
これまで決して呼んでくれた事の無かった、俺の名前。





なぁ、井上……?
歌っている時も、これを送ってくれる時にも、どれほど勇気が要った?





顔を真っ赤にして、震える指を叱咤しながら、送信ボタンを押す………。
そんな井上の姿が、容易に脳裏に思い浮かんで。

溢れだす彼女のへ愛しさに、泣きたくなるのを必死に堪える。







「………ありがとな、井上」







幾度も、再生を繰り返した後。
翌朝もまた早朝から始まる実習を考え、名残惜しさいっぱいの気持ちで、操作を終了する。

勿論、ブックマークも忘れずに。

どうやらダウンロードも可能なサイトのようだから、明日にはパソコンの方からもアクセスして、データを取り込んでおこう。
……そんな事をつらつらと考えながら、枕に頭を預ける。







来月になれば。
夏季休暇を利用して、井上がこの街にやってくる。

きっと彼女はその時も、俺を面と向かっては「一護君」と呼べないだろう。

その彼女の目の前で、タブレットやスマホからこの歌を流してやったら……一体どんな反応をするだろうか?

恐らく。
顔と言わず全身真っ赤に染めて、きゃあきゃあと騒ぎながら俺に殴り掛かってくるんじゃなかろうか………。


そんな情景を想像して、思わず吹き出してしまう。



こんな意地悪を思いつきながら眠りに落ちることの出来る俺、は。
多分……相当の幸せ者に違いない。







黒崎一護、本日をもって二十四歳。
大学六年生。
卒業まで、あと九か月。

来年の今日は、空座で。
彼女の、隣で。
共に今日の日を過ごせることを、願って………。
















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