銀河通信



【休暇の終わりと、秋の約束】
(初出:2014.8.17)










「…井上……そろそろ、起きろ」
「んー……」

そっと肩を揺すられて、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
まず最初に視界に飛び込んできたのは、燈色の髪。
そして…その前髪の下にある、優しく細められた瞳
それはカーテンの隙間から差し込む朝日のせいで、きらきらと輝く蜂蜜色に透けている。


『…綺麗……』


思わず見とれてしまった、そんな私の反応に気付いているのかいないのか。
黒崎君は私の頭部へと手を伸ばすと、くしゃりと髪を掻きまわしながら、再度「起きろ」と言った。

「そろそろ支度しねぇと、間に合わなくなるぞ」
「うん……」

返事をしたものの。
私は起き上がるどころか、むしろタオルケットを目の上まで引き上げてしまった。

「いーのーうーえー?」

溜息交じりの声が、困ったように私の名を呼ぶ。

怒ったかな、呆れちゃったかな……と。
不安を覚えながら目だけを布団の上に出して、こっそり彼の様子を伺えば。
そこにあったのは予想に反して、とても穏やかな微笑みで……。

ほぅ…と小さく、安堵の息を吐く。
それから、まるで小さな子供が親に強請る時のように、私は両腕を黒崎君に向かって差し出した。

くしゃり…と、苦笑の形に顔を歪めつつ。
私を押しつぶさないように加減しながら、覆いかぶさってくる黒崎君の身体。
軽く背を浮かせれば、ベッドとの隙間からするりと入り込んできた腕に、ぎゅう…と力強く抱きしめられる。
私もまた彼の広い背中に腕を回し、肩口に額を押し付けた。

すぅ……と、深く息を吸う。
黒崎君の匂いに包まれて、とてつもなく大きな安心感に満たされていく心。



……このまま、時が止まってしまえばいいのに。



「……汗臭く、ね?」
「全然。私こそ……」
「いや、全然」

そう応えながら、ベッドに乗り上げてくる黒崎君。
そしてそのまま、彼は私の横にごろりと横たわった。
彼に抱き締められている私も、つられて横向きになる。

私が顔を上げるのと、黒崎君の片方の手が私の頬を包むのと……ほぼ、同時だった。

「くろさ……」
「溜め込まないで、言ってみ?」
「……え?」
「本音。言ってみ?」
「……言ったら、黒崎君を困らせちゃうもの…」
「吐き出さなかったら、お前が辛いだろ?」
「………」
「言ったところで、お前は自分のすべきことを忘れない。俺はそれを、よく知ってる。
だから…せめて吐き出せ。んでもって、少しだけでも楽になってから行けよ」
「くろさき…く……」

優しく前髪を撫で上げられて、額に彼の唇が押し当てられる。
それが、引き金となった。


「……帰りたく、ない」
「うん」
「ずっとずっと、一緒に居たい」
「うん」


胸元にしがみつきながら、淋しさをぶつける。
黒崎くんは頷きながら、手櫛で髪を梳いてくれていて……その指から伝わる優しさに、涙が零れた。


「好き、なの」
「ああ」
「大好き、なの……」
「ああ」
「…好き…大好き……」
「ああ、俺もだ……」


頬を伝う涙が、骨ばった手で拭われていく。
大きな大きな…男の人の、手。
甘えるように掌に頬を摺り寄せれば、くい…と仰向かされて。
そっと重ねられたのは、唇。


「井上……」


………好きだ、と。
耳元で囁かれた声に、もう一滴だけ涙を零して。
それを最後に、私はゆっくりとベッドから起き上がった。





「……シャワー、借りるね?」
「ああ」

帰宅の為の洋服を一式用意して、立ち上がる。
バスルームへと向かおうとして…その時、まるで引き止めるかのように背後から肩を抱きすくめられた。

「くろ……?!」
「……九月の連休には、俺が空座に行くからな」
「え……あの、でも…」
「運動会の準備で忙しくって、構えないって言うんだろ? 解ってるよ。だからこそ、俺がそっちに行くんだ」
「黒崎君……」
「この前、バイト先の賄いで出た料理がすげぇ美味くてさ。レシピ聞いたから、お前ん家で作ってやる。
それだけじゃねぇぞ、ポンポン作りでも衣装造りでも、手伝えることは何でもやってやる……だから」


………一緒に、居させてくれ。


囁かれた言葉に、熱くなる胸の内。
離れて過ごす日々はやはり淋しいけれど、心はきっと、いつだって互いの隣にある。
それはなんて、幸せなこと……。


「……有難う。楽しみしてるね」

緩めてもらった腕の中。
身体を反転させると、めいっぱい背伸びをして私から口づける。
黒崎君は一瞬呆気にとられたような顔をして私を見つめた後、耳まで真っ赤になって。
そして、笑った。

眉間の皺はそのままに。
でも…幼い子供のような、屈託のない笑顔で………。











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