銀河通信



【ラスト・ホワイトクリスマス】
(初出:2013.12.25)










雪を、見ていた。
窓の外…静かに舞い落ちる、白く小さな六花達を。

「……どうかしたか?」

背後から、優しい声。
振り返れば、穏やかに微笑む黒崎君。
風呂上りの濡れた髪にタオルを被って、ビール缶を片手に持って。

「雪…見てた……ホワイトクリスマスだなぁ…って」

ビールを飲み干す彼の、露わになった喉元。
そこから続くすらりとした首筋に、どきり……と一つ、鼓動が跳ねて。
慌てて窓の外へと、視線を戻す。

その私の耳に、「今更?」……と。
何処か可笑しそうな響きを持った声が、届く。

「もう、6年目だろ」
「うん……そうなんだけど、ね」


初めてこの場所で、黒崎君と二人だけのクリスマスを迎えた日。
美しく雪化粧された街並みに、感嘆の声を上げたのも束の間……次の瞬間、酷く打ちのめされたような気分を味わった事を覚えている。

この時期、東京に雪が降ることはまずない。
それだけ…普段の私と黒崎君は、遠く距離を隔てて暮らしているのだと……。

思わず涙を零した私に、黒崎君は大いに慌てふためいて。
そんな彼を安心させたくて、雪に反射する陽射しの眩しさが原因だ…と、微笑みを浮かべて見せれば。
「視力落ちるから気をつけろ」と、至極大真面目な顔をしながら、指でそっと涙の跡を拭ってくれた……。


ぼんやりと、そんな想い出に浸っていると、きしり…とベッドの軋む音がして。
「あ…」と思う間もなく、私の身体は彼の腕の中。

私の肩に預けられる、彼の額。
乾きたてのさらさらの髪が首筋と頬に触れて…ほんの少しだけ、くすぐったい。

幸せだなぁ……と。
何とはなしに、そう感じて。
ほう、と大きく息を吐き出せば、彼の腕が一層強く私の身体に巻きついた。

「苦しい、よ……」
「だって……お前、先刻からちっとも俺の方を向かねぇんだもん」
「……駄々っ子じゃないんだから」

思わず、笑ってしまって。
少しだけ腕を緩めてもらって、彼へと体ごと向き直れば、見上げた先には拗ねた顔をした黒崎君。
可愛い……なんて言ったら、きっと怒るだろうけれど。
こんな甘えた表情をみせてくれることが堪らなく嬉しくて、こみ上げる愛しさのまま、ゆるり…彼の首に、腕を巻き付ける。
肩口に額を摺り寄せれば、ぽんぽん…と優しく背中を叩かれた。


『好き…大好き………』


声を出さずに、口の動きだけで呟けば。
聞こえた筈もないだろうに、再びきゅう…と抱き締められて。
嬉しさに一層、身体を摺り寄せる。
そんな私の耳に、響く低音。

「……まぁ、好きなだけ眺めてりゃいいさ。今回で、見納めなんだから」
「くろさき…く……」

顔を上げた私を、優しく見下ろして。
それからちょっと悪戯っ子のような表情になると「無事、卒業出来れば…だけどな」と言って、ちろり…と舌を出した。

「……駄目そうなの?」
「莫ぁ迦、そんな筈あるかよ! 冗談だ、冗談!!」

憮然とした顔が近づいてきたかと思ったら、ごつんと強く額を打ち合わされて。
そのままぐりぐりと押し付けられて、悲鳴を上げる。

「い、痛っ…痛い痛い、いたたたっ!」
「…お前の彼氏をなめんなよ? 主席とは言わねぇけど、俺、結構頑張ったんだからな! 絶対に6年以上はかけない…て、そう決めて…ずっと……」
「黒崎くん……」

離される、額。
私を写す茶の瞳に、一瞬、切なげな光が浮かんで。
それから穏やかに優しく細められると、もう一度顔が近づいてきて……。


そっと、重ねられたのは……唇。


「……春には、帰るよ」
「くろ、………ん…」
「絶対に、帰るから………」
「ん………ぁ……」

首筋を辿り始めた、彼の唇に。
優しく…でも、熱をこめて身体を辿り始めた彼の手、に。
意思とは無関係に、反り返る身体。
その私の身体を、片手で力強く引き寄せて。
もう片方の腕で、少し開いたままになっていたカーテンを引いて。
それからゆっくりと、シーツの上に押し倒される。

「……前言撤回」
「え……?」
「今からは、俺だけ……俺だけ、見てろ。雪景色は、また……明日、見ればいい……」
「くろ……さ、…く………」



落とされる、灯り。
そして吐息が、夜気に溶け始める。
この部屋で迎える、6度目のクリスマス。
この町で迎える最後の聖夜が、二人の上を流れていく。







窓の外。
雪が静かに、降り続いていた。















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